44話 隣の美少女の「あーん」
放課後――。
梅雨が明けきらない湿気のせいで、空気は重く肌に張り付くようだった。
そんな蒸し暑さから逃げるように、俺と月城さんはテスト勉強をするため、青葉学園の近くにある全国チェーンのファミレスへ向かった。
ガラス扉を開けた瞬間、冷房のひんやりした空気が頬を撫で、思わず深く息をつく。
店内にはコーヒーの匂いが入り混じり、落ち着いたBGMと食器の触れ合う音が適度にざわついていて心地いい。
客の半分くらいは青葉学園の生徒で、制服のまま参考書を広げている子もいれば、ただ友達と談笑にふける子もいる。
「涼しいね」
月城さんが小さく肩をすくめ、しっとりした髪を指先で整える。
店員さんに案内され、俺たちは四人掛けのボックス席へ腰を下ろした。
座面は柔らかく、テーブルは広くて、教科書もノートも余裕で広げられる。
窓際の席から差し込む夕方の光は柔らかく、店内の黄色い照明と混ざって落ち着いた雰囲気を作っていた。
「ドリンクバー、ココアあるかな……」
メニューを覗き込んで、月城さんがぽつりと呟く。
「冷たいのばっか飲むと、お腹壊すよ」
「こ、壊さないもん」
席について勉強道具を広げていると、不意に後ろから明るい声が飛んできた。
「あれ? 翼じゃん! 麗もいる!」
振り向くと、ファミレスのエプロンをつけた高瀬が、注文端末を片手ににっこり笑って立っていた。どうやらこの店でバイトをしているらしい。
「高瀬のアルバイトってここだったのか」
「そうそう! 週三で入ってるんだよね〜。てか二人で勉強って……え、なに? デート?」
「ち、違っ……!」
月城さんが慌てて否定するのを見て、高瀬は「はいはい」と軽く手を振った。
「冗談だってば。でもさ、二人並んで参考書広げてるとこ見ると、なんか青春してんな〜って感じするわ。羨ましっ」
「高瀬、仕事中なんじゃ?」
「おっと、そうだった! 今日はホール担当なんだよね。見つかったら店長に怒られるから、あんま話せないけど……」
そう言いつつも、にやりと悪戯っぽい顔をしてテーブルを覗き込む。
「麗、翼のことちゃんと見てあげなよ? こいつ絶対、わからないところあっても素直に言えないタイプだから」
「わ、わかってるよ!」
「はーい、青春満喫組、頑張ってくださ〜い。どうぞごゆっくり」
そう言って軽快に高瀬は去っていった。
「愛ってえらいよね。アルバイトして」
「高瀬ってお金持ちなのになんでバイトしてるんだろ」
「私聞いたことあるよ。『親がお金持ちってだけで、私のお金じゃないもん。自分のお金は自分で稼ぎたい』って言ってた。かっこいいよね」
ほんとに立派な理由だ。しっかりしてる高瀬らしい。
高瀬がいたのは驚いたが、俺たちは期末試験にむけての勉強を始めた。
ファミレスのざわめきはあるものの、俺たちのボックス席だけは別世界のように落ち着いていた。
テーブルの上にはノート、教科書、プリントが広げられ、ドリンクバーで持ってきたアイスコーヒーとココアがひんやりと手に伝わる。
ペンの走る音、紙のめくれる音、遠くで食器が触れ合う音だけが耳に届く。周囲の学生の笑い声や雑踏は、まるで遠くの景色のようにぼやけ、二人だけの世界がゆっくり流れていた。
ふと、月城さんの髪の先や手元に目をやる。ペンを握る指の細さ、微かに唇を噛む仕草、集中しているその表情のすべてが、自然と心に刻まれる。
……なんだか、落ち着くな。
思わず心の中で呟く。月城さんも同じ空間を意識しているのか、ちらりと目が合い、二人で小さく微笑み合う。
「月城さん……この問題、こう考えてもいいのかな?」
俺が小さな声でつぶやくと、月城さんはペンを止めて軽く頷く。
「うん、それで大丈夫。次はここをこうやると……」
時間が経つにつれ、集中も深まる。プリントをひとつ終えるたびに、確認のため小さな声でお互いに解き方を教え合った。
答えが合致したときの安心した笑み、間違ったときの「ここはこうすればいいのか」という軽い驚き。それらが静かなリズムとなって、ファミレスの空間に溶け込んでいった。
ひと通り勉強が区切りのいいところまで進むと、月城さんが、そわそわとメニューをめくり始めた。
ページの端を指でなぞりながら、視線は明らかに一点へ吸い寄せられている。
「神崎君。ここ、見て。ほら……これ」
彼女が示した先には、期間限定『初夏の完熟メロンパフェ』と書かれていた。
鮮やかなメロンの球がグラスの上にこんもり盛られ、バニラアイスと淡い緑のメロンゼリーが層になっている。メニューの写真ですら涼しげで、甘い香りが漂ってきそうだった。
「これ……前から食べたいなって思ってたんだ」
控えめだけど、期待が隠しきれていない声音。月城さんの目が、輝いている。
「じゃあ、頼もうか」
「……うん!」
返事がいつもより一段明るくて、それだけで俺もつい笑ってしまう。
そして数分後――。
「お待たせしました〜、期間限定初夏の完熟メロンパフェです」
テーブルに置かれた瞬間、ふわっと甘い香りが漂った。メロン特有の瑞々しさが、冷房の効いた店内で一層引き立つ。
「わ……」
月城さんの口から、小さな感嘆の息が漏れた。スプーンを持つ手が、嬉しさを隠しきれずに震えている。
「写真で見るより……ずっと可愛い……」
いや、可愛いのはパフェじゃなくて、月城さんです……と思ったが、さすがに口には出せない。
「いただきます……!」
そっとメロンをすくって口へ運ぶ。
「……っ、おいしい……!」
とろけるように目を細め、頬がほんのり赤く染まる。
「神崎君、メロン……すっごく甘い……。アイスと一緒に食べたら……もう、幸せ……」
月城さんは、とろけたような顔でメロンパフェを美味しそうに食べている。
「そんなに美味しいんだ?」
「うん! 神崎君も、食べる?」
そう言って、月城さんはスプーンで、パフェを一口すくう。
「はい、あーん……」
信じられないことを言いながら、そのスプーンを俺に差し出してきた。
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