47話 隣の人たちは浮かれてる
――朝の日課のトレーニング中。
俺はいつものようにスミスマシンにバーベルをセットしてベンチプレスを行っていた。しかし、いつもと違うことがある。
それは、やたらバーベルが軽いことだ。
いつもなら持ち上がらない一三〇キロのバーベルでさえも今日は上がってしまった。もちろん身体に大きな変化があった訳じゃない。
やっぱり……あれだよな……。昨日、月城さんに告白して俺たちは恋人同士になった。
変なホルモンでも出てるんだろうか……そんなことを考えていたら、いきなり? いや、いつものように筋肉部屋の扉が吹っ飛ぶように開いた。
中に入ってきたのはもちろんあの人――。
「翼ぁあああ! やってるかー!」
今日も元気な筋肉の化身、我が父、神崎剛十郎である。
夏を迎えた父さんの肉体はさらにビルドアップを重ねている。着ている白いタンクトップが「もう限界っ!」と言わんばかりにはち切れそうになっていた。
「おはよう、父さん。今日も元気だね」
「当たり前だ。筋肉は怠惰を許さない! 休むのは壊れてからだ! これが俺のモットーだからな」
父さんはブラック企業のスローガンみたいな文句を叫びながら、プロテインが入ったシェーカーを俺にぶん投げる。
俺は片手でそれを受け取って飲み始めた。
「しかし、驚いたぞ翼。お前、月城さんと付き合いだしたんだろ。目標が叶って良かったじゃないか」
「ぶふっ!」
まだ言ってなかったのに、どうせ父さんは「お前の筋肉が語っている」とか言うのだろう。
「まぁ……ね」
いぶかしむような目で父さんを見ると、太陽みたいな眩しい笑顔で真っ白な歯を浮かべていた。
「見放されないように、これからもしっかりと励めよ」
「わかってるよ」
俺は再びスミスマシンのベンチに座りベンチプレスを始めた。
「ところで月城さん、次はいつ来るんだ?」
「明日、来ると思うよ。……フッ! チートデイだから……フッ! テスト前だから……わかんないけど……」
「よし、今日は二人が付き合った記念だ。美味い肉でも買ってこよう」
「父さん、なんか俺より浮かれてない?」
「当たり前だ! 愛する息子に初めて彼女ができたんだぞ! お前も子どもができたら分かる。……孫か……」
「気が早すぎる!」
妄想に耽る父さんをなんとか現実に引き戻し、俺は登校した。あんな父さん初めて見たな……。
――始業前の教室。
俺が教室のドアをガラガラ開けるとクラスメートが一斉に俺を見た。特に男子からは殺気立つような視線が送られる。
「翼。おはよう」
「神崎、おはよう」
頭が働いていない俺に駿とバレー部の津田がニヤニヤしながら近づいてきた。
「二人ともおはよう。なんか俺、みんなにすごい見られてるんだけど、なにかしたか?」
すると、二人は気まずそうに顔を合わせて、俺を見る。
「お前、昨日月城さんに告白したんだろ?」
駿の言っていることに俺は驚いて心臓が飛んでいきそうになる。
「な、なんで知ってるんだ?」
津田が申し訳なさそうに頭を引きつりながら答えてくれた。
「月城さんが嬉しそうに、みんなに教えてくれてたよ」
「えぇっ!?」
津田は苦笑しながら続ける。
「朝イチで女子が集まっててさ。『どうしたの?」って聞いたら、月城さんがめっちゃ照れながら──『昨日……神崎くんに告白されました……』って」
ここにも、浮かれてるやつがいる! 俺は頭を抱えた。
よりによってあの学年一の美少女が、そんな恥ずかしいセリフをクラス全員の前で……。
「てか月城さん、今あっちで女子に囲まれてるぞ。愛が『どこで告白されたの?』とか『なんて言われたの?』とか、めっちゃ質問攻めにしてる」
「な……!?」
怒り任せに首を振って高瀬を探すと、月城さんの席辺りに女子の輪ができていた。輪の中心にいるのはもちろん月城さんだ。それと、高瀬の金髪ポニーテールが忙しなく揺れているのが見える。
「それで!? 翼はそのときなんて言ったの!?」
「えっと……『好きです。俺と付き合って下さい』だったかな……」
「「「きゃ〜〜〜〜〜」」」
月城さんが真っ赤になって身を縮めている。完全に高瀬が中心になって、月城さんをいじっていた。
あいつには一発ガツンと言う必要がある。
「高瀬ぇぇぇ……!!」
渾身の怒り声で名前を呼んだが、高瀬はとくに悪びれもせず、いつものように明るく笑っていた。
「おっはよー、翼! そんで、おめでとう! 麗と付き合えて良かったね」
月城さんが、俺のほうへパタパタと寄ってきて、ぎゅっと制服の袖をつまむ。
「あ、あの……ごめんね……。私が、調子に乗って、みんなに話しちゃったから……」
上目遣いでそんなことを言われるものだから、怒りゲージが一気に溶けていく。
「い、いや月城さんは悪くないよ……違うんだ、俺はその……」
口ごもる俺に、高瀬が俺の背中をバシバシ叩きながら言った。
「いっぱい特訓してよかったね翼」
「特訓ってなに?」
月城さんは少し前のめりになって、高瀬の話に耳を傾けていた。
「翼はね。麗のためにウチといっぱい練習したんだよ!? 最初は、ほんっと下手っぴで、ウチがフォローしないと全然できないくらいでさ。――でもね、何回もやってたらどんどん上手になって……今じゃもう、うちが押されるくらい大きくてたくましい男になってるんだよ?」
「…………え?」
ピタリ、と月城さんの動きが止まった。笑顔がすぅっと消え──ゆっくり俺のほうへ振り返る。
「……神崎君。どういう……ことかな……?」
その目は、入学した頃、俺を睨みつけていたときのあの鋭い眼光を放っていた。
こ、こわっ!
「ち、違うっ!! 高瀬! お前言い方!!」
「えー? 事実でしょ? ほら、あの夕暮れの屋上でいっぱいしたじゃん」
「お、屋上で……?」
「ああああああ!! もう黙ってろ!!」
そこでHRを告げる予鈴がなってしまい、高瀬のモテ会話マスター講座のことを説明できなかった。
次の休み時間、俺は全力土下座の勢いで事情を説明し、なんとか機嫌を直してもらったのだ。直ったよな!?
しかし、その日はもうずっと彼女から睨まれ続け、なんとも前途多難な恋人生活の一日目であった。
……まあ、隣で頬をふくらませている月城さんも、どこか嬉しそうに見えたんだけど。
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