46話 隣のイケメンは今日から私の……
「俺……月城さんに大事な話があるんだ」
隣を歩いていた神崎君が立ち止まり、静かに私のほうへ向き直った。街灯の薄い光が、彼の真剣な眼差しを縁取る。たったそれだけの仕草なのに、恐さと期待が、波のように押し寄せてくる。
「だ、大事な話って……なにかな?」
声が震えてしまう。神崎君は一瞬だけ目を伏せ、覚悟を決めるように息を吸った。
「さっき月城さんが『学校が好き』って言ってたけど……俺も、今はそう思ってる」
前置きのように聞こえたその言葉の裏に、何か重たいものが潜んでいる気がした。
「でも、中学のときの俺は違った。学校……好きじゃなかったんだ。太ってたし、喋るのも下手だし、いろいろ言われて……『汗ダルマ』なんてあだ名もあった。イジメられてたんだ……」
私は思わず指先を握る。知っていた。けれど、あの頃の彼がどんな気持ちで過ごしていたのか、本当のところまでは知らなかった。
「学校行くのも嫌で……でも、父さんが一人で育ててくれたから、行かないって選択はできなかった。ただ教室の隅で、時間が過ぎるのを待つだけ」
彼が語る「過去の自分」は、思った以上に脆くて、孤独だった。
「そんなときに……出会ったのが月城さんなんだ。図書室でラノベ読んでたら、声をかけてくれたの、覚えてる?」
「……忘れる訳ないよ」
当時の静かな図書室が脳裏に蘇る。背表紙の並ぶ匂いと、夕方の光と、あのときの神崎君の横顔。
「月城さんと過ごした、あの時間があったから、少しずつ学校に行く気になれたんだ」
私と同じだ――。
「それから……月城さんが告白してくれた。でも、俺といると月城さんも周りから嫌なこと言われるかもって思ったら……恐かったんだ」
胸が痛い。あのときの私は、自分が地味だから、ふさわしくないから、そう思ってフラれたんだと決めつけていた。
でも――違ったんだ。
視線を落としかけたその瞬間、神崎君のまっすぐな瞳に掴まれる。
「俺は逃げたんだよ。月城さんの想いを……受け止めるどころか、背を向けた」
言葉一つひとつが、今も彼の中に残る後悔を表していた。
街灯の光が揺れて、以前の彼より、少し大人びた横顔を照らしている。
「変わりたかったんだ。月城さんと同じ景色を見られる俺になりたかった。君の隣を堂々と歩ける人間になりたかった」
その「なりたかった」には、どれほどの時間と努力が詰まっていたんだろう。
「だから父さんと筋トレして、見た目だけはまともになれた気がして……卒業式の日、最後だと思って月城さんに会いに行ったんだ。でも――月城さんが、俺には手を伸ばせないくらい、遠い人に見えて……友達にもたくさん囲まれてて……声を……かけられなかった」
「私も」
「えっ?」
「……私も会いに行ったんだよ、卒業式。でも神崎君が別人みたいになってて……女の子たちに囲まれてて。私なんてもう、忘れてるんだって……思った」
あの日の胸の痛みが再び疼く。会いたかったのに、近づけなかった。手を伸ばしたくても、伸ばせなかった。
気づけば、私たちはそっと顔を見合わせ、小さく笑った。
「あのとき、ちゃんと話しておけば良かったね」
神崎君の笑いは少しだけ滲んでいた。
あの日、私が泣きながら帰ったように――神崎君も苦しんでいたんだ。私のために、変わろうと必死にもがいてくれていた。
「青葉学園に入って……一緒に過ごすようになって、色んな月城さんを見た。好きな物を一生懸命語る月城さん。料理が上手な月城さん。できないことを無理して頑張る月城さん。見た目は変わっても、月城さんは『俺が知ってる月城さん』だった」
一歩、彼がこちらへ近づく。夜風が止まり、また世界から音が消えたようだった。
「――月城さん」
彼の瞳は、逃げず、迷わず、まっすぐに私を捉えていた。
「俺……中学のときからずっと、月城さんのことが好きなんだ」
「……っ」
涙が溢れそうで、でも幸せで、混乱して、どうしていいかわからない。
「逃げたこと、ずっと後悔してる。だから今度は逃げない。月城さんが誰よりも好きだ。一緒にいたいって、心から思ってる」
その告白は、飾り気ひとつないのに、ずっと私が欲しかった言葉だった。中学のあの日から求め続けて、ようやく届いた答えだ。
滲む視界の中で、神崎君の姿だけは見失わないように見つめる。止まっていた時計が、ゆっくり動き始めるように私はずっと彼に言いたかったことを口にした。
「神崎君……大好きだよ」
張りつめていた緊張が一気にほどけて、私は気づけば神崎君に胸に飛び込んでいた。
涙なんて見せたくないのに、止めようとしても次から次へと溢れてくる。制服の胸元をぎゅっと握りしめたまま、子どもみたいに声を上げて泣いてしまった。
「……ごめん……ひっく……ずっと、言いたかったの……」
「ううん。ありがとう」
神崎君の腕が、そっと私の背中に回る。力は弱いのに、その抱擁は不思議なくらい安心できて、もっと泣きたくなった。
夜風が頬に触れても、彼の体温が離さない。あの頃の私たちには届かなかった場所に、今ようやく立っている――そんな実感が湧いてくる。
しばらくして落ち着いてくると、私は恥ずかしくて顔を上げられなかった。でも、神崎君は何も言わず、涙を拭うみたいに前髪をそっと整えてくれた。
「月城さん」
「……なに?」
「好きです。俺と付き合って下さい」
真面目にそんなことを言うから、涙のあとが乾く前にまた泣きそうになる。
「はい……よろしくお願いします」
私たちはまた並んで歩き出した。手をつなぐわけでも、特別なことをするわけでもない。
ただついさっきまでとは景色が違って見えた。街灯の光も、夜の匂いも、ゆっくりと二人の日常に馴染んでいく。
今日から私は――神崎君の恋人だ。
その事実が、足元の道をしばらくの間、淡く照らしていた。
46話、お読みいただきありがとうございます。
昨日は久しぶりに日間ランキング現代恋愛連載中で、8位まであがりました。ただ周りを見てみると書籍化作品や書籍経験のある先生方の作品が非常に多く、「今のランキングで一位とるの絶対無理」と思いました(笑)
知らない方も多いと思うので言っておきますが、あるんですよ!ジャンルでの日間一位!3日くらいだけでしたけど……あのときは嬉しくて家族でお祝いしてました。
さて、物語は一区切りつきましたが、まだ完結ではございません。途中、削除等いろんな事がありましたが、至らぬ点が多いのは申し訳ない。
翼が成長するように、私も読者の方々から背中を押してもらっています。
拙い文章ではありますが、頑張りたいと思っていますので、これからも応援よろしくお願いいたします。




