30話 隣の美少女と俺はスポーツが苦手らしい
月城さんが俺の家に遊びに来たあと、彼女が作ってくれた肉じゃがの皿を洗いながら、俺は激しく後悔していた。
なんで俺、自分の服、月城さんに貸したんだ……。
しかもストレッチのとき、うっかり背中に触れてしまった気がする。
絶対引かれた……。恥ずかし過ぎる……。
あのときの俺はどうかしていた。月城さんが筋トレに興味があるって言って、妙なテンションになっていたのだ。
だってそうだろ? 一緒に二人で筋トレできるなんて! ご褒美でしかないだろ!
なのに……なのに俺は……。
ああ……服、臭くなかったかな? 気持ち悪いとか思われたかな……。嫌われて……ないかな……。
居間の隅を見ると、彼女がトレーニング中に着ていたTシャツとハーフパンツが、きれいに畳まれて置いてある。
「……あ、あの服、どうしよう」
洗濯する……よな? でも、なんか……もったいない気がする。
……もったいないってなんだ!
ただの変態じゃないか!!
邪念を振り払うように、首をブンブンと振る。違うんだ! 俺はただ……嬉しかっただけなんだ……。
あぁ……。後でお詫びのメッセージ送ろう……。月城さん許してくれるかな?
晩御飯の後片付けを終えた俺は、「さて、なんて送ろうか……」とスマホを見た。すると――。
スマホの画面には、
――月城麗から新着のメッセージがあります――
と通知がきていた。
「神崎君の服……着るの嫌だったよ」
とか、きてたら俺の人生は終わりだ……。
俺は恐る恐るスマホの画面をタップして、月城さんとのトークルームを確認する。
――神崎君、今日はありがとう。
すごく楽しかった! また遊びに行ってもいいかな?
その一文を読み終えた瞬間、俺はスマホを天に掲げた。
「ッシャーーーーーーーッ!!」
よかった……! 嫌われて……ない! しかも、また来てくれるって……良かった……。
あれ?
ふと窓から庭を見ると、父さんが庭の木の前に立っていた。
父さん帰ってたのか……。なにやってるんだろ……?
よく見ると父さんは庭の木に向かってなにか話しているようだった。
あの人……ついに筋肉だけじゃなくて、植物と会話できるようになったんじゃ……。父さんならあり得そうだから怖い。でも、なんだかいつもと様子が違うような?
いつもうるさいくらいの大声を出す父さんが、まるでずっと抱え込んでいたものがスッキリしたように、穏やかな表情を浮かべていた。
気になった俺も庭に出てみる。
「父さん、なにしてんの?」
「翼……。なに……ちょっと報告してただけだ」
「報告って……この木に?」
父さんは照れくさそうに笑って、木の幹を軽く叩いた。庭の真ん中に立つその木は、俺が物心ついたころからそこにある。
母さんが植えた木。
「お前も、もっとトレーニングを積めば、そのうち聞こえるかもな」
「なに言ってんだよ……」
俺が呆れてそう言うと、父さんは「はっはっは」と笑いながらも、少しだけ目を細めた。
風が吹いて、木の枝がさわさわと揺れる。葉の音が、どこか優しく笑っているように聞こえた。
――それから、しばらく経った。
俺と月城さんは以前よりずいぶん仲良くなったと思う。相変わらず、彼女は毎日お弁当を作ってくれるし、たまに一緒に帰るようにもなった。
しかも、俺の週に一度のチートデイには、わざわざ家に来て晩ご飯まで作ってくれる。
あの時間が楽しみで、トレーニングにも自然と熱が入るようになった。毎日がとても充実している。
さらに高瀬と駿とのモテ会話マスター講座の甲斐もあって、クラスメートともある程度、自然に会話ができるようになっていた。
結局、俺に足りないのは経験だということで、ひたすら男女問わず学園内でクラスのいろんな人と会話させられた。あのときはなぜか月城さんにとても睨まれてしまった……。
