58話 隣の少女はボールに託す
スマホの画面に表示されたメッセージを見て、俺は指を止めた。
『週末、空いていますか?』
これって、まさかデートの誘いか!?
もし、そうならちゃんと断らないと。
そう思って、断りの文面を打ち始めたのだが、どうやら自意識過剰だったようだ。
次の澪ちゃんからのメッセージに納得する。
『今週末、県大会の決勝があります。もしよければ、月城さんと一緒に、応援に来ていただけませんか?』
……なんだ。ただの応援か。
隣にいる月城さんが不機嫌そうな目で俺を見上げた。
「ねぇ、神崎君、今の通知って……澪ちゃん?」
「あぁ、うん。週末に県大会の決勝があるんだって。応援に来てくれませんかって……月城さんも」
「わ、私も!?」
月城さんは一瞬きょとんとして、それから勢いよく頷いた。
「行く。絶対行く! 私がついてるから安心して」
なにを安心すればいいんだ!?
そしてやけに必死だな。まぁ、乗り気ならありがたい。
「応援って、部外者でも行けるのかな? 俺、部活の試合なんて見たことないから分からないんだけど」
「大丈夫なんじゃないかな? 私も経験ないけど、愛に聞いてみようよ」
「そうだね。行って入れないと困るし」
俺と月城さんは教室に戻って高瀬の机に向かった。
高瀬はルーズリーフになにか書いている。
題名は『夏休みの計画』だ。
小学生か! よく見ると、バイトと遊ぶしか書いてない。
他に予定はないのか……。
「高瀬、ちょっといいか?」
「なに〜? 今ちょっと忙しいんだけど?」
絶対嘘だ。お前の夏休みの予定は全てわかっているぞ。
「澪ちゃんから週末の県大会に、応援に来て欲しいって連絡きたんだけど、俺たちでも入れるのか?」
高瀬はペンを走らせるのをやめて、俺と月城さんを見た。
「おっ? 二人も呼ばれたの? ウチもなんだよね。全然入れるから一緒に応援しようよ」
「わかった。現地集合でいいか? 時間はえーっと?」
「14時だよ。県営体育館。正面玄関集合ね」
「了解」
澪ちゃんは、どんな気持ちで俺たちを呼んだんだろう。
その答えは、まだ分からない。
でも……行ったら、そんな澪ちゃんの気持ちがはっきり分かる。そんな気がした。
そして週末――。
県営体育館は、高い天井いっぱいに歓声を響かせていた。
照明に照らされたコートは眩しく、各校の応援で熱気に包まれている。
「うわ……人多いな」
「決勝だもん。そりゃそうでしょ」
高瀬に連れられて、俺たちは会場を進んだ。
「試合前に、激励に行こ」
控えエリアでは、ちょうど澪ちゃんのチームのミーティングが行われていた。
輪の中心に立つ澪ちゃんは、背筋を伸ばし、落ち着いた声で言う。
「私たちにとって、最後の大会です。悔いの残らないよう、全力でいきましょう」
「「おぉー!」」
いつものように淡々と、けれど、その瞳には、はっきりとした覚悟があった。
ユニフォームを着た澪ちゃんはいつも以上に凛として、たくましく見える。
「おーい、澪ー! 応援に来たよー!」
高瀬の声に、澪ちゃんがこちらを向く。
「姉様。それに、師匠、月城さん……
お忙しいところ、ありがとうございます」
「澪ちゃん、すごい気合だね。俺は応援しかできないけど……頑張って」
「澪ちゃん、かっこいい……応援してるね。全部ぶつけてきて……」
まるで、父兄のようにぎこちなく励ます俺たち。
澪ちゃんは一瞬だけ目を見開いて、それから、しっかりと頷いた。
「……はい。任せてください。必ず勝ちます」
俺と月城さん、それに高瀬が観客席に並び、試合が始まる。
しばらくして、高瀬がぽつりと言った。
「翼、麗……今日はありがとう。あの子が、応援に来てって言うの、初めてだったからビックリした」
「そうなのか?」
「うん。今までは、来ないでくださいって言ってたから」
高瀬はコートから目を離さず、続ける。
