43話 隣の美少女は勉強家
球技大会から数日――。クラスの空気が少し変わった。
前まで「話しかけづらい」と思われていたらしい俺に、男子も女子も気さくに声をかけてくれるようになった。
ただ――。
「神崎君、次の時間のプリント見せて〜」
「神崎君って身長何センチ?」
「ねぇ、放課後ひま?」
女子に囲まれるようになったのは、完全に予想外だった。
もちろん、女子に話しかけられるのが嫌なわけじゃない。中学から必死で努力してきたことが、ようやく誰かの目に届いた――『努力の証』みたいで、少しだけ嬉しくもある。
しかし、月城さんの心情を思えば、素直に嬉しいとは言ってられない。月城さんが告白される現場にいたときだって、あんなに辛かったんだ。もし月城さんに男子が群がっていたら、俺はどうにかなってしまうだろう。
そんなことを考えながら登校していると、背後からぽん、と肩を叩かれた。
「おっす、翼。今日も早いな」
振り返るとエナメルバッグを肩にかけた駿がいた。
「おはよう。朝練か?」
「水嶋先輩が『朝練は一分遅れたら即シュート百本』とかいう拷問を導入したんだよ。入部した瞬間これだぜ? 優男の皮かぶった鬼畜だっての」
球技大会の決勝の後、駿はそのままバスケ部に入部した。まだ入部したばかりだと言うのにすっかり馴染んでいるようだ。
苦笑する駿に、俺もつい笑ってしまう。
「でも、よかったじゃないか。憧れの先輩の元でバスケができるなら」
「まぁな。球技大会でお前が背中押してくれたからだよ……感謝してる。ありがとな」
駿は歩調を少し落とし、俺の横顔を覗き込んできた。
「で、お前はどうすんだ? 月城さんのこと」
「わかってる。自分の気持ちをちゃんと伝えるよ」
駿は満足したように頷いた。
「そっか、応援するから頑張れよ」
「ああ」
そうだ。俺は月城さんに想いを伝える。今までその為に必死に努力してきた。
今の俺があるのはいろんな人の支えがあったからだ。俺は彼女をフッた。彼女が傷つかないように、って自分の想いからも月城さんの好意からも逃げた。
彼女のそばにいるために、俺はもう逃げない。
決意を固めて、校門まで行くと、そこには月城さんが立っていた。
制服のスカートの裾を指でつまんで、落ち着かない様子で髪をいじりながら。どうやら誰かを待っているようだ。
「ほら。月城さんが待ってるぞ。早く、行ってやれ!」
「お、おい待て! 誰か待ってるかもしれないけど、俺とは限らないだろ!」
駿に背中を押され、俺は半ば強制的に前へ進む。
「か、神崎君。お、おはよう……!」
「お、おはよう。どうしたの、こんなところで?」
月城さんは頬をほんのり赤くして、ぎゅっと胸の前で手を組んだ。
「その……私が一緒にいないと、また女の子が寄ってきちゃうでしょ? だから……」
視線を落としながら、俺の制服の袖をそっとつまむ。
「い、一緒に行こ?」
すぐ隣で、柔らかいシャンプーの香りがふわりと漂う。
「……う、うん。行こ」
歩き始めた瞬間、後ろから駿の「ニヤ〜」という気配が飛んできた。
絶対に振り向かない。顔が真っ赤なのがバレる。
こうして俺は――月城さんに守られながら教室へ向かうのであった。
――その日の昼休み。
「神崎君、お昼行こう」
いつもの隣の席で、いつものように微笑む月城さん。その顔を見るだけで――緊張が全部溶けていく。
……なんなんだろう、この感じ。
嬉しいとか、安心するとか……そんな単純な言葉じゃ足りない。月城さんに微笑まれると、心の奥がじんわり温かくなる。自分でも情けないぐらい、この笑顔には弱い。
「うん。もちろん」
向かい合って弁当箱を開くと、自然と会話が続く。今日の卵焼きが美味しいとか、高瀬が昨日やらかしたとか、取り留めもない話ばかりなのに、どうしようもなく心地いい。
――やっぱり、この時間は特別だ。
気づけば、また月城さんの表情を盗み見ていた。彼女は箸を止めて、少し迷うように唇を結んでから言った。
「神崎君……期末テスト、もうすぐだね」
「そうだね。そろそろ勉強しないと本気でまずい。月城さんは中学のときから成績優秀だったから羨ましいよ」
そう。なにを隠そう、月城さんは勉学においては非常に優秀なのだ。中学時代はテスト結果の貼り出しで、常に学年でも一桁の順位にいた。
「神崎君って中学の成績そんなに悪くなかったよね? そんなにピンチなの?」
かく言う俺も成績はそんなに悪くはない。月城さんほどではないが平均点以上は常にとっていた。
――だが、それは月城さんをフる前の話だ。筋トレを始めてからの俺は、筋肉が増える度に成績は下がっていった。勉強に関しては本気でまずいのだ。
「実は筋トレするようになってからはあまり勉強していないんだ。ほんとに自信ないよ」
「スポーツのときみたいに実は出来ましたとかないよね!?」
月城さんがジト目で睨んでくる。あのときは「嘘つき」呼ばわりされちゃったからな。でも今回はガチだ!
「ほんとに出来ないんだ。普段も授業についていくので精一杯だよ」
俺の言葉を聞いた瞬間、月城さんの表情がパッと明るくなる。なぜそんなに嬉しそうなんだ? 俺が勉強できないと、なにか都合が良いのだろうか?
月城さんは左手で胸の辺りを押さえ、呼吸を整えていた。この状態の月城さんは何か言いたいことがあるのだろう。俺も慣れてきたものだ。
そうして頬を赤くした月城さんは、意を決したように言う。
「あの……よかったら、一緒に勉強しない? 放課後でも、週末でも……えっと……その……」
……誘ってくれるんだ。俺と一緒にいたいと思ってくれてるんだ。月城さんの視線も、声の震えも、全部が俺を選んでくれた証に思えた。
「……うん。すごく嬉しい。ぜひ、一緒にやろう」
気取った言い方なんてできなかった。ただ、本音がそのまま口からこぼれただけだ。
テスト勉強なのに……なんでこんなに嬉しいんだよ。自分でも笑ってしまいそうなほど、心が軽くなっていた。
「……よかった」
月城さんも安心したのか、その表情はどこか喜んでいるように見える。
「でも、どこでやろっか?」
「えっと……その……」
月城さんの視線がふわっと泳いでいる。そして、勇気を振り絞ったみたいに言った。
「……ファミレス……とか、どうかな?」
「ファミレス?」
「べ、別に……今、期間限定のパフェがあるからじゃないよ!? あ、いや……ちょっとだけ興味はあるんだけど……でもそれより、集中できるかなって……」
耳まで赤くしながら言い訳してるのが、正直かわい過ぎる。
「いいと思うよ。ファミレスなら静かだし、席も広いし、勉強終わったら、そのパフェも食べれるし」
「ほ、ほんと? じゃあ……行こっか。放課後」
「うん」
月城さんはふわっと笑って、胸の前で軽く手を握った。
――月城さんとの放課後がとても楽しみだ。
43話、お読みいただきありがとうございます。
43話を一度削除するという行為で読者の皆様からどのような反応になるかと心配しておりましたが、温かいコメントもいただき、本日、無事に投稿できました。
これからも、仕事と育児の合間ではありますが精一杯書かせていただきますので、応援していただけると幸いです。




