57話 隣の彼女がからかってくる
澪ちゃんを助けたあと、そのまま帰ろうとした俺を、月城さんと高瀬、そして澪ちゃんの三人は逃がしてくれなかった。
「ちょっと翼! なに帰ろうとしてんの!?」
「ダメ! 病院行くよ!」
「師匠! 逃しません!」
三人とも必死だった。
怒っているというより、本気で心配しているのが伝わってくる。
「頭とか打ってたら大変だよ! 自覚ないのが一番怖いんだから!」
月城さんが、あんな強い声を出すのを見たのは初めてだった。
結局、俺は三人に囲まれ、そのまま病院へ連行された。
診察の結果は、肘と膝の擦り傷だけ。
「派手だけど……軽いね」
医者の一言で終わりだった。
派手ってなんだよ。
高瀬と澪ちゃんは安心していたが、月城さんだけは最後まで渋い顔をしていた。
帰り際。
「師匠、あの……」
澪ちゃんが、少し遠慮がちにスマホの画面を差し出してくる。
「連絡先、教えてもらえませんか?」
「……私のせいでケガしたし……容態が急に悪化するかもしれないので……」
ただの擦り傷で悪化したら、それはそれで怖い。
けれど、いつもの澪ちゃんより言葉が歯切れ悪くて、理由はそれだけじゃないだろうなと思った。
さすがに、月城さんの目の前で他の女の子と連絡先を交換するのはどうなんだと思い、月城さんに視線を送る。
――睨まれている。
はっきり分かる。これは嫉妬だ。
「……断ったほうがいいよね?」
小声でそう聞いた瞬間、月城さんの睨みはさらに鋭くなった。
「だめ! そんなのかわいそうだよ!」
「あ、はい」
どないせぇっちゅうねん。
結局、そのまま交換した。
それからは、一日に何度か澪ちゃんから連絡が来る。
『ケガは大丈夫ですか?』
『姉様がうるさいです』
『今日は部活、頑張りました』
……もう、ケガ関係なくなってないか?
それから数日後――。
今日は期末テストの結果発表の日だ。
俺と月城さんは掲示板に張り出されているという順位表を確認する為に並んで廊下を歩いていた。
「結果、どうだろうね?」
「うーん、あんまり自信ないかも……」
隣を歩く月城さんは俯きながら返事をする。
月城さん、頑張ってたから、上位に名前……あるといいんだけどな。
まだみんなのレベルも未知数だし、見てみないとわからないが、月城さんならきっと大丈夫だ――。
掲示板の前にやって来ると、すでに人だかりができている。
自分の名前を探して歓声を上げる者もいれば、無言でその場を離れる者もいる。
よく、アニメや漫画で見る光景だ。
月城さんは、少しだけ緊張した様子で掲示板の前に立った。
指を指しながら、自分の名前を探している。
「……あ。あった!」
「どこ?」
「ほら、あそこ」
月城さんが指差した先。
上位の方を目で追っていくと――
「月城麗 五位」と書いてあった。
「おぉ……! すごい!」
驚きのあまり声が出てしまった。
普段の月城さんの授業態度や、一緒に勉強してた感じからしても納得ではあるけど、それでも素直にすごい。
「ま、まあまあだね」
まあまあ? 学年五位で?
「も、もうちょっといけると思ってたし。次はもっと頑張るよ」
なんという向上心。
俺なら、その場でガッツポーズして記念撮影してるぞ。
「そっか。十分すごいと思うけど」
「そ、そうかな?」
月城さんはもう一度だけ紙に目を向けた。
そして、誰にも聞こえないくらい小さな声が漏れていた。
「……よかった」
月城さんはまるで、小さくガッツポーズをしてるみたいに、拳をそっと握る。
なんだ……五位なんてたいしたことない、みたいに言ってたけど、本当はめちゃくちゃ嬉しかったんだ。
満足のいく結果が出たようで、本当に良かった。
そう思ったら、なんだか俺まで嬉しくなってしまった。
さてさて俺はというと――。
上位の方から順番に見ていると、駿の名前が三二位にあった。
てっきり高瀬側の人間だと思っていたので驚いてしまう。あいつ、意外に勉強できるんだ。
いや、今は自分だ。俺は……。
……見つけてしまった。六五位だ。
自分なりにはよくやったと思う。確か全員で225人だから平均以上だ。
ただ……恋人が五位という現実が、これでいいのかと詰め寄って来る。
「俺、六五位だった……ごめんね」
「どうして謝るの?」
「月城さん五位だし、あんなに勉強教えてくれたのにさ……なんというか、劣等感?」
「そんなの気にしなくていいんだよ。神崎君だっていっぱい頑張ったんだから」
俺を見つめながら微笑んでくれる月城さんはさらに続けた。
「頑張ったご褒美に、五位の私が『よしよし』してあげようか?」
――よろしいので!? 周りの目なんかどうだっていい。今すぐにでも、膝をついて頭を垂れたい。
だが、これって俺をからかってるよな?
月城さん、たまに強がってくるからな。
ここは下手に出るとこれからの恋人生活にも影響する。
恋愛は、舐められたら終わり……らしい。
どこかのラノベで読んだ気がする。
「そう? じゃあ、お願いしようかな」
俺はその場でかがみ、月城さんに顔を近づける。ふわりと香る月城さんのシャンプーの香りが鼻をくすぐった。
うわっ、これけっこう恥ずかしいな。
やってみて押し寄せる後悔。しかし、俺も後には引けない。
「ふぇっ!?」
ほらっ。やっぱり月城さんも恥ずかしがってる。
謝るなら今のうちだよ?
完全に目が泳いでいる月城さんは、それでもおずおずと手を伸ばしてきた。
えっ!? やるの? ほんとに?
そして、彼女の柔らかい手が俺の頭を撫でる。
「よ、よしよし。よく……頑張りました」
あぁ――なんだろう。この感覚……。
恥ずかしいけど、優しくて、暖かくて、落ち着く。
幼い頃にしてもらった父さんの「よしよし」と全然違う。
父さんのは力が強くて、ちょっとずつ地面に沈んでいくんだよな。
「あ、ありがと……」
「ど、どういたしまして?」
二人で顔を見合わせて赤くなる。どうやら相手を舐めていたのは俺のようだ。
しかし、そんな甘い空気は、突如として聞こえた雄叫びに壊された。
「よっっっしゃああああああ!!」
反射的に顔を上げると、どうやら声の主は高瀬のようだ。
「……あれ、補習かな?」
「うん。たぶん、回避できたんだろうね」
月城さんが、くすっと笑う。
期末テストは無事に終わった。
どうやら、夏休みは無事に迎えられそうだ。
安心して、教室に戻ろうとしたら、ポケットの中でスマホが小さく震えた。
画面を見ると、澪ちゃんからだった――。
『今度の週末、空いてますか?』
それぞれの想いを込めた夏休みが、始まろうとしていた。
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