51話 隣の美少女は戦いたい
バーベキューの余韻が残る庭で、片付けは思ったよりも早く終わった。
炭はすでに落ち着き、コンロの上には熱だけが残っている。
月城さんが食器を拭き、俺がテーブルを畳み、父さんは……何もせず椅子に座ったまま、満足そうに庭を眺めている。
澪ちゃんは最後にゴミ袋を縛ると、ポケットからスマホを取り出した。
「少し、連絡をします」
そう言って画面を操作し、短く通話する。
「……はい。今、終わりました。場所は……神崎家です」
それだけ言って、通話を切った。
「迎え、来るの?」
「はい。姉様が」
嫌な予感がした。
それからニ〇分も経たないうちに――
門の外から、低く唸るようなエンジン音が聞こえてきた。
黒。とにかく黒い。
でっかい車が、音もなく家の前に止まっている。まるで映画に出てくる要人送迎用だ。スモークのかかった窓が静かに下がり、同時にドアが開く。
サングラスをかけた黒スーツの男たちが、無言で降りてきた。
「……え、なにこれ」
俺が呆然としていると、最後にもう一人――
「ちょっとぉ!!」
聞き覚えのありすぎる声が夜の庭に響いた。
「なに勝手にバーベキューしてんの!? 呼ばれてないんだけど!?」
金髪を揺らしながら、ずかずかと庭に入ってくる高瀬愛。
そして――
「うわっ! 翼パパでっか!!」
第一声がそれだった。
「めっちゃゴツいんだけど! なに!? 壁!?」
「おう?」
父さんが立ち上がる。
その瞬間、高瀬の言葉は現実になった。
「……いや、ちょ、ほんとにでか……」
「君が、澪ちゃんのお姉さんか?」
「そーですけど! っていうか!」
愛はずいっと俺に詰め寄る。
「なんでバーベキューするならウチも呼んでくれないの! 澪だけずるいんですけど!? 姉として抗議します!」
「いや、成り行きで……」
「成り行きで肉!? 最高かよ!!」
完全に論点がズレている。
そんな姉を横目に、澪ちゃんは一歩前に出て、きちんと背筋を伸ばした。
「師匠、今日は、ありがとうございました」
そして、ほんの少しだけ間を置いて。
「……とても、美味しかったです」
その言い方が妙に真剣で、俺は一瞬、言葉に詰まった。
「う、うん……それなら、よかった」
「はい」
そう答えてから、澪ちゃんは父さんにも小さく頭を下げる。
「お父様も、ごちそうさまでした」
「また腹減ったら来い!」
「……はい」
その返事は、どこか嬉しそうだった。
「ちょっと澪!? なにいい顔してんの!?」
「姉様は黙っていてください」
「冷たっ!」
黒スーツたちに囲まれながら、澪ちゃんは車へと向かう。
ドアが閉まる直前、もう一度だけ、こちらを振り返った。
「師匠」
「ん?」
「……また」
それだけ言って、今度こそ車に乗り込む。
静かに走り去っていく黒い車を見送りながら、俺は息を吐いた。
「……なんだったんだ、あれ」
「いい子だったな」
父さんは、やけに満足そうだった。
その隣で、月城さんが小さく笑っている。
夜風が、庭の木の葉を揺らした。
「じゃあ、私も帰るね」
「うん。じゃあ行こうか」
「へっ?」
「送っていくのも彼氏の務めですから」
「う、うん。よろしくお願いしましゅ……」
「……今日は、なんだかずっと澪ちゃんと張り合っていた気がするよ。ごめんね」
帰り道、月城さんはいきなり謝ってきた。
「どうして、そんなに澪ちゃんのことを意識してたの?」
俺がそう聞くと、月城さんは少しだけ視線を落とした。
「だ、だって……澪ちゃん、綺麗だし……アスリートでカッコいいし……それに、すぐ神崎君のところに行くでしょ……」
歩く速度が、少しだけ遅くなる。
「私ってさ……結局、頑張っても……勉強だって、スポーツだってあの様だし、『一番』にはなれなかったから……中途半端っていうのかな……」
声が、小さくなる。
まるで自分で自分を責めるみたいな言い方だった。
「神崎君のこと……取られちゃうんじゃないかって、不安になるんだよね……ご、ごめんね。彼女なのに……疑ってるわけじゃ……」
