53話 隣の天使は甘やかし上手
「やいやいやい! そこのカップル〜、見せつけてくれるじゃねぇか!」
背後から飛んできた、やたら通るキンキン声。
振り返ると、腕を組んで仁王立ちしている金髪ギャル――もとい、高瀬愛がいた。
黒いトップスにショートジーンズ。
動くたびにちらりとお腹が見える、夏らしい軽装だ。
格好も態度も、相変わらず遠慮というものがない。
その半歩後ろでは、澪ちゃんが静かにため息をついている。白のTシャツにパンツというシンプルな服装だが、姿勢がいいせいか、さらに大人びて見える。
「月城さん、変なギャルに絡まれたからあっち行こう」
「えぇ!?」
「ちょっと待ってよ! ひどくない!?」
高瀬が道の真ん中で、人目も気にせず叫ぶ。
「……なんだ、高瀬か。どこかの危ない人かと思ったぞ」
「危なくないし! 失礼だぞ!」
「師匠。こんにちは、です」
「澪ちゃん、こんにちは。二人揃って、どうしたの?」
「実はですね……」
澪ちゃんが何か言いかけたのを、高瀬がすっと割り込んで遮る。
「息抜きだよ! 朝から勉強ばっかでさ〜。ちょっと甘いものでも食べに行こうかと!」
なにやら慌てた様子の高瀬……。
あやしいな。
「高瀬……勉強、大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないから息抜きしてるんだよ!」
……何を言ってるんだこいつ。
言ってることが矛盾してるの、わかってるのか?
「翼さぁ。高校生は勉強ばっかしててもダメなんだよ? この『JKというブランド』は今しかないんだからさー。いっぱい遊ばないともったいないじゃん!」
開き直りやがった。
確かに勉強だけが全てではない。全てではないのだが、こいつの場合は屁理屈を並べて逃げているようにしか思えない。
そこで俺は当然のことを高瀬に教えてやった。
「でも、もし補習になったら――夏休み半分消えるから、遊べないぞ?」
「――っ! そ、そうだった……」
高瀬は言葉をなくし、ガックリと膝を折る。
「うわーん! お願いだよ! 勉強教えて! 補習やだー」
こいつ、俺に散々コミュ力だ、なんだの教えてくれたのに……。
もはやあの頃の――頼りになる高瀬は見る影もない。
高瀬が半べそをかきながら俺の足にしがみついてくる。
通行人の視線が、一斉にこちらへ集まった。
――やめろ。公開処刑か。
「うわーん。私のこと見捨てないでー!」
「その言い方やめろ!」
「それか、一緒に補習受けよ」
「嫌に決まってるだろ! 離れろ!」
そう言って、俺は高瀬を引き剥がす。
離れた高瀬はガルルと獣のような顔になっていた。
俺と月城さんには輝かしい夏休みが待っているのだ。補習なんぞまっぴらである。
「姉様……こんな往来で大声出さないで下さい。恥ずかしいです」
そうだ、さっき澪ちゃんなにか言いかけてたな。
澪ちゃんだってテストが近いはずだ。
この前の勉強会を見る限り、かなりできそうだったけど……。
「澪ちゃんはどうしているんだ? この前、一緒に勉強した感じじゃ、高瀬と違って『息抜き』なんて必要ないと思うんだけど?」
「い、いや……その……あの……」
高瀬は言葉を濁しながら、捻り出すように答えた。
「テスト期間中に一人で遊びに行くと罪悪感が半端ないから……澪を……誘った」
そこで、澪ちゃんが一歩前に出た。
「姉様は今朝から『澪〜、お腹減ったよね? 甘いもの食べないと勉強できないよね?』と、何度も迫ってきました」
「澪ォ!!」
高瀬は地面に伏しながら、澪ちゃんに手を伸ばす。
たが澪ちゃんは特に気にした様子もなく続けた。
「私は勉強したかったのですが……姉様が大声で駄々をこねた挙句、土下座を始めまして。これ以上続くと、別の意味で集中できなくなると判断しました」
「やめて! お姉ちゃんの恥ずかしい姿を晒さないで!」
「お前、最低だな……澪ちゃんを巻き込むなよ」
「うぅ……。だって……だってぇ……」
「か、神崎君、あんまり強く言うとかわいそうだよ……愛だって頑張ってるもんね?」
月城さんは困ったように笑いながら、高瀬をかばった。
月城さん、甘やかしてはいけないよ。
「ああー私の天使! 麗、大好きだよ!」
そう言って高瀬は月城さんに抱きついた。
俺と違って高瀬は口に出したが、やっぱり月城さんって天使なんだ。
「やめて、愛! フニフニしないで!」
月城さんがフニフニされている。
具体的なことは言えないが、あれだ。フニフニだ。
……羨ましいぞ、高瀬。
「ねぇ! 二人、今からご飯だよね?」
「まあ……そのつもりだけど」
「マジ!? じゃあさ!」
高瀬は勢いよく手を合わせた。
「今日は私が奢る! その代わり、勉強ちょっと教えて!」
「い、いいよ。そんなことしなくても私、教えるよ?」
月城さんが両手を振って遠慮している。
やっぱり優しいな。
「この前、澪もお世話になったしさ! これは夏休みを守るための投資なんだよ!」
「……姉様。私も払います。恩はお金で返します」
そう言って、澪ちゃんはズボンのポッケから蛙の口を模したがま口財布を取り出した。
澪ちゃん、見た目に反してえらくかわいらしい財布なんだな。
「お姉ちゃん、中学生に『払え』なんて言えないから!」
高瀬は澪ちゃんに財布をしまうように促すと、自信あり気に胸を張る。
「ウチに任せなさい! すぐそこにウチのアルバイト先の系列店があるから行こ! 社割が使えるんだ! デザートもつけようじゃないか!」
社割って……なんとも庶民的なお嬢様である。
「ほんとにお金、大丈夫なのか?」
俺がいぶかしむように尋ねると、高瀬はあっけらかんと言い放つ。
「大丈夫、大丈夫。その為にバイトしてるから!」
勉強を教えてもらう為にバイトするやつってどんなだよ……。
高瀬は俺と月城さんの背後に立ち、背中を無理矢理に押してくる。
「ほーらー、行こうよ。ちょっとだけだから! ウチを助けると思ってさ」
「わかったから押すなよ」
「師匠、月城さん。是非に!」
澪ちゃんも俺の背中を押してくる。
半分強制だろこれ。
俺たちはそのまま、押し切られる形で歩き出した。
高瀬の夏休みの為に――。
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