17話 隣の王子様は手作りをご所望です
午後の授業は全く集中できなかった。月城さんを助けた後、教室に戻っても駿はずっと腹を抱えて笑っているし、高瀬は「さすがウチの生徒〜」とニヤついてばかりいた。
もちろん助けたことに後悔なんてしてないが、大声で「月城さん可愛いだろうがあああ」と叫んでしまったことが何回も頭の中で再生されて、生きた心地がしなかった。
隣の席を見ると月城さんは顔を真っ赤にして俺のことを睨んでいた。ずっとだ。もうずーっと授業中、俺のことを凝視している。
お礼も言ってくれたし、怒っている訳ではないと思う。だが、あの視線は……。
「あんな大声で可愛いとか叫ばないでよ! バカ」と、なぜかツンデレ幼馴染キャラに扮した月城さんを思わせた。
これがツンデレ幼馴染のセリフならラノベ的には最高のシチュエーションだろう。しかし、月城さんはツンデレでも幼なじみでもない。とても残念だ。
はっ! 俺はなにを考えている……。
とにかく! 昼休みの桐島先輩告白事件が終わってすぐに予鈴が鳴ったので、ほとんど月城さんと話ができていない。
授業が終わったら一度謝っておこう。ちゃんと話せたらだけど……。
※ ※ ※
学校生活の一日を締めくくるホームルームが終わって、月城さんに謝ろうと自分の席から立ち上がる。
すると、隣の月城さんはガタンとイスが音を立てるほど勢いよく立ち上がった。まるで、俺に合わせたように彼女の口が開く。
「あ、あの神崎君……ちょっといいかな?」
「ひゃい!?」
噛んでしまった。カッコ悪いな俺……。
「あの、お昼休みのことなんだけど……」
「あ、あぁ。ご、ごめんね。あの……その……大声出しちゃって……」
「えっ? あぁ、ううん。それはいいの……驚いちゃったけど、嬉しかった」
う、嬉しい? なぜだ? 俺はあんな恥ずかしいことを学校のみんなに聞こえるように叫んだんだぞ? 恥ずかしくて怒るようなことはあっても、嬉しいはおかしくないか?
「あ、あの、それでね。助けてくれたお礼って訳じゃないんだけど……」
月城さんが息を飲んだ。なにか重大なことをこれから言おうとしているのがわかる。目を閉じて、顔が真っ赤で、唇が噛み切れるんじゃないかと思うくらい歯を食いしばっている。
「今日は金曜日だから来週になっちゃうんだけど……」
な、なんだ? 来週なにがあるんだ? 早く言ってくれ!
「お、おおおお昼ご飯、い、一緒に食べませんか?」
その瞬間、俺は頭上から雷に打たれたような衝撃が全身に広がった。
月城さんからお昼に誘われた……。えっ!? いいの? 好きな人がいるんじゃないの? 浮気になるんじゃない?
いや、誰かはわからないが彼氏って言ってないから付き合ってはいないのか!?
パニックになった俺は、前にクラスの女子がお昼に誘ってくれたときに助けてくれた駿の方を向いてみた。
駿は涙を流しながら何回もガッツポーズをしている。おい、絶対聞いてたよな!?
どうしよう? この誘いに乗っていいのか? 行ったら好きな人が現れて「おいお前、俺の麗になにしてくれとんじゃ?」とかないよな!?
今度は教室の後ろの方で、陽キャ達の輪の中心になっている高瀬を見てみる。
先生! 俺はどうしたらいい? まだ、このシチュエーションは学んでいないんだが!?
高瀬は陽キャ達の輪の中で相変わらず笑顔を振りまいていた。
こっちは聞いてねー!
お、落ち着け俺。お、お昼だろ? 学食か購買で一緒に飯を食うだけだ。ただ……それだけのことだ。お礼って言ってるんだ。他意はないはず!
「あ、ああ! たまにはいいね。学食? それとも購買のつもりだった?」
「あの、お弁当を作ろうかと思ってるんだけど……食べてもらえますか?」
本日、二本目の雷が俺に落ちてきた。
お弁当!? それはつまり月城さんの手作り弁当をいただけるということですか!?
