38話 球技大会⑤
俺と駿は購買で惣菜パンをいくつか買い、体育館へ戻るために中庭を歩いていた。日差しは強いのに、風はやけに涼しい。
「翼、友達として忠告しとくけどさ。月城さんには早めに伝えた方がいいぞ。中学のときからなんだろ? 初恋こじらせすぎだ」
「……わかってるよ。中学のときは、言えなかったんだ」
そう答えると、駿は歩みをゆるめて、ふっと目を細めた。
「――自分が月城さんには釣り合わない、って思ってたんだろ?」
「っ……!」
「入学した頃のお前さ、マジで人の目見れなかったもんな。……“あんな美少女”は自分には無理って、本気で思ったんじゃないか?」
駿は明るく笑って、俺の背中を軽く叩く。
「でもな、今のお前は違う。どっからどう見てもイケメンだし、性格も穏やかで自分への自信もある。月城さんの隣に立つ資格は十分にあるはずだ」
「……ああ。ありがとう」
そう返事をしながら、どこか落ち着かない。
駿は、俺が“コミュ障で言い出せてないだけ”だと思ってるはずだ。
本当は——卑屈で、太っていて、友達なんて一人もいなかった過去があって。自信が持てなくて、月城さんの告白を断った。
どうしても、それを駿に言う勇気は出なかった。
駿なら笑って受け止めてくれるかもしれない。でも、もし違ったら。
今のこの、初めてできた“親友”との時間を――壊してしまうかもしれない。
「“言わなきゃ伝わんない”んだよ。どんなに考えてても、黙ってたら……相手には届かない。俺も経験あるからわかるけど」
どこか哀愁を含んだその声だけで、駿もなにかを抱えていることが伝わった。
風が吹いて、惣菜パンの袋がぱさりと揺れた。
言えないことを抱えているのは――俺だけじゃないのかもしれない。
思春期特有のそれぞれの悩みが俺たちを一歩ずつ大人にする階段みたいな物なんだろう。
……そんなことを考えていたときだった。
「駿、久しぶり」
落ち着いた、でもどこか懐かしさを帯びた声。
振り向くと、柔らかな笑顔にブルーのスクエアメガネがよく似合う男が立っていた。
背が高くて、落ち着いた雰囲気のスポーツマン。三年の紺色ジャージを着ている。
「水嶋先輩……」
駿が小さくつぶやいた。その表情が、ほんの一瞬だけ固くなったように見えた。
「元気だったか?」
先輩のそのひと言に、駿の肩がわずかに揺れる。
「……うっす。翼、悪い。先行くわ」
視線を合わせないまま、駿は俺の横をすり抜け、中庭を早足で去っていった。
「……駿?」
呼び止める間もなく、背中がどんどん遠ざかる。
あんな駿、見たことがない。
いつもは明るくて、人懐っこくて、誰とでも仲良くできる駿が、まるで逃げるみたいだった。
駿は、俺の変化にいち早く気づき、不器用な俺の背中を押してくれた。だったら今度は――俺が駿の助けになりたい。
自然と、そんな気持ちが込み上げた。
水嶋先輩は駿の背中を見つめたまま、小さくため息をつく。
「駿……前はあんな感じじゃなかったのに……嫌われてんのかな、俺」
「あ、あの……」
「あぁー。すまない。俺は水嶋徹、一応バスケ部の主将をしてる」
「駿のこと……前から知ってるんですか?」
気づけば俺は問いかけていた。この状況で、駿が何を抱えているのがわからないほど鈍くはない。
水嶋先輩は「ん」とうなずいた。
「駿とは同じ中学で、バスケ部だったんだ。駿は一年のときからレギュラーでさ。才能も努力もあった。……けど、それが逆に目立ちすぎたのか、いろいろあってね」
いろいろ――その曖昧な言葉が、胸に重く落ちる。
駿は中学でバスケをやっていた。一緒にプレーしたとき、あの生き生きとした表情を俺は見た。
なのに、俺が「なんでバスケ部入らないんだ?」と聞いても、駿は寂しそうに誤魔化すだけだった。
その理由が――今、目の前にある。俺の知らない立花駿がそこにいるような……そんな気がした。
「……よかったら、駿のこと教えてもらえませんか? 駿はバスケが好きなはずなんです。でも、あいつ、バスケ部に入らない理由を教えてくれなくて……」
「あぁ……。それもしかしたら俺のせいかも……」
水嶋先輩は中庭のベンチに腰をおろし、遠くを見るように息を吐いた。
「駿はねぇ。すごいやつなんだよ」
そう言いながら、懐かしい日々を思い出すように空を見上げ、優しい口調で語り始めた。
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