32話 隣の美少女はフワフワしている
「ようこそ、高瀬家へ!!」
メガホン越しに高瀬の声が広い庭中に響き渡る。高瀬の後ろでは女性達が数名控えていた。
よく目を凝らして見てみると……。あれは……。
メイドさんだ!
メイドさん達は皆、二十歳くらいの若い女性だった。高瀬はそのメイドさん達を引き連れてこちらに近づいて来ている。
その光景を見た駿は膝をついてうなだれてしまった。
「お、おい、駿! どうした!?」
「翼……メイドさんって喫茶以外に実在したんだな」
そっち!? 駿の頬には一筋の涙が通っていた。こいつメイドさん好きだったのか。
まぁ……俺も好きだけど。というかメイドが嫌いな男など存在するはずがない!
「神崎君……メイドさん……動いてる……本物だ……」
月城さんも口を両手で押さえてうっとりしていた。いや、君も!?
俺は気を取り直して咳払いをし、高瀬に確認した。
「……ここは高瀬の家で間違いないのか?」
俺は思わずそう口にした。門構えからして、もう別世界だったからだ。
高瀬はサングラスをズラして頭にかけると、心配そうな瞳で俺たちを見つめてきた。
「うん。そうだよ……あのさ、ちょっと言いづらいんだけど――うち、少しだけ変わってるんだ」
「変わってる?」
「パパが会社をやっててね。テックスポーツって知ってる?」
知ってる。というか、俺が今着ているトレーニングウェアもテックスポーツ製だ。
テックスポーツは靴下からボール、シューズ、はたまたランニングマシンまで――スポーツに関するものなら何でも揃う総合メーカーだ。
まさかその社長の娘が、高瀬だったとは……。
「もちろん知ってる。いつもトレーニングのときに世話になってるよ」
俺がそう言うと、高瀬は小さく笑って――それでも、どこか不安げに視線を伏せた。
「ありがとう。でもね、やっぱりこういうの、言いにくいんだよ。自分の家が人と違うって、変に気を使われることもあるし……それで離れてっちゃう友達もいたんだ」
なんだ、そんな事を気にしていたのか。
確かに人と違うことっていうのは言い辛いものだ。俺だって月城さんが好きで今の姿になったことは父さん以外に言えてない。
「……わかるよ」
そう言ったのは俺ではなく、さっきまでメイドに心を奪われていた月城さんだった。彼女は優しく高瀬に微笑みかけている。
「あの人は自分達と違う、って思われるより……普通の友達として見て欲しいもんね」
高瀬はサングラスを頭からから外して、目に掛け直した。まるで泣いてる瞳を隠しているように――。
そして、高瀬は月城さんに……抱きついた!
「麗、ありがとう。そういうとこマジ好き」
月城さんは少し恥ずかしそうにしていたが、高瀬のことを「よしよし」と背中をさすって落ち着かせていた。
「学校じゃ、普段は隠してるからさ。でも、なんか嘘ついてるみたいで嫌だったんだよ……いい機会だったし、みんななら……知られても良いかなって思ったの……」
「気にしすぎなんだよ、なぁ翼?」
さっきまでメイドさんに跪いていた駿もようやく正気に戻ったようだ。
「ああ。お金持ちだからって俺たちは気を使ったりしない。俺たちが知ってるのは、友達思いで、いつも前を向いてる高瀬だ。だから、俺たちになら見せてもいいって思ってくれたのが……本当に嬉しい」
高瀬は顔をくしゃくしゃにして、「うわーん!」と泣き出してしまった。
本当に感情豊かなやつだな……。まぁそれが高瀬のいいところだけど。
駿が「おいおい、ガチ泣きすんなよ」と慌てていたが、まったく止まる気配がない。
「うぇぇ……だって、だってぇ……!」
高瀬はそのまま月城さんの胸に顔を埋めて、ぎゅっと抱きついたまま離れなかった。月城さんは驚いたように瞬きしたあと、そっと高瀬の頭を撫でた。
「嬉しかったんだよね」
「う、うん……! だって、こんなこと言ってもらったの初めてで……!」
「よしよし。ちゃんと伝わったんだから、もう泣かなくていいよ」
高瀬は泣いているけれど、その声はどこか笑っているように聞こえた。
俺も思わず笑ってしまう。――きっと、こういう瞬間を“友達”って言うんだろうな。
なんて、考えていたのが間違いだった!
