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テスト直前!姫、勉学に翻弄されておりますの!

 朝のホームルーム。

 窓の外では春の風が揺れていたが、教室内は一気に氷河期に突入した。


「来週から期末テストなー。範囲と日程はこのプリント見とけよー」


 担任のぼそっとした一言が放たれた瞬間――


「………………て、テスト、ですの?」


 江戸川りりあ――リリアーナ=フォン=エーデルワイスは、青ざめた。


 テスト。期末。補習。

 それは異世界で聞いたことのない単語の羅列だった。


「先生、これ……これ本気のやつですの?」


「本気もなにも、毎年あるからな」


「いやいやいやいやいや!!ちょ、ちょっと待ってくださいます!?筆記試験ですの!?数字を書かされる系の!?庶民、正気ですの!?」


「姫パニックすぎ!!」


 れいが笑い、マナが「やべ~赤点いきそう」と頭を抱えた。


「赤点……? それは、戦場での重症に等しい響き……!」


「いや単位落ちるだけだよ。補習補習」


「補習!?庶民は戦場の傷を癒すのに、追い打ちの“再試験”まであると申しますの!?それはもはや拷問!!処刑!!刑罰ですの!!」


「うるさいうるさい」


 そんなリリアーナに、ほのかがにこっと笑いかけた。


「ね、りりあちゃんも一緒に勉強しよ?うち、いつもマナたちとファミレスでやってんの。来なよ」


「ファ、ファミレス!?あの、食べ物と知識を同時に摂取する禁断の施設ですのね……!!」


「いや、勉強するか食べるかは自分で決めて」


「いいじゃん、どうせ赤点ギリだし姫も混ぜよーぜ!」


 マナが肘でつつき、れいがノートをバンと掲げた。


「勉強ってさ、ぶっちゃけ“教え合い”が一番効率いいんだよね」


「……教え、合い?」


 その言葉に、リリアーナの中で何かがカチリと音を立てた。


(なるほど……“共闘”ですのね)

(庶民たちは、試験という戦場において、各々の得意分野を持ち寄り、知識を共有し、高め合う)


