22話 隣の美少女に伝えなきゃ
月城さんが俺にお弁当を作ってくれるようになって数日、俺は大きな悩みを抱えていた。
悩みとは、月城さんがやたらと俺の身体を心配してくることだ。
「こんなに痩せてて、大丈夫?」
「もっとたくさん食べなくていいの?」
「辛いことがあったら言ってね?」
と、まるで母親のように接してくる。いや、言葉だけならまだいい……最大の問題は、日を追うごとにお弁当箱がどんどん大きくなっていることだ!
トレーニーの俺にとってカロリー計算はとても大事だ。一日の摂取カロリーは決まっているし、月城さんのお弁当を食べるときは、朝晩の食事で調整していた。
だが……ついに……お弁当だけで、一日の摂取カロリーをオーバーしてしまうようになった。だから俺は朝晩は水のみで生きながらえている。これは身体作りにとって非常にバランスが悪い。
でも……そのことを月城さんには言えなかった。
彼女が作ってくれるお弁当は美味い。しかも、普段から睨んでくる彼女が、弁当を食っているときは、時折、笑顔を見せてくれるようになった。
俺には……無理だ……。あの純粋な笑顔を向けられると……。
「弁当多いから少なくしてくれ」
絶対に言えないいぃぃ! 俺の身体を(なぜか)気遣ってくれる天使に、そんな冷たい言葉は死んでも言えなかった。
困った俺は、モテ会話マスター講義が始まる前に高瀬と駿に相談することにした。
――放課後の屋上。
「なんだ翼、惚気かよ」
駿が冷たい視線を向けてくる。
「完全に惚気だね」
同じく高瀬も冷たい視線を向けてきた。俺は遂に友人たちからも睨まれようになったのか……。
「いや、だってかわいそうじゃないか! お弁当作るのだって大変だろうし、毎日ちゃんと手作りの物で俺の心を踊らせてくれるんだぞ!」
「「惚気じゃねぇか!」」
二人の声がシンクロして、ビクッと身体が震えてしまう。
「お前、身体鍛えすぎて脳みそまで筋肉でできてんのか?」
「ほんとだよ。筋肉馬鹿! 最近、麗と仲良くしてるからって調子乗ってるよ」
クラスの陽キャたちが俺の心をえぐってくるんですが!?
「で? 結局どうしたいんだよ翼は。弁当が多いけど月城さんに悪いから言えないってこと?」
駿の語気が強い。そんなきつく言うなよ。いじめられっ子は怒りの感情を向けられるとビビるんだぞ!?
「あ、あぁ……せっかく作ってくれてるんだし……。『多すぎる』なんて言ったら、嫌な気分にさせるだろ?」
「なるほどね。優しいんだな。翼は。けどな、それ優しさと逃げの境界線だぞ」
「……逃げ?」
「相手を想って黙るってのは一見カッコいいけど、言わなきゃ何も伝わらない。月城さん、お前が全部食ってるから“もっと食わせなきゃ”って思ってるんじゃないか?」
「……っ!」
そうなのか……。俺は毎日、何とか完食して“美味しい”とだけ伝えていた。それが逆に、月城さんを誤解させていたということか。
「人ってさ、“言わなきゃ伝わらない”んだよ。『気づいてくれるだろう』なんて思ってるうちは、分かり合えないんだよ」
駿の言葉が、限界値に挑戦するときのバーベルのように重くのしかかる。
「じゃあ、俺……どう言えばいいんだ。『多い』なんて言ったら失礼だし……」
「言い方の問題だよ」
駿はそう言って、缶コーヒーを軽く掲げる。
「たとえばさ、“今日の弁当、めっちゃ美味しかった! でも量がすごくてびっくりした”って言えば、悪く聞こえないだろ? “否定”じゃなくて“共有”にすればいいんだ」
「共有……」
「そう。お前が感じたことを、相手と一緒に笑える形で渡すんだ。“多いよ”って言葉も、笑いながら言えば、ただの感謝になる」
なるほど……。俺はただ「言葉を選べばいい」なんて簡単な話だと思っていた。
でも駿の言う“共有”は、相手と同じ景色を見て話すことなんだ。
「俺、今まで……黙ってたほうが正しいって思ってた。
でも、何も言わないでいたら――誤解されるんだな」
「そういうこと。人間関係ってのは、“沈黙”が一番ややこしい。相手のことが好きなら、なおさらな」
駿は肩をすくめて、空を見上げた。沈みかけた夕日が、彼の横顔を赤く照らす。
「まあ、そんなに難しく考えるなよ。翼はちゃんと相手を大事に想ってる。それは伝わる。だから、次はもう少しだけ“素直”になってみろ」
「……あぁ。やってみるよ」
俺はゆっくりとうなずいた。
言葉を飲み込む癖は、今すぐには直らないかもしれない。それでも、少しずつなら変われる、今までだってそうだった。
「で、もし月城さんが怒ったらどうする?」
駿からの問いに少し考える。怒ったら……謝る?
「……土下座する」
「アホか。まず謝る前に笑わせろよ」
駿が笑いながら肩を叩いてくる。俺も少しだけ笑ってしまった。
「こんなことまで教えないとダメなんだね。かわいいねぇー翼は」
高瀬がニヤニヤしながら俺を見てくる。
「す、すまない」
自分がくだらないことで悩んでいたのに気付かされ、二人に謝った。
ちゃんと言わないと伝わらないよな……。
「さぁ翼! 会話練習するぞ。俺のことは今から月城さんだと思ってくれ!」
駿が笑顔を向けてくれる。コミュ障で、不器用な俺のために……。でも――。
「悪い……無理だ。気持ち悪い」
「なんで!?」
「あはははは。ウケる」
高瀬が笑うと、駿は身をよじらせて、瞳を少女漫画みたいにキラキラさせてきた。
「か、神崎君。私のこと嫌い?」
「月城さんの声真似やめろ!」
「あはははは。全然似てないー」
駿の気持ち悪い声と高瀬の笑い声が屋上に響き渡って、自然に元気が出る。ありがとう二人とも。
よし、ちゃんと言うぞ。変に誤解されない為に。
※ ※ ※
――翌日の昼休み。
俺と月城さんはいつものように体育倉庫の裏で彼女の手作り弁当を広げていた。
「今日は生姜焼きです! 神崎君、いっぱい食べてね」
月城さんは今日も救急箱みたいな弁当箱を生姜焼きでパンパンにさせていた。
多い。多いよ、月城さん。ちゃんと言わないと……。傷つけないように……。
「月城さん」
「な、なに?」
月城さんは首をコテンと横にしながら俺を見つめてくる。
なんだその仕草! か、かわいい……。
「好きです」
「えっ……!?」
俺の口から言葉が出た途端、彼女の顔が真っ赤になって――すごく睨まれた。
……あれ? なに言ってんだ俺!?
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