しばらくして、高瀬は「ふぅ……」と大きく息を吐き、月城さんの胸から顔を上げた。目の端を拭い、いつもの明るい笑顔を浮かべる。
「麗……ほんと好き……。あと……胸フワフワしてて落ち着く……」
「えっ!? ちょ、ちょっと愛っ!」
月城さんは真っ赤になって慌てて高瀬を引き離そうとするが、高瀬はぎゅーっとさらに抱きついた。
「だってぇ、良い匂いするんだもん〜!」
「うわー、あれは最低だな……」
駿が本気で引いていた。
「……たしかに」
俺もつい口に出してしまったけど……月城さんの……フワフワなんだ……。
「か、神崎君っ!? どこ見てるの?」
「あ、いや! その……!」
慌てて言葉を濁す俺を見て、高瀬は涙目のまま笑っていた。
「ふふっ、麗、照れてる〜」
「も、もうっ!」
月城さんは恥ずかしがっていたが、高瀬が普段のように笑ってくれたことが嬉しいようだった。
「よし! 泣いた分、スッキリした! 球技大会の練習しよっか!」
「切り替え早っ!」
高瀬はニカっと笑い、洋館の隣に建っている一回り小さい建物を指差した。
「練習場所はあそこだよ!」
白い外壁に、屋根の一部が半透明のパネルで覆われた近代的な建物。
入口の上には「INDOOR TRAINING HALL」と書かれたプレートが掲げられている。
「まさか! 室内練習場か!?」
「そうだよ〜、バレーやバスケはもちろん、バドミントン、フットサル、体操とかの室内競技は大体できるよ!」
四人で中に入ると、思わず息を呑んだ。
天井は学校の体育館の倍はあり、光を取り込むパネル越しに、柔らかな昼の光が床に差し込んでいる。
壁際には最新型のバレーボールマシンや、リバウンドを自動で返してくるバスケットゴール。
「……なんだここ、体育館っていうより、もはやプロ施設じゃん」
駿が呆然とつぶやくと、高瀬は胸を張ってドヤ顔をした。
「でしょ〜? 冷暖房完備、照明は自動調光、床は国際大会仕様の防振素材! ――あと、Wi-Fiもある!」
「最後いらなくないか?」
思わずツッコミを入れてしまったが、この施設は本当に凄い。こんなところで練習できるなんて、想像していなかったからみんな目が点になっている。
「なんでこんなに設備が揃ってるんだ?」
「ウチの妹がバレーU-16の日本代表なんだけどさ。普段この建物は自主練用に使ってるんだよ。でもパパがどうせ作るなら――って、色んなスポーツできるようにしたみたい」
「高瀬のパパすげぇ」
「愛って妹さんいたんだ……」
「うん。いるよ! めっちゃ可愛いんだなこれがー。って! 今は練習!」
高瀬がメガホンを構え直し、指をピンと伸ばした。
「というわけで! 本日のメニューは――まずはバレーから! サーブ練習いってみよーっ!」
審判台の上でメガホンを構えた高瀬が、体育教師のような口調で叫ぶ。
月城さんは不安そうにボールを抱え、俺はその隣でボール出し。駿は反対コートでレシーブの構えをとっていた。
「麗ー! サーブってのはね、勢いと気合い! 以上!」
「え、それだけ!?」
月城さんは驚き、
「理屈より魂だよ魂っ!」
高瀬は吠えて、
「……あいつ、教える気ある?」
駿はツッコむしかない。
月城さんはため息をつきながらも、意を決して構えている。
あまりにもすごい迫力でコート中央のネットを睨んでいたので、「だ、大丈夫。軽く打てば届くと思うよ」と小声で励ました。
「う、うん……」
月城さんは深呼吸して――トスを上げ、思い切り腕を振る。
しかし――空を切った腕の先でボールはそのまま真下に落ち、見事に自分の頭に直撃した。
「……っ!」
ボールが床に跳ねる音が体育館にこだまする。
月城さんはその場で固まり、そっと両手で顔を覆った。
耳まで真っ赤になっている。
反対コートの駿が、ぷるぷる震えながら歯を食いしばっている……。
高瀬も審判台の上で、必死に口を押えている……。
俺までつられて、肩が小刻みに揺れた。
笑ってはいけない! 今ここで笑えば、月城さんが傷ついてしまう――。おそらく、高瀬と駿もそう思っているはず――。
月城さんは指の隙間からちらりとこちらを見て、さらに顔を覆い直した。
「……見ないでぇ……」
その声があまりにも可愛くて、
三人とも完全に笑いを堪えきれなかった。
「っぷ……ごめ、無理……はははは!」
「だ、だって今の、完璧に自爆だったじゃん!」
「ううううっ、笑わないで!」
体育館には、ボールの音よりも笑い声が響いていた。
中学のとき嫌いだったスポーツが、今は友人たちと笑いながらできている……。
――なんて楽しいんだ。
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