さらに最終試験として休日にナンパもさせられた。
あれはキツかった。「絶対嫌だ」と言ったのに、高瀬と駿が俺を街に連れ出し、待ち合わせスポットの駅前に放り出したのだ。
意外だったのは一発で最終試験をクリアしてしまったこと。俺が声をかけたのは多分、同い年くらいの女の子二人組だったのだが、「はい。どこまでもついていきます」と言われてしまって、駿が慌てて止めに入ってきたのだ。
……そんな無茶な特訓の日々も、今となっては笑える思い出だ。でも、あの経験があったからこそ、少しだけ自分に自信が持てるようになった。
六月上旬、いよいよ月城さんに想いを打ち明けようとしていたある日の放課後――。
「なあ翼、モテるやつってどんな人だと思う?」
教室の自分の席に座っていたら、いきなり駿がそんなことを言い出した。
「……顔が良い?」
「甘いな。スポーツできるやつだ」
「そんな……小学生じゃないんだから」
俺が苦笑すると、駿はニヤリと笑って机に肘をついた。
「できないよりは、できた方がモテるだろ? 来週は球技大会だ。月城さんにいいとこ見せたいよな?」
「見せたい……けど」
「だろ? お前は俺と一緒にバスケだ。バスケ得意か?」
「正直、スポーツは苦手なんだ」
そう言いながら、汗ダルマ時代を嫌でも思い出す。
――お前がチームにいると絶対負ける。
あの一言で、体育の授業が嫌いになったんだよな……。
「そんなスポーツできます。みたいな見てくれなのにか?」
「俺はあくまでもトレーニーだからな。筋トレ専門だ。そういう駿はどうなんだ?」
駿は笑いながら、ボールを持つ仕草をしてみせる。
「俺は元バスケ部だからな。任せとけ。勝たせてやるから」
「そうなのか? なんで高校ではやらないんだ?」
一瞬、駿の目が少しだけ伏せられた。けどすぐに、いつもの軽い調子に戻る。
「俺のことはいいんだよ。とにかく――球技大会は頑張って、月城さんにいいとこ見せてやれ!」
「……まぁ、できる限り頑張ってはみるよ」
「よし! それでいい」
正直、球技大会は不安でしかない。チームの足を引っ張って、みんなに迷惑を掛ける未来しか見えないんだよな……。
そこへ、教室の後ろの方で談笑していた。月城さんと高瀬がやってきた。
「ほら、麗。ちゃんと言わないと!」
「う、うん。神崎君……球技大会バスケだよね……応援しに行くから頑張ってね」
月城さんは胸の前で両手を握って、上目遣いで俺のことを見ていた。
「う、うん! 頑張るよ……。月城さんはなんの種目?」
「私は、バレーボールだよ。絶対見に来たらダメだからね」
「えっ……どうして?」
「だ……だって……」
月城さんは頬を赤く染めて、全身をモジモジさせていた。その振る舞いは、まるでこれから告白する乙女の恥じらいのようだ。
「バレーできないもん……」
月城さんは、さっきまでの恋する乙女の表情から一変し、今度は黒いオーラが見えそうなくらい肩を落とした。
そ、そうだった……。月城さんも確か……壊滅的な運動音痴……。その清楚な見た目からは想像しにくいが、それはもうひどいとクラスの女子から評判なのだ……。
俺たち脱陰キャからしたらスポーツとは、とてもハードルが高いのだ……。勝手に仲間意識が芽生えてしまう。
「大丈夫だよ! 俺もスポーツ苦手だから」
自分で言ってて、情けなくなる。俺と月城さんは盛大なため息を同時についた。
すると、月城さんの後ろにいた高瀬が俺たちの肩を叩いてこう言った。
「じゃあさ! みんなで、一緒に練習しようよ! ウチと駿が教えてあげるよ」
俺と月城さんは顔を見合わせ、救世主高瀬に懇願した。
「「ぜひ、お願いします」」
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