俺は答えるように、そっと手を伸ばした。
月城さんの小さくて、柔らかい手が壊れないように、指先から包む。
「俺が一番好きなのは、月城さんだよ」
一拍置いて、俺は続ける。
「一緒にいて、落ち着くのも、笑ってほしいって思うのも……全部、月城さんだから」
自分で言っておいてなんだが、少し恥ずかしくなる。でも、本当のことだ。
「俺たち、まだ恋人初心者だからさ……お互いの気持ち、ちゃんと言わないとダメだと思う。嫌なこととか、不安なこととか……してほしいことがあったら、今みたいにちゃんと言ってほしい」
握った手が、きゅっと強く握り返された。
同時に、隣からの気配が熱を帯びる。
「……っ」
隣を見ると、月城さんの顔が真っ赤だった。
しばらく黙ったまま歩いていると、月城さんが小さく言った。
「……じゃあ、手……離さないでね?」
「……うん」
俺は答えて、指を絡め直す。
月城さんが……一歩だけ俺に近づいてくれた。
* * *
「きゃー! それでそれで?」
神崎君に家まで送ってもらったあと、私――月城麗は、そのままリビングで母に捕まった。
ソファに座らされ、逃げ道を塞がれた状態で、今日の出来事をひとつ残らず白状させられている。
「それで……手、繋いでくれて……そのまま一緒に帰ったの」
「きゃー! 青春! 青春よ! ここにまごうことなき真実の愛があるわ!」
母は両手をぎゅっと握りしめ、なぜか天井を仰いで感極まっている。
今日の母は、いつにも増してテンションが高い。
「……お母さん、恥ずかしいよ……」
「だって仕方ないじゃない。可愛い娘の初々しい恋の進展よ?」
そう言いながらも、母はふっと表情を緩めた。
はしゃいだ声を引っ込め、少しだけ真剣な目で私を見る。
「……それで?」
「どうして、その澪ちゃんを誘ったの? 話を聞く限り、どう考えても恋敵よね?」
母の声は優しかった。
でも、その優しさは逃げ道をくれない種類のものだ。
私は一瞬、なんて言ったらいいのかわからなかった。
――どうして。
理由なんて、考えるまでもなかったはずなのに、いざ口にしようとすると、喉が詰まった。
「澪ちゃん……見た目は大人っぽいけど、まだ中学生で……知らない場所で一人で待ってて……きっと、不安だったと思うの」
そこまで言って、私は小さく息を吸った。
「それに……澪ちゃん、神崎君のこと、本当に慕ってるのが分かったから」
母は黙って聞いている。
「一生懸命で……中学の頃の、私みたいだって思った」
そう言った瞬間、胸の奥が少しだけ痛んだ。
「……正直、怖くなかったって言ったら嘘になる」
私は膝の上で、指をぎゅっと握る。
「澪ちゃんを誘ったら……神崎君が、私から離れるかもしれないって思った。ライバルを自分で連れて行くみたいで……すごく、怖かった」
母の視線が、まっすぐ私に向けられる。
「でも……」
私は、顔を上げた。
「それでも、見て見ぬふりはしたくなかったんだよね……好きな人を……神崎君のことを大事にしてる人の気持ちを、踏みにじりたくなかったの」
誰かが彼のこと好きになってしまうのは仕方ない。
蛇口をひねれば、いつまでも水がでるように、想いなんて、一度動きだしたら溢れてしまう。
私に澪ちゃんの想いを止めることはできない。
ならせめて――
同じ舞台で戦いたい。
「もし、あの場で澪ちゃんを置いて行ってたら……
たぶん私は、自分が嫌いになってたと思う」
部屋に、しんと静けさが落ちた。
しばらくして、母がふっと小さく笑う。
「……なるほどね」
母はソファの背にもたれて、満足そうに息をついた。
「麗ちゃん……本当に強くなったのね……もう、『負けヒロイン』じゃないわ……」
「最初から負けてない!」
私たちは顔を見合わせて、一緒に笑った。
ここまでお読みいただきありがとうございます。今回のお話はいつもと書式を変更してみました。
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