41話 隣のイケメンがモテてしまいました
「昨日の球技大会、神崎君かっこよかったな……」
朝、私は昇降口で靴を履き替え、自分の教室を目指して歩いていた。
球技大会、神崎君は大活躍だった。
まさに蝶のように跳び、蜂のようにゴールを刺す姿は私の心に永遠に焼きつくであろう。
惜しくも、決勝で三年生のチームに負けてしまったけど、試合が終わった瞬間に急いで買ってきたスポーツドリンクは、彼の中で私のポイントをがっちりと上げてくれたはず! 渡すときにすごく緊張したけど……。
球技大会の後、クラス全員で行った打ち上げのカラオケでも、神崎君はずっとクラスのみんなに囲まれて、本当に楽しそうに笑っていた。
男子は肩を組んで合唱し、女子は微笑む神崎君にうっとりしていた。かく言う私もその一人だ。
でも、みんながはしゃぐのはわかる――なんと言っても(私の)神崎君の魅力は世界共通なのだから……。
でもごめんね。世界の女性たち。剛十郎さんが言うには、彼の心の中には中学のときから、私が住民票を置いているんだよ。
「フフフ」思わず笑みがこぼれてしまう。だが――このときの私は完全に調子に乗っていた。まさか神崎君があんなことになっているなんて……。
階段を上がると、教室の前の廊下に二〇名程の女生徒がズラリと並んでいた。
一体なんだろう? 不思議に思っていたら、愛が教科書をメガホンのように丸めて声を張り上げていた。
「はいっ! 神崎翼に御用の方は二列に整列してくださーい! 押さないでくださーい! イケメンは逃げません!」
「あ、愛? なにこれ?」
「麗! おはよー! 大変なんだよ」
「どうしたの?」
「翼に……女の子たちが群がってる」
「えっ!?」
廊下の窓から教室の中を確認すると、神崎君の席辺りに女子の集団ができていた。私の席にも知らない女子が座っている。
「な、なにあれ?」
「昨日、球技大会で翼かなり目立ってたでしょ? 前から隠れ人気的な男子だったけど、噂が学校中に広がって、正真正銘のモテ男子認定されたんだよ……」
「な、なんで?」
「運動神経良い、背高い、イケメン、チャラくない……まぁ普通に考えたらモテるよね……」
「そ、そんな……」
どこのハーレム物の主人公……?
「麗……ウカウカしてると、翼が取られちゃうかもよ?」
「えっ……取られる? そんなの嫌!」
っ!!
愛は多分、いつもの冷やかしのつもりで言ったのであろう。でも、今の私は混乱していて……つい、嫌だと本気で口走ってしまった。
「ほー、そうですか。そうですか」
愛の目がニヤニヤといやらしく私を見つめる。
「じゃあ、翼を助けておいでよ。本人も困ってるみたいだし」
「で、でもどうすれば良いの? あんな大勢の中からどうやって……」
「ウチに良い作戦があるよ。ちょっと耳貸して」
すると、愛は私にゴニョゴニョと耳打ちしてきた。
「まず……で、いつも……でしょ? だから……やるの。そしたら……」
愛の作戦は私にとって、無謀な作戦だった。聞いているだけで、どんどん顔が熱くなる。
「そ、そんなの無理だょ……」
「翼が誰かのものになっても良いの? この作戦は学年一の美少女で、隣の席の麗しかできないよ?」
「私……美少女なんかじゃないし……席も知らない女の子に取られちゃったよ……」
「大丈夫! 麗ならできる!」
「……」
自信なんかない。でも、神崎君が女子に囲まれている光景は私にとって地獄絵図だ。剛十郎さんからは待ってやってくれって言われたけど、神崎君本人から私のことをどう思ってるのか聞いたことはない……。
もしかして、私のことはもうどうでもいい?
