4話 隣の美少女は語りたい
学食のテーブルで俺の隣には月城さん、駿の隣には高瀬が座っている。前方、二人の陽キャオーラが眩し過ぎて戸惑ってしまった。
「駿ってどこ中だっけ〜?」
「俺は篠倉中〜愛は?」
「ウチは南光中〜」
もう名前で呼び合ってる! まだ出会って数十秒なのに、どんだけコミュ力高いんだよこいつら……。いや、これが陽キャの距離感ってやつなのか? というか高瀬愛……。月城さんをほったらかしで駿とばっか喋ってんじゃないぞ! こっちは気まずくてしょうがないんだ!
隣の月城さんは――なんかやばかった。彼女は黙々とナポリタンをきれいにフォークとスプーンを使って食べているのだが、首から上だけをずっとこちらに向けて俺をガン見している。ノールックでナポリタンを食ってる……あの鋭い眼で……。
怖い怖い怖い―ホラーだよ月城さん! どうやって食ってんのそれ? というかなんで食いながら俺のこと見てるの?
「てか、神崎君さぁ。前から思ってたんだけど、かっこいいよね。身長も高いし、いくつあるの?」
俺が月城さんの怪奇現象にビビっていたら、高瀬がいきなり満面の笑みを向けてきた。だから距離感……。いきなり詰めてくるな!
「……180」
つい、ぶっきらぼうに答えてしまった。いや、違うんだ! 会話スキルがゼロなんだ俺は!
「え〜高身長でイケメンとか萌えるわ〜。ね、LINEのID教えてよ」
眩しい笑顔でスマホを突き出してくる高瀬の顔に少しドキっとしてしまう。
ま、まじか……!? こんなラブコメみたいなシチュエーション存在したの!?
俺の動揺が最高潮に達したそのとき――。
――ばんっ!
隣で机が大きな音を立てた。驚いて視線を向けると、月城さんが目を見開いて立ち上がり、俺を鋭く睨んでいた。
「ひっ……!」
心臓が止まるかと思った。
高瀬が慌てて月城さんの方を見る。
「ちょ、麗……どしたん?」
「ご、ごめん……なんでもない」
月城さんは小さく首を振る。
……いや、なんでもなくはないだろ!? 怖いんだけど!?
だが、高瀬の方はピンときたらしい。口元にニヤリと笑みを浮かべる。
「あぁ……なるほどなるほど」
そう言って彼女は月城さんにわざとらしく言った。
「ねぇ麗も、神崎君の連絡先教えてもらいなよ〜。ね?」
「わ、私はいいよ……神崎君の迷惑になるから」
「迷惑? なんで?」
「そ、それは……」
まずい。ここで詮索されたら、俺と月城さんの過去が明るみにされるかもしれない……。
俺はとっさにスマホを取り出し、月城さんに差し出した。
「俺も月城さんの連絡先、教えて欲しいな」
自分で言っておいてなんだが、言い方チャラっ! 無我夢中だったとはいえ、急に恥ずかしくなってきた。周りからみたらただのナンパだろこれ……。
すると目の前の彼女の顔が急に真っ赤になり、あの鋭い眼光が、ほんの一瞬でやわらかくなって――俺なんかに向けられるはずのない、優しげなまなざしに変わった。
「良いの……?」
ぐっ! やっぱり可愛いな……。
そう言って彼女もスマホをブレザーのポケットから出した。飾り気のない俺のスマホとは違い、かわいいクマがプリントされたピンクのスマホケースだ。
「かわいいクマさんだね」
「うん、これはクマ美さんって言って――」
そこから月城さんの口が止まらなくなった。由来だの、限定デザインだの、アニメ化したときの話だの、次々と情報が飛び出してくる。まるで長年溜め込んでいた思いを一気に吐き出すみたいに、早口で語る彼女。
俺はただポカンと頷くしかない。すごい……普段クールっぽいのに、推しの話になるとオタク特有の早口になるんだ……でも、そういうところは変わってないな
月城さんは目をぱっちり開けてキラキラさせている。なんだか子どもが好きなお菓子を選ぶような、無邪気な瞳だった。以前の彼女も好きな事を話すときはこうだったな。
月城さんのマシンガントークの前で、駿と愛がなにやら顔を寄せ合って話をしている。
「なぁ愛、やっぱりあの二人って……」
ニヤつきながら、箸を止めて小声で切り出す駿。
「両片想い? ってやつっぽいよね〜」
高瀬は日替わりの唐揚げをつまみながらスマホを片手に、余裕たっぷりに返す。
「おー、両片思いってほんとにあるんだな」
「現実で見るとエモいわ〜」
二人の視線が、夢中でクマ美さんを語る月城さんと、ただ相槌を打つしかない俺に向けられているのがわかって――顔がますます熱くなる。
数分後――そこまで一息に語ったところ月城さんがハッと我に返った。
「……っ!? わ、私、今なにを……」
自分の口元を手で押さえ、目を泳がせる。
さっきまで弾丸のようにしゃべっていたのが嘘みたいに、急に縮こまって黙り込んだ。
「ご、ごめん! つい……その、変なこといっぱい話しちゃって」
耳まで真っ赤になって、俯く月城さん。
な、なんだこの可愛い生き物……! ギャップの破壊力がやばい……!
月城さんの可愛さに悶絶しそうになるのをグッと堪えて俺は改めてスマホを差し出した。
「じゃあ……交換、しよっか」
彼女は小さく頷き、LINEを開いた。俺のアカウントを少し震える指で登録してくれた。その動作一つ一つが、何故か胸に響く。終わると、月城さんはほんの少し微笑んで――あの鋭い眼光ではなく、優しいまなざしを向けてくれた。
* * *
今日は……すごく嬉しかった。神崎君と、やっと……久しぶりに話せたから。
朝、授業が始まる前。周りの女の子達が「神崎君の連絡先ほしいな〜」なんて言ってるのを聞いて、胸がぎゅっとした。
私だって、本当は一番に聞きたかったのに。勇気がなくて、ただ黙って見ているだけだった。
でも……教科書を忘れて困っていた彼に、思い切って声をかけてみた。
怖がられてるんじゃないか、変に思われてるんじゃないか……頭の中は不安だらけだったけど。
それでも――話しかけたら、ちゃんと笑ってくれた。
一年ぶりに交わせた言葉が、胸の奥をじんわり温めてくれた。
……なのに、愛が突然「連絡先教えて」って言ったときは、本当に心臓が止まるかと思った。
だって愛は明るくて可愛くて、胸も大きいし……誰からも好かれる子だから。神崎君だって……きっと。
気づいたら、思わず立ち上がってしまっていて――。恥ずかしくて、穴があったら入りたいくらいだった。
でも、神崎君が私にスマホを差し出してくれた。
「俺も月城さんの連絡先、教えて欲しいな」って。
夢みたいで、信じられなくて、すごく嬉しくて……。ドキドキが止まらなくて、息まで苦しいくらいだった。
今日、神崎君と連絡先を交換できたこと。きっと一生忘れられない、大切な思い出になる。
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