2話 隣の美少女と机を並べた
俺――神崎翼は、今日も隣の席から突き刺さるような視線に晒されている。あれはもう嫌われてるとかそんなレベルじゃない。
恨みだ。眼力で俺を呪い殺そうとしているに違いない。俺がそんな妄想をしていると、教室の前の方から、クラスの女子たちの会話が聞こえてきた。
「ねぇ、あの二人ってさ……めっちゃ絵にならない?」
「だよね? 月城さんはもちろんだけど、神崎くんもイケてるよね」
「私、神崎君に連絡先聞いちゃおっかな〜」
クラスメートの囁きが耳に届くたび、俺の胃はキリキリ痛む。
やめろ……! 俺はただのオタクのコミュ障だぞ!?まだ女子に対しての免疫がないんだ……! 心臓破裂するからそういう視線向けないで……。
すると、急に月城さんが前を向いてその女子たちを見ていた。どこか寂しそうな……不安のような表情を浮かべて――。
月城さんどうしたんだろ……。
そこで、チャイムが鳴り、次の授業の準備をしていたのだが、俺はとんでもないことに気づいた。
……教科書忘れた。なんだそんなことかと言われるかもしれないが、俺にとっては大問題だ。
俺の席は教室の窓側で、前から2番目だ。つまり教科書を誰かに見せてもらうには右隣りの月城さんにお願いするしかない。
俺は顔を上げて少しだけ月城さんの方を見る。
彼女は次の授業、英語の教科書を開けて授業が始まるのを待っている。窓からの光を受けて、艶やかな黒髪が輝いて見えた。
って見惚れてる場合じゃない!
どうする。見せてくれとお願いするか? いや、でも……。
緊張して手のひらが汗ばむ。最後に彼女と話したのは告白を断ったときだ。
今さら俺から彼女に話しかけるなんて――気まずくてできない。
でも英語の授業で教科書ないのはさすがにやばい。もし、先生に「神崎君、ここ読んでみて」とか言われたらおしまいだ。クラスメートから白い目で見られるに違いない……。
や、やばい――。
い、いくしかない! 言うんだ俺! 勇気を出せ――。
その時、俺が顔を青ざめさせていることに気づいたのだろう。なんと、月城さんが俺に話しかけくれた。
「神崎君、教科書忘れたの? 一緒に見る?」
目をおもいっきり見開いて、右側の頬だけ引きつっている。やたら声が低い……?
え、笑顔なのかこれは?
「い、いいの?」
「も、もちろん」
二人で机をくっつけて真ん中に教科書を置く。教室中からヒソヒソと声が聞こえる。
「キャー!あの二人、机くっつけたよ!」
「神崎てめぇ! 俺の麗ちゃんに!」
「と、尊い……」
そんな声だったが、俺はそれどころじゃない。すぐ隣に月城さんがいて、緊張する。
あまりにも自分の心臓が激しく鼓動を打つものだから、心配になって彼女の方を横目で見ると、クラス連中の声が聞こえたのだろう。今度は頬が少し赤く染まって恥ずかしそうにモジモジしていた。
俺は「はっ!」として下を向いた。
か、可愛い……。いつも怖い顔で睨んでくるのに……今の彼女は、俺の知っている“冷たい視線の月城さん”じゃない。困ったように目と眉が垂れ、机の上で組んだ両手を見ていた。
二人で肩を寄せるようにして教科書を覗き込む。距離が近すぎて、息をするたびに月城さんの甘いシャンプーの香りが鼻をくすぐった。
心臓が……やばい。俺は今日ここで死ぬかもしれない。
でも――この感覚、どこかで……。
ふと、視界に広がる一冊の教科書が、あの日の記憶を呼び起こす。
――中学の図書室。
俺と月城さんは一冊のラノベを机の上に置いて、肩を並べてページをめくっていた。
『ここのセリフ、めっちゃ泣けるよね!』
『だ、だよね……! わたし、このキャラ大好きで……』
顔を赤らめながら、嬉しそうに語る月城さん。
あのときも今と同じくらい近くにいて、二人だけの世界みたいだった。
――もう二度と、あんな時間は戻らないって思ってたのに。
今こうしてまた、隣で同じページを見ている。その事実が胸にじわりと広がり、自然と頬が熱くなった。
思わず月城さんの横顔を盗み見ると、彼女も小さく唇をかみしめていた。
まるで、あの日の記憶を一緒に思い出しているみたいに。
「……なんか、懐かしいね」
ぽつりと呟いた声が、俺の耳に届く。慌てて視線を逸らし、恥ずかしさを誤魔化すように口を開いた。
「えっ? な、何が?」
「ううん、なんでもないよ」
月城さんは小さく首を振ると、ほんのり微笑んだ。
その笑顔は、あの日、図書室で一緒に笑ってくれた、優しい月城麗だった。
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