嫌な妄想が頭の中をグルグルと駆け巡る。ここで動かないと……私は一生、負け犬だ。
「……やってみる」
「よし! 行ってこーい! 翼を取り返してきて!」
「うん!」
背中を押されるようにして、私は女子の群れに近づいた。心臓がうるさい。足が震える。
でも、神崎君は……私の大切な人だから、止まるわけにはいかない。
愛の作戦、其の一。
『美少女清楚オーラ全開で近づく』
私は大きく深呼吸をして、ほんの少しだけ髪を耳にかけた。ふわっと微笑む練習をして、一歩ずつ群れとの距離を縮めていく。
女子たちが、まるでバーゲンセールの特売品に群がるように神崎君の周りを取り囲んでいた。
その中心で、神崎君は困り果てたように笑っていた。
「……ごめん。放課後はトレーニングが……」
デートに誘われてるじゃないですか! あぁ……でも、困ってる神崎君もかっこいい……じゃなくて! 今は作戦!
私は意を決して、女子たちの間にスッと入り込んだ。
美少女清楚オーラをまとわせて……いる(つもり)。
「あの、ごめんなさい。ちょっと通してもらえるかな?」
丁寧に言うと、前にいた子が振り返った。
「あ、月城さん……?」
その瞬間、前列の女子たちがざわつき、道が開く。
……よしっ! 作戦其の一成功!!
作戦其の二。
『名前呼びで挨拶して女子を牽制せよ』
私は神崎君の前に立つと、心臓がもう限界。けれど……負けない。
「翼君。おはよう」
……言えた。言った瞬間、教室が静まり返った。
神崎君が驚いて目を丸くし、頬を僅かに赤くした。
「……つ、月城さん? お、おはよ……」
キョトンとした反応が可愛すぎて死ぬかと思った。周りの女子も私が名前呼びしているのを羨ましがるはずだ。
作戦其の三。
『あからさまな独占宣言をして、周囲の女子を黙らせろ』
「翼君、今日も……その、一緒にお弁当……食べるよね?」
「え、あ、う、うん! もちろん!」
神崎君は慌てて言った。
周りの女子たちが「えっ」とか「月城さんと神崎君って、そんな仲なの?」とザワザワしていた。
……ごめんなさい、みんな。でも神崎君だけは譲れません。
作戦其の四。
『親密さをアピールして、強制的に連れ出せ』
「あ、それと……翼君。私、今日、日直なんだけど、職員室に資料を取りに行かないといけなくて……。よかったら、手伝ってくれないかな?」
「えっ? あ、うん! 行く!」
彼は立ち上がり、女子の輪の中から出ようとした。
その瞬間、「すみません、少し失礼しますね」と私は軽く会釈して道を作ってもらいながら、神崎君の腕をそっと掴んだ。
すると、神崎君の肩がビクッと震えた。
「い、行こう……翼君」
「う、うん……!」
二人で並んで教室を出ると、背後で女子たちのざわめきが響いている。
――決まった。神崎君を女子の魔の手から救出できた。
で、でも……これからどうしよう……。職員室に用なんかないのに……。
隣の神崎君は顔を真っ赤にしていた。
「つ、月城さん……あの……助けてくれたんだよね? ありがとう」
「な、なんのこと!? わ、わわわ私は職員室に――」
な、なんでバレてるの? 愛の作戦は完璧だったはず。私も上手く任務を遂行できた。なのになぜ助けに行ったことが分かるの?
もしかして……こ、これが心が繋がってるってこと……?
嬉しかった。やっぱり私にはこの人しかいない。いや、この人しか見えない。そう思っていたのに――。
「だって、今日の日直、俺だから……」
神崎君の言葉を聞いた瞬間、全身から血の気が引いた……。私は顔を覆って前かがみになる。
は、恥ずかしい。なんでこのタイミングで神崎君が日直なの……。登校したばかりなのにもう帰りたい。
しかし、神崎君は私の耳元へ顔を近づけると、誰にも聞こえないように手を添えて小声で囁いた。
「……月城さんが来てくれて、助かった。本当に……ありがとう」
近い近い近い! 顔近い! 胸を突き破りそうなくらいドキドキした心臓を手で抑え、なんとか声を出す。
「ど、どういたしまして……」
「今戻ると、また囲まれそうだからしばらくブラブラしようか」
ホームルームまでの短い時間。私たちは校内のお散歩を楽しんだ。
ただ歩いているだけだったけど、彼が隣を歩いてくれるのが、なんだかとても安心できた。
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