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9話 隣の美少女に抱きついた

 教室に入ると、月城さんがすでに席に座っていて、隣には高瀬が楽しそうに話しかけていた。


 ……うん、やっぱり二人が並んでいると雰囲気がすごい。


 あそこだけ陽だまりみたいに明るくて、近づくと自分の影が濃くなる気がして、割り込んでいいのかと一瞬ためらってしまう。


 けど――、行こう。昨夜のメッセージを思い出せ。少しずつでいい。


 まずは挨拶だ。挨拶はコミュニケーションの基本! 筋肉の神よ、俺に力を――! 


「お、おはよう」


 勇気を振り絞り、声をかけた瞬間――月城さんがビクリと肩を震わせた。


「……っ!」


 振り返った顔は、なぜか真っ赤。けれど、その瞳はやっぱり俺を睨んでいるように見えてしまう。


 気まずい沈黙が漂う中、高瀬はというと……ニヤリと笑って月城さんを見ていた。おい、完全に楽しんでるだろそれ。


「……おはよう」


 ひきつったような表情ながらも、月城さんは返してくれた。


 冷たい水面に石を落としたみたいに、胸のざわめきが広がっていく……。よかった……。無視されなかった。


「おはよー翼!」


 続いて高瀬も、元気いっぱいに挨拶してくる。


 しかし……さりげなく名前で呼ばれた……! 心臓に悪い! 高瀬の挨拶を聞いた月城さんはなぜか驚愕の表情を浮かべている。


 すると高瀬は、金髪のポニーテールを揺らしながら近づいてきた。えっ、なに!? ギャル怖いんだけど……!


「麗にちゃんと挨拶してえらいじゃーん」


「はっ!? い、いや普通だろ!?」


「いやいや〜、今まで全然話しかけてなかったよね? 成長してるねぇ〜」


 そう言いながら、彼女はスッと顔を近づけ、耳元に囁いた。


 ちょ、近い近い! 視線が自然と……胸元に……いや、見てない! 俺は見てないぞ! あれはただの大胸筋の上についた脂肪の塊だ! 脂肪は敵だ!


「ねぇ翼。頑張ってね。応援してるから」


「え、えぇ!? 応援って、な、なにかな!?」


「そこまで言わせないでよ〜。ほら! 麗と話したいんでしょ? いっておいで!」


 まさかの援護射撃に、俺は動揺しまくりながら月城さんと目を合わせた。


 ……えっと、話題……なんも考えてない! 自然な会話……自然な……。


「えっと、その……今日はいい天気だね!」


「……うん」


 短っ!?


 俺の心臓が変なリズムを刻み始める。沈黙が……重い。重すぎる……。


「え、えっとさ……」


「……」


 あああああぁぁぁぁぁ! 会話が続かねぇぇぇぇ!!

 額に嫌な汗がじわっとにじむ。


「……はぁ〜」


 高瀬が俺と月城さんを交互に見て、大きくため息をついた。


「な、なんでため息!? 俺そんなにダメか!?」


「……いや、想像以上に不器用だなって」


「ぐはっ!」


 俺の心にクリティカルヒット。たしかに自分がポンコツすぎて泣けてくる。


 しかし、ここで高瀬が俺のために更なる助け舟を出してくれた。


「麗〜。翼きゅんが麗とお話ししたいんだって。かまってあげなよ」


 ウインクしながら、親指をぐっと立ててくる高瀬。月城さんに会話の主導権を渡したのだ……怖いとか言ってごめん高瀬! お前は俺の救世主だ!


 だが、月城さんは――目を大きく見開き、俺を睨みつける。口をパクパクさせ、必死に何か言おうとしている。


「……ですね」


「えっ?」


 声が小さすぎて聞き取れない。

 俺は慌てて問い返した。


「えっ!? 月城さん、今なんて……?」


 ビクッと肩を震わせる月城さん。


 頬を真っ赤にし、視線を泳がせながら――。


「そ、その……青空が……綺麗ですね……」


「……あ、ああ……うん、そうだね……」


 今!? いや、もうその話題、さっき終わったから!


 俺は引きつった笑顔を浮かべながら彼女からの次の言葉を待つ。


 沈黙が長い。月城さんは下を向き、スカートの裾をぎゅっと握りしめている。


 やばい、また会話が止まった。


 どうすればいい!? 次、何を話せば――。脳内で必死にラノベ知識を引っ張り出そうとするが、そんな急にこの状況を打破するようなセリフは出てこない。


「きょ、今日は……いい天気ですねっ!」


 突然、月城さんが勢いよく顔を上げて叫んだ。


「えっ……!? 同じこと言った!?」


 俺の叫びが教室に響く。

 

 自分の言ったことが俺と丸かぶりだったことにようやく気付いた月城さんは、顔を真っ赤にしてプルプル震え、涙目になっていた。


「ぷはっ!」


 堪えきれなかった高瀬が、ついに吹き出した。肩を震わせながら、涙を浮かべて笑い転げている。


「二人して同じセリフとか……ほんっと、お似合いすぎでしょ!」


 俺と月城さんは二人して、反射的に反応してしまう。


「「ち、違う! そういうんじゃ……!」」


 またしてもセリフが被る俺たちは、もう高瀬に反論する気力なんか湧いてこない。


 俺と月城さんは耐えられなくなり、同時に机に突っ伏した。耳の奥では、俺たちを冷やかす高瀬の笑い声がこだまする。


 ……もうこの場から離れたい。俺なんかと一緒に冷やかされる月城さんを見ているのが申し訳なくて、気まずかった。


「ち、違うの……っ!」


 月城さんは顔を両手で覆いながら、勢いよく立ち上がった。

 

 「もう……無理っ!」

 

 涙声でそう叫び、逃げるように出口へ――その瞬間、机の角につま先を引っかけて――。


「月城さんっ!」


 考えるより先に体が動いた。俺は彼女を支えようとして――。


「きゃっ……!」


 ……気づけば、抱きしめてしまっていた。


 柔らかい感触。ふわっと香るシャンプーの匂い。……やばい。これは色々やばい!


「あ、あのっ! ご、ごめん!」


 俺は彼女をまっすぐ立たせると、サッと距離をとる。

 

 月城さんは真っ赤になり、言葉もなく俺を睨みつけていた。


「……っ……」


「あの……月城さん?」


 教室がざわついた。

 

 背後から「尊い……」「神崎爆発しろ!」などと野次が飛んでくるが、そんなことはどうでもいい。


 月城さんはたまらず、教室を飛び出していってしまった――。


「ま、待って!」


 ピシャリと閉まる教室の扉が、ついてこないでと言っているようで、俺は彼女を追いかけることができなかった。



「あーあ、行っちゃった」


 笑い転げていた高瀬も、どこか気まずそうに頬をかいている。


 両腕に残った月城さんの柔らかな感触が、俺の心にどうしようもない動揺を広げていった。

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