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10話 隣の金髪ギャルは面倒見がいい

――放課後。


 俺は校庭の片隅にあるベンチで灰になっていた。風が吹けば飛んでいきそう……いや、飛んでいきたい気分だ。

 

 目の前では野球部の集団が爽やかな汗を流して練習してる。その懸命な姿を見ていると、こんなところで灰になっている自分がさらに虚しく感じた。


「はぁぁぁぁぁ……もう終わった……」


 月城さんは朝の抱きつき事件以降、目も合わせてくれなかった。


 なんでこんなに上手くいかないのかな。せっかく連絡先も交換して、いい感じにLINEもやりとりできて頑張ろうと思ってたのに……。


「……ほんっとに、目も当てられなかったわ」


「うわっ!? 高瀬!?」


 顔を上げると、高瀬が呆れ顔で立っていた。両手を腰に当て、俺を見下ろしている。


「あれはダメすぎ。会話、続かないどころか最終的に抱きついてどうすんの?」


「わ、わざとじゃないって! あれは事故で……!」


「翼ってさー、本当に女子慣れしてないよね。見た目はカッコいいのになんで?」


その質問はデジャブだ。駿にも同じことを言われたような……。


「いや、見た目は関係ないだろ。今まであんまり女の子と話すことがなかったんだよ」


「あはは。ウケる。残念イケメンじゃん」


「そうさ。俺はコミュ障でダメな奴なんだ。月城さんにも恥ずかしい思いさせちゃったし……」


「あぁーごめん。言い過ぎた。元気だしなよ」


 そう言って高瀬が俺の隣りに腰掛けてくる。


 不思議だ。最初は怖いと思っていたギャルなのに、今は割と普通に話せている。こうやって簡単に打ち解けて、気を使わない。それが、高瀬愛という存在なのだろう。


「……でも俺、どうしたらいいんだろうな」


 俺は膝に視線を落とした。とても上を向ける気力がなかった。


「月城さんと普通に話したいだけなのに……全然できないんだ」


 高瀬は俺の横顔をじっと見て、ポニーテールをくるりと指でいじった。


「……あのさ、翼ってさ」


「え?」


「麗のこと、好きなんでしょ?」


「っ……!? な、なんで急に……」


「隠しても無駄だよ〜。ウチには全部丸見えだよ〜。というか誰が見ても分かるけど」


 俺は返す言葉がなく、沈黙してしまう。


「ならさ――練習しよっか。翼の“女子トーク”」


「……え?」


 突然の言葉に、俺は思わず間抜けな声が漏れる。


「特訓だよ、特訓!」

 

 高瀬がその大きくて目立つ胸をドンと張る。

 

「名付けて――“モテ会話マスターへの道”!」


「名前ダサくない!? てか俺そんな大それたもの目指してないから!」


「まずは目指さなきゃ始まんないでしょ?」

 

 高瀬は悪戯っぽく笑いながら、俺の肩をポンと叩いた。


「安心して! ウチが翼を“普通に話せる男子”くらいには仕上げてあげる!」


「……なんかハードルめっちゃ低くないか? というか、なんでそんな励ましてくれるんだ?」


 俺が質問すると、高瀬は一瞬だけ笑うのをやめて、柵の向こうを見つめた。いつもの明るさが、少しだけ影を落とす。


「中学のときね、クラスに一人、翼みたいに喋るの苦手な子がいたの。でも誰も話しかけなくて……ウチも怖くて、見てるだけだったんだけどね。気づいたら転校しててさ。あのときの自分、ほんっとダサかった」


 風が少しだけ吹いて、金色の髪が揺れる。その横顔がいつもより大人びて見えた。


「だから、今度は困ってる翼がほっとけないの! ウチ、後悔は二度もしたくないから」


 こいつ――。ギャルのくせに、めっちゃ良いやつじゃないか! 俺はギャルに対して偏見を持ち過ぎていたようだ……。人を見た目で判断してはいけない。


 教えてもらおう。そのモンスターみたいなコミュ力を!


 こうして俺は――高瀬先生による、コミュ力強化特訓を受けることになったのだった。


 ――翌日。


 俺は高瀬から校舎の屋上に呼び出しを受けた。

屋上へ続く長い階段を上がって、重い扉を開けるとそこには高瀬がいる。

 

「翼、おっそ〜い!」


「ご、ごめん。駿にバスケ部の見学に誘われてさ……」


 屋上の柵にもたれ、腕を組んで待っていた高瀬。

どこから持ってきたのか、黒縁の眼鏡をかけていて、

そのレンズが陽の光を跳ね返して、いつもの彼女とは違う雰囲気をまとっていた。


「なんだその眼鏡?」


「これ? ダテだよーん。今日はウチが先生だから雰囲気だそうと思って持ってきた」


 高瀬は眼鏡の内側から指を突き出しておどけてくる。

金髪、眼鏡、あとは白衣かあれば完璧だぞ高瀬!


