37話 球技大会④
一年優勝を決めた俺たちは体育館に設けられたクラスの応援席に向かっていた。
試合を終えて、歓声の余韻がまだ胸に残っている。
汗を拭きながら体育館の応援席へ戻ると――
「か、神崎君!」
黒髪がぱたぱたと揺れて、月城さんが真っすぐこちらへ駆けてきた。普段教室で見る落ち着いた彼女とは別人みたいに、目がきらきらしている。
「す、すごかった……! 神崎君、ほんとに……すごかった……!」
子どもみたいに無邪気な声。胸の前でぎゅっと両手を握りしめて、俺を見上げてくる瞳は、まるで星のように光っていた。
「翼すごいじゃん! マジでかっこよかったんだけど!」
高瀬も俺と月城さんの間に入って肩を組んできた。
「おい、やめろ高瀬。肩を組むな」
「えーなんで? ケチケチするなよヒーロー!」
こいつの距離の詰め方は本当に心臓に悪い。お前の大きくて見事な胸部が俺の大胸筋に当たりそうなんだよ!
「……駿とか、みんなが凄かったんだよ。俺はついていくだけで――」
言い終わる前に。
パシンッ! パシンッ! パシンッ!
チーム全員から、容赦ない頭チョップが飛んできた。
「なに言ってんだ神崎」
「あんな動き見せといて謙遜とか」
「ついてくのに必死だったのは俺らの方だっての」
最後に駿がニヤッとして、軽く俺の背中を押す。
「翼、こういうときくらい調子のっとけ。さっきの試合は間違いなくお前のおかげで勝てたんだ。ドヤってもバチは当たらないぞ」
「……あ、ああ。」
俺はあらためて月城さんに向き直した。彼女のキラキラした瞳はいまだ健在だ。
胸の奥がくすぐったくなるほど真っすぐで、なんか……守ってあげたくなるような幼さを感じる。
「月城さん、ありがとう。月城さんがさっきバレーの試合で頑張ってたから、俺も負けずに頑張れた。次の試合も絶対勝つから、応援して欲しい」
言った瞬間――周囲の空気がピタッと固まった。まるで俺の周りだけ一時停止ボタンを押されたみたいだ。
月城さんの振っていた両手がダランと下に下がり、口が半開きになる。瞳だけが俺に吸い寄せられたまま、完全に思考停止していた。
「ひゃ、ひゃい。お、応援しましゅ……」
小さな音を立てて、その場にぺたんと座り込んでしまった。
「えっ、ちょっ……!? 月城さん!? 体調不良か?」
「いやいやいや違うから!」
金髪がばさっと揺れて、高瀬がすっ飛んでくる。慣れた手つきで月城さんの肩を支え、背中をさすった。
「麗~! 呼吸! 呼吸して! ほら吸って吐いて~! 翼のイケメンムーブに耐性ないの忘れてたわ!」
体育館の一角に高瀬の声が響く。
イケメンムーブって……俺は思った事を口にしただけなのに……。
「麗には刺激が強いの!」
背後から駿がひそひそツッコミを入れてくる。
「翼、お前よくそんな歯の浮くようなセリフ言えるよな? こっちが恥ずかしなるわ」
「そうか? 駿も似たようなことをよく女の子に言ってるじゃないか?」
「俺は元からそういうノリで生きてるからいいんだよ。お前のはガチテンションだから威力が高いんだ」
駿は頬をポリポリとかきながら、どこか感心したように笑う。
「でも、そんな事言えるようになったんだな」
「変か?」
「いや、優秀な弟子を持って俺は嬉しいよ。でもな――」
駿がアゴでへたり込む月城さんと支える高瀬のほうを示す。
「無自覚に月城さんをいじめるなよ。致死量超えてるから、それ」
「き、気をつけるよ……」
へたり込んだ月城さんが赤い顔でこっちをちらっと見るのを見て、自分の成長を実感するのであった。
「おっ!? 神崎だ!」
「おーい、お前ら勝ったらしいじゃん! すごっ!」
どうやら他の競技を終えたクラスの男子や女子が、一年生優勝の知らせを聞きつけて一斉に押し寄せてきたようだ。
突然、周囲がどっと賑やかになる。
拍手と笑顔が、一気に俺のまわりを囲い込んで目がまわりそうになる。ど、どこを見たらいいんだ……。
こんなに大勢に囲まれた経験がないので、少しだけ戸惑ってしまう。でも、みんなの目は笑っていた。
中学のときに向けられた冷たく、蔑む《さげすむ》ような目じゃない。
俺を“特別扱い”してるわけでも、“イケメンだから”とかでもなく、ちゃんと、同じクラスメートとして見てくれてるんだ。
気づけば、俺は自然と笑っていた。
輪の中心に立つのは慣れていなくて、なんだか照れくさい。でも、ようやく――このクラスの一員になれた気がした。
「おい翼、次の試合、昼休み終わってからだってよ。今日の昼飯は月城さんの弁当か?」
「いや、今日は球技大会だから体育倉庫の方もけっこう人がいると思って、なしにしてもらってる」
「じゃあ、時間あんまりないから購買行こうぜ」
昼飯を買いに、二人で購買へ向かう。
体育館の熱気が抜けきらない体に、渡り廊下の風がやたら心地いい。
「月城さんにいいとこ見せれてよかったな」
「駿やみんなが信じて任せてくれたおかげだ。よく素人の俺を好きに動かせたな?」
「この前、愛の家でバレーやったときにすげぇサーブ打ってただろ? あれは運動音痴の動きじゃなかったし、今日のリバウンドだってすごかった。翼ならなんとかするかもと思ったんだよ」
駿はいつものように軽い調子で笑って続けた。
「最近の翼はマジで頑張ってたからさ。コミュ力も上がってるし、月城さんともちゃんと話せてるし。……でも、その分ちょっと気になってたんだよ」
「何がだよ?」
駿は前を向いたまま言う。
「お前、月城さんのことどう思ってる?」
俺と駿の歩みが止まった――。
駿は入学当初からよく月城さんのことで俺をからかってきていた。いつも誤魔化すように答えず逃げていた。
でも、今の俺ならわかる。これはからかいでも冷やかしでもない。
本気で――俺の覚悟を確かめている目だった。
コミュ障の俺を煙たがるどころか、笑って励まして、“いつかちゃんと向き合えるように”って、ここまで連れてきてくれた。
逃げたくない。今日の俺は、逃げちゃいけない。
だから俺は、ゆっくり息を吸って、本当のことを言った。
「……俺は、月城さんのことが、中学のときからずっと好きだ」
駿は一瞬だけ目を丸くし、すぐにふっと笑う。
「なんだ……ちゃんと言えるようになったんだな」