「最近、あの子……翼のことばっかりだったからさ」
俺は返事ができず、黙って前を向いていた。
「澪はさ……昔っから感情出すの下手で、その分、苦労してたから……ウチもずっと心配してたんだよ。でも、今日は、活き活きしてる。全部、出しきろうってそんな顔してる。あんな澪が見れて、嬉しい」
その瞬間、澪ちゃんのジャンプサーブが綺麗に決まった。
「澪ー! ナイスー! もう一本!」
高瀬の声が、体育館に響く。
澪ちゃんが、ふっと助走に入る。
無駄のない動き。けれど、踏み込んだ床が、鈍く鳴る。
――高い。
澪ちゃんの身体は、まるで糸に引かれたみたいに宙へ伸びていた。しなやかに反った背中。振り抜かれる腕。
乾いた音が、空気を裂く。
ボールは一直線にコートへ突き刺さり、相手のレシーブが間に合う前に弾き飛んだ。
観客席が、ざわりと揺れる。
「……今の、やばくない」
「さすが、高瀬澪だ」
周囲から、そんな声が漏れていた。
次のラリー。相手が粘って、長い応酬になる。
レシーブ、トス、スパイク。
何度も続く中で、澪ちゃんは一度も動きを止めない。
汗で前髪が張りついても、視線は一瞬もぶれない。
ただ上手い、だけじゃない。
体力とか技術といった言葉では片付けらない。
澪ちゃんは、コートのどこにボールが落ちるかを、全部分かっているみたいだった。
相手の強打を、澪ちゃんがコートにすべり込みながら片手で拾う。
「すごい……今のひろうんだ」
「澪ちゃん……すごい」
澪ちゃんのプレーに俺と月城さんも、思わず声が出てしまう。
そのままくるりと一回転して立ち上がると、正確に上げられたトスに澪ちゃんが高く跳ぶ。
空中で全身をしならると、強く腕を振って得点を決めた。
澪ちゃんは喜びを爆発させるわけでもなく、小さく拳を握っただけで、すぐポジションに戻る。
――喜びすら、プレーの一部みたいにかっこいい。
一つ一つのプレーが、まるで何かを語っているみたいに繋がっていく。
そのとき、ようやく分かった気がした。
澪ちゃんは、この試合に、この一球一球に、自分の全部を乗せている。
勝ちたい、だけじゃない。
悔しかったことも。
我慢してきたことも。
言えなかった気持ちも。
全部、全部。
ボールに託して、叩きつけている。
だから、澪ちゃんのプレーは、こんなにも、真っ直ぐで、強いんだ――。
気付けば、俺も月城さんも、大声を出して夢中になって応援していた。
「「いけー、澪ちゃん!」」
俺と月城さんの声が重なって、広い体育館の天井に飛んでいく。
俺たちの声は、澪ちゃんに届いているだろうか――。
試合も最終盤、最後のラリー。
トスが上がり、澪ちゃんが跳ぶ。
体育館の照明が、彼女の背中を白く照らす。
振り下ろされた腕。炸裂するスパイク音。
ボールは、誰にも触れられず、床に落ちた。
――試合終了。
一瞬の静寂のあと、歓声が爆発する。
俺は、立ち上がるのも忘れて、ただ拍手をしていた。
月城さんは感動したようで、隣でポロポロ泣いていた。
全国大会出場が決まり、表彰式では、澪ちゃんが最優秀選手に選ばれていた。
「すごかったね……」
「本当に。圧倒的だった」
「でしょ!? さっすがウチの妹だよ!」
ふいに俺のスマホが震える。
『少しだけ、お話できませんか?』
『体育館の正面玄関に来ていただけると助かります』
澪ちゃんからだった。
「……澪ちゃんからだ。ちょっと行ってくる。ここで待ってて」
「神崎君、待って」
月城さんに呼び止められる。
「どうしたの?」
「あ、あの……ごめん。なんでもない……。いってらっしゃい」
俯いた横顔に、不安が滲んでいた。
「月城さん、大丈夫だよ。すぐ戻るから」
俺は強い覚悟を持って正面玄関へ向かった。
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