 いやいや、俺はなにを想像しているんだ。男子高校生として健全な思考を屋上からぶん投げる。


「さーて、記念すべき第一回“モテ会話マスターへの道”講義、始めまーす!」


「……ほんとにやるんだな、これ」


「いい? まず翼に知ってほしいことがあるの」


「な、なんだ……?」


「モテ男の最大の特徴は――自分に自信を持っていること!」


「じ、自信……?」


「そう! 女の子はね、頼りなさそうな男子には本音を話さないんだよ。だって“この人と一緒にいても大丈夫かな?”って、不安になっちゃうでしょ?」


 月城さんの前で、いつも挙動不審になっている自分を思い出す。


「逆に、自信がある男子って頼もしいの。ちょっとくらい失敗しても『ま、いっか!』って堂々としてる男子の方が話してて楽しいんだよ」


「……俺、自信なんて全然ないし……」


「だから練習するんじゃん!」


 高瀬が指で俺の額をコツンとつつく。


「翼ってさ、見た目はイケメンなんだから、しゃべり方だけでも堂々としてればいいんだよ」


「えっ、そ、そうかな……?」


「ほら、その“そうかな……?”みたいな弱気な発言がダメ!」


 高瀬がピシッと指差す。


「じゃあ今から、『自分は頼れる男だ!』って脳内で念じながら話してみて!」


 ……頼れる、男……だ?


 その言葉に、俺の頭には自然と今まで読んできたラノベの主人公たちが浮かんだ。


 バトルも恋愛も思い通りにこなし、どんなピンチにも動じない、完璧なイケメンヒーロー達。俺はずっと、ああいう存在に憧れていた。


 でも、現実の俺は――。


 理想像を真似て「クールで余裕のある男」を演じようとして、結局は空回りしてばかりである。


 月城さんと話すときも、気づけば視線を逸らしてしまう。頼れる男どころか、ただの情けないチキンじゃないか。


 ……それでも。


 今ここで逃げ続けたら、もう変われない気がする。覚悟を決めよう。

 

「まずは簡単な挨拶からね。ウチに『おはよう』って言ってみ?」


「えっ、そ、それだけ……?」


「そ・れ・だ・け! でも本気でやるんだよ!」


翼は一度深呼吸して、胸を張り――。


「お、おはよう!」


「……声は悪くない。でも目が泳いでるー!」


「ぐっ……!」


「女子と話すときは目線を合わせるのが基本!


 目が合うと『ちゃんと私を見てくれてる』って安心するんだから」


「じゃ次は――聞き上手になること!」


「聞き上手……?」


「そう! 女子とのトークは基本的に『聞く:話す=7:3』くらいが黄金比なの!」


「7:3……」


「聞き上手ってね、ただ黙ってるんじゃなくて、ちゃんと相槌と相手が興味を持つ質問を混ぜるんだよ」


「相槌と……質問?」


「そうそう! たとえばウチが『昨日カフェ行ったんだ〜』って言ったら?」


「えっと……『へぇ〜そうなんだ』……?」


「ぶっぶー!」


 高瀬が頬をぷくっと膨らませて、両腕で大きくバツ印を作る。


「正解は――『へぇ、何食べたの?』みたいに質問で返す! 会話が広がるし、『この人、私の話に興味あるんだな』って思ってもらえるの!」


「この前、翼が麗にスマホケースの質問したの覚えてる? ウサ実さんだっけ?」


「あっ――!」


 その瞬間、月城さんが目をキラキラ輝かせてウサ実さんへの愛を語っていた姿が脳裏に浮かんだ。


「めちゃくちゃ……話してくれた!」


「でしょ? 女の子ってね、自分の好きなことを聞いてくれる人には、ついつい話したくなる生き物なんだよ」


「……なるほど……」


「じゃ、今からウチと会話シミュレーションね!」


「えっ!? い、今から!?」


「もちろん! 暗くなるまでやるよ〜!」


 その後――。


 ひたすら高瀬の話に相槌を打ち、質問を投げ続ける特訓が続いた。


 気づけば屋上は夕暮れに染まり、俺の喉はカラッカラになっていた。


「よーし、今日はここまで!」


 高瀬は満足げに手を叩いた。


「明日は実践ね。クラスの女の子と話してみよう!」


「じ、実践……だと……!?」


 月城さんじゃないとはいえ、女子と会話するなんて俺にとってはラスボス戦と同じだ。


 練習では何とか形になったけど、本番となれば頭が真っ白になる未来しか見えない。


「お、おい……明日、俺……死ぬかもしれない……」


 夕暮れの屋上に、俺の震える声だけが虚しく響いた。

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