「はい。喜んで」
即答してしまった。それはそうだ。ライオンの前に肉を置いたら即座に飛びつく、あれと一緒だ。
「なにか嫌いな物とか、食べられない物ってあるかな? 神崎君、普段から鍛えてるよね? 食べ物も気を使っていそうだけど……」
「だ、大丈夫。その日はチートデイにするから、なんでも食べるよ」
「チートデイ?」
月城さんが小首を傾けて、頭の上にハテナマークを出していた。
「チートデイっていうのは……筋トレしてる人が、週に一回だけ好きな物を食べてもいい日なんだ。体に“栄養が足りてる”って錯覚させて、代謝を維持するための……まぁ、ご褒美みたいな日だよ」
「で、でも好きな物を食べれる日なんだよね? 私のお弁当なんかでいいのかな?」
「全然! 問題ないよ。なんかごめんね。逆に気を使わせてしまって」
「ううん。わ、私、頑張るね! じゃあ、月曜日に持ってくるから!」
そう言って彼女はそそくさと帰ってしまった。その後ろ姿はなぜか石でも背負っているかのように重そうに見えた。
まさか月城さんがお昼に誘ってくれるとは……楽しみだな……身体絞っておこう……。
* * *
私――月城麗はとても困っていた。高校に入ってからこれで何度目だろう。下駄箱に手紙が入っていた。いわゆる、ラブレターというやつだ。
差出人も書かれていないし、正直に言って怖い。でも、この手紙を置いた人の気持ちを考えたら無視することもできなかった。はっきり言ってやろう! 私には好きな人がいるのだと――。
はっきりと言ったら手紙の差出人――桐島先輩は怒ってきた。目が血走っていて、息を荒げて近づいてきた。怖い、でも私は神崎君のことが好き。それだけはあの日から変わらない。
うぅ。もう嫌だ――そう思った瞬間、私の王子様が現れた。
「止まれ」
王子様はそう言って私の盾になるように、桐島先輩に立ち塞がってくれた。
神崎君が助けに来てくれた。彼の後ろ姿は大きくて、頼りになって、涙が出そうになるくらいカッコよかった。離れたくなくて、つい彼のブレザーを引っ張ってしまった。
そして、校舎の窓がビリビリと音を立てるくらい大きな声で叫んだ。
「お前! 目ぇ腐ってんのか! 月城さんは! あんなに可愛いだろうがああああ!」
多分、私はこれ以上ないくらい神崎君への感情を爆発させていたと思う。それは恥ずかしいからじゃない。あまりにも可愛いと言ってもらったことが嬉しくて、まともに彼の顔も見れなくなって、脳がフリーズしたように何も考えられなくなった。
それから教室に戻るまでの記憶は曖昧だ。愛に声をかけてもらったような……。神崎君にお礼は言えたのか……。わからなかった。
まずい。私、神崎君にちゃんとお礼しないと……。授業中に彼のことばかり見てしまう。
そうだ! お昼をご馳走しよう。彼はいつも学食か購買でお昼を済ませていた。いくら安いとはいえ、毎日のことだとお金もかかる。ここは、私の奢りで昼食に誘おう!
神崎君と一緒にいられるし、私も幸せ。うん。これだ。うまく誘える気はしないけど……。
ホームルームが終わった後、神崎君が席を立つタイミングを見計らっていた。彼が席を立った瞬間、私は獲物を捕らえようとする肉食獣のように彼に近づいた。
「お、おおおお昼ご飯、い、一緒に食べませんか?」
い、言えた。よかった……。でも神崎君がなにかすごく悩んでいるように見えた。
「学食? それとも購買のつもりだった?」
彼のクールで寂しげな瞳が……いや、あれはもう異世界恋愛物のラノベに出てきそうなクーデレイケメン王子様の瞳が……「もちろん、お前の手作りだよな?」と言っているように見えた。
私は流されるままお弁当を作ると言ってしまった……。どうしよう……。私の料理の実力で彼を満足させることが出来るのだろうか……。
今さら取り消すことはできない。やるしかない!頑張れ、私!
とりあえず、土日もある。まだ時間はある。落ち着け。帰ったら相談しよう……お母さんに!
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