31話 隣の金髪ギャルはお嬢様?
放課後の教室で、俺、月城さん、高瀬、駿の四人は、球技大会に向けた練習場所について話し合っていた。
「体育館は部活で使えないし、校庭もダメだよな……」
駿が腕を組んで唸る。
「公園だとボールが周りの人に当たったら危ないよね」
月城さんも困ったように頬をかく。
うーん、確かに練習場所って意外とないな。球技大会は来週だし、今から青葉市の体育館も予約がとれないだろうし……。
「じゃあさ――ウチでやろっか!」
明るい声で手を挙げたのは、高瀬だった。
「え? 高瀬の家で?」
「そう! 広いから、バレーもバスケも練習できるよ!」
高瀬の家の庭か……。俺はなんとなくみんなでボールを囲んでワイワイ練習している自分を想像してみた。楽しそうだな……。
「高瀬がいいなら俺は問題ない」
月城さんと駿も頷いてくれた。
「じゃあ、今度の週末ね! 住所送っとく!」
そう言って高瀬は、にかっと笑いながらスマホを振っていた。
* * *
そして週末。
俺は集合場所である、駅前のロータリーで月城さんと駿が来るのを待っていた。
六月ということもあって、少し蒸し暑く、駅前の空気がほんのり重い。
俺は黒のトレーニングウェアに身を包み、リュックの中には替えのシャツとスポドリを入れていた。
今日はいよいよ球技大会の特訓――本気で動ける格好にしてきたが、これは正解なのだろうか!?
「おはよう、神崎君」
振り向くと、月城さんが立っていた。淡いブルーのブラウスに白いスカート。普段は下ろしている綺麗な黒髪を、今日は後ろでひとつにまとめていた。その凛とした清楚な雰囲気が、夏の光の中でやけに眩しかった。
「おはよう、月城さん。その服、すごく似合ってるね」
思わず本音が漏れた。月城さんは目を丸くしたあと、頬を染めて小さく笑った。
「そ、そうかな? ありがとう」
「その服装でバレーするの?」
「ううん。私、運動する服って学校のジャージしかないから、愛の家で着替えさせてもらおうと思ったの」
「そうなんだ」
「おーい、お待たせー!」
駿が手を振りながら近づいてくる。薄手のパーカーにハーフパンツ。動きやすさとオシャレを兼ね備えたラフな格好だ。
「翼、気合い入ってんな。どこの代表選手だよ」
「すまん。気合い入れすぎたのかも……」
「やる気があっていいんじゃね? よく似合ってるよ」
「……そうか? まあ、せっかくの練習だしな」
少し照れくさく笑いながら、俺は肩にかけたバッグを持ち直した。
日差しの強い坂道を、三人並んで歩き出す。スマホの地図には、高瀬の家までの道が青いラインで示されていた。
「月城さんは、高瀬の家って、行ったことある?」
俺が尋ねると、月城さんは苦笑しながら答えた。
「ううん。ないよ。愛って自分のプライベートのことはあまり話さないんだよね」
「確かに、俺もアルバイトしてること、くらしか聞いたことないな……」
すると、先頭を歩いていた駿が振り返って言った。
「愛ってさ、すごく面倒見いいよな? 弟とか妹たくさんいそう」
駿の言葉に、俺も深く頷いた。
「わかる。見た目ギャルなのに、妙にしっかりしてるしな。お姉ちゃんって感じがする」
「そうだね。私、実は入学したばかりのころに助けてもらったことがあるの」
「助けてもらった?」
「最初の体育の授業でペアを組むことになったんだけどね。緊張しちゃって誰にも声をかけれなかったの」
月城さんは少し恥ずかしそうに視線を落とした。
「そのとき“ウチとペアになろ”って声かけてくれたのが、愛だった」
「へぇ、そうだったんだ」
「それからよく話すようになって。ああ見えて、すごく気配り上手なんだよ」
月城さんがそう言うと、駿が感心したようにうなずいた。
「あのテンションで気づかいできるの、地味にすごいよな」
「うん。困っている人がいたら放っておけなくて、みんなを笑顔にしてくれる。私、密かに愛に憧れてるんだ」
「わかるよ。俺も高瀬には助けられたから」
「えっ? そうなの?」
しまった――。つい本当のことを言ってしまった。どうしよう……まさか月城さんと普通に話せるようになりたくて、高瀬に教えてもらってたなんて言えないし……。
すると、俺が困っていることを察してくれた駿がすかさずフォローしてくれた。
「ほら、翼って入学したとき、すごい口下手だったでしょ? 高瀬と俺でクラスに馴染めるように色々アドバイスしてたんだよ」
ナイスだ駿。いつもながらフォローが上手い。
月城さんは少し考え込むような仕草をして、なにかをひらめいたようだ。
「そっか! 神崎君、それで最近クラスのいろんな人と話してたんだね!」
「ああ。そ、そうなんだよ。だからいつかは高瀬に恩返しをしたいなと思ってる」
「うん! 私もそう思ってる! 愛がなにか困ってたら助けてあげようね」
「うん。絶対に助けるよ」
そんな話をしていたら、どうやら高瀬の家に着いたようだ。
「ここ、みたいだな」
地図のピンが示す場所に立ち止まった瞬間、俺たちは言葉を失った。
「……え?」
目の前にそびえ立っていたのは、まるで海外映画に出てきそうな白い門構えの大豪邸。
「いや、違うだろ……。これ、どっかのハリウッドスターの家だろ……?」
駿が怯えたように一歩後ずさった。
「なんでここにハリウッドスターの家があるんだよ」
すると、月城さんが驚いた様子で指をさした。
「ふ、二人とも、あれ見て……」
月城さんの指差す方向を見てみると――【高瀬】という表札があった。
「マジだ……!」
駿が目を見開き、俺は思わず喉を鳴らした。
少し気は引けたが、俺はインターホンを押してみた。すると、すぐに高瀬の明るい声が響いた。
『はぁーい、今開けるね!』
「……マジで高瀬の家だった!!」
まるで別世界への扉が開くように、重厚な門が音を立ててゆっくりと開いていった。
門が開いた瞬間、俺たちは言葉を失った。
中に広がっていたのは――まるで別世界。
真っ白な砂利道の先に、太陽の光を反射してキラキラと輝く噴水。水しぶきが風に舞い、虹がかかっていた。
その奥には三階建の立派な洋館がそびえ立っている。
「……なにこれ?」
月城さんが呆然とつぶやく。
「やば、あいつお嬢様じゃん」
駿が口を半開きにしてつぶやいた。
俺も頷くしかなかった。高瀬、どんな家に住んでんだよ……!
そう思った次の瞬間――。
「おーい! みんなーっ! こっちこっちーっ!」
芝生の向こうから、高瀬の元気な声が聞こえてきた。
振り向くと、そこには黒いサングラスをかけ、黄色いメガホンを手にした高瀬が立っていた。しかも着ているのは「JAPAN」と胸にプリントされた真っ赤なジャージ。
「ようこそ、高瀬家へ!」
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