「これはすなわち、学術的合従連衡……庶民流“知の連携戦術”ですの!!」


「はいはい、難しいこと言ってないで来なよ。明日放課後、駅前のファミレス集合ね」


「フ、ファミレス……それはわたくしにとって、まさに未知との遭遇……!」


「なにそれ、映画のタイトル?」


 リリアーナは立ち上がり、窓の外を見つめた。

 桜の花びらが舞い散る中、彼女の目は静かに燃えていた。


「よろしいですの。わたくし、リリアーナは、この“テスト”という庶民の闘いを……正面から受けて立ちますの!」


 れいとマナが拍手して、ほのかが微笑んだ。


 その様子を見ていた朝倉蓮が、ぽつりと呟く。


「……まあ、最初の点数見て泣くパターンだな、これ」



 ***



 翌日、放課後。

 リリアーナは、駅前のファミリーレストランの前でまたもや固まっていた。


「ここが……あの“ファミレス”……」


 庶民たちが食事をし、会話を楽しみ、さらには“学ぶ”という禁忌の空間。

 それはりりあにとって、異世界の宮廷とはまた違った威圧感に満ちていた。


「……姫、入んないの?」


 マナがドリンクバー片手に現れた。


「ここのコーラ、ガチで炭酸効いてるから!」


「た、炭酸!?爆発物ですの!?!?」


「はいはいはいはい、とりあえず入るよ~」


 れいに背中を押され、ついに店内へ突入。

 ボックス席に座ると、ほのかが既にノートとペンを広げていた。


「じゃあ今日は、まず英語と数学からねー」


「英語と……数、学……ですのね……?」


 テーブルの上には、蛍光ペン、ノート、プリントの山。

 姫、目を丸くする。


「こ、これは……まるで王国の作戦会議のような書類量……!」


「つーか姫、ノート持ってきた?」


「わたくしは、この羊皮紙を持参しておりますの。魔法陣を描くには最適の――」


「いや違う、それ魔導書のノリだろ!?」


 れいが爆笑しながら、自分のノートを一冊差し出した。


「貸したげるよ。まずは“まとめる”とこからだな~」


「まとめる……とは?」


「テストに出そうなとこだけピックアップして、整理して覚えるの。これがギャル式試験対策!」


「な、なんと合理的……! つまり“学問のドレスコード”ですのね!?」


「まあドレスって言われたのは初めてだけど」


 ギャルたちのアドバイスを受けつつ、りりあもノートに挑戦。


「えーっと……“be動詞”……“is・am・are”……これは……それぞれ誰の従者かを判別しなければ……!」


「主語で決まるだけだよ!?」


「では、“I”が“am”の従者……!“He”が“is”の部下……!なるほどですの……!!」


 ノートの行間に、貴族風に“従者表”を書き込み始める姫。


「新しい覚え方きた」

「それ案外ありかも」

「りりあちゃんって、頭いいんじゃない?」


「えっ……?」


 ぴたりと手が止まる。

 “頭がいい”なんて――異世界でも、言われたことがなかった。

 勉強は家庭教師任せ。結果は“評価”でしかなかった。


(でも今は……)


 皆が笑ってる。教えてくれる。隣で一緒に考えてくれる。


 (これが、“誰かと一緒に学ぶ”ということ……)


「……なんだか、楽しいですの」


 ふと、口をついて出た言葉に、自分で驚く。


「りりあちゃん、それが“勉強会”の醍醐味だよ!」


 ほのかが笑う。

 そこへ――遅れて、ひとりの影がファミレスに入ってきた。


「あ、ごめん。遅れた」


 朝倉 蓮だった。


「お、おおおお、おおおおおおお」


 姫、完全にフリーズ。


「……姫、再起動して……」



 ***



「それ、式の順番が違う」


 蓮の指が、リリアーナのノートにすっと伸びる。


「ここ、+じゃなくて×ね。先に計算するの」


「は、ははははいっ!ありがとうございますの!!」


 その距離、約30センチ。


 真横。至近距離。

 テーブルを挟まず、隣に座る蓮の存在感は――

 姫の脳内リソースを、100%奪っていた。


(ちょっ、ちょっとまって……ち、近い……ッ!)

(香りが……距離が……声が……し、視線がぁぁぁ……!!)


「……江戸川?」


「ひゃいっ!?ななな、なんでしょう!!?」


「いや、問題。これ、途中から止まってるけど」


 ノートには、途中で止まった連立方程式。

 手が、止まっていたのだ。


「す、すみませんの……」


「集中できない? 疲れた?」


「ち、ちがいますのっ!!」


(できないのではなく、“集中してはいけない”状況なのですの!!)


 蓮はため息まじりに笑って、席を立った。


「ちょっとだけ待ってて」


「えっ……?」


 彼はドリンクバーでアイスココアをコップに入れ、戻ってきた。


「はい、糖分補給。頭回らないときはこれ」


「……っ」


 ふいに、リリアーナの胸が詰まった。


 気遣い。自然体。

 “教えてあげる側”なのに、まるで圧がない。


「……あなたって、ずるいですの」


「へ?」


「そんなに優しくされたら……こっちは……」


 こっちは――

 こっちは、“恋してしまいますの”――


 その言葉を、飲み込んだ。


 代わりにココアをひとくち。甘い。温かい。


「ありがとう、ですの」

「ん。がんばれ」


 そう言って微笑んだ蓮の横顔を、りりあは見つめることしかできなかった。


 好きが、“こぼれそう”。



 ***



 その日は、朝から胃がキリキリしていた。


「ぅぅ……お腹が……いえこれは胃の痛み……庶民における“テスト胃”というやつですのね……」


 リリアーナは、席に着くなり机に突っ伏した。

 周囲の生徒たちも、ざわざわと騒がしい。


「やべ~昨日の数学、絶対無理」

「社会ぜんぜん覚えてないって~」

「早く返せよ~~怖いんだけど~~」


 そして、始まった。

 運命の返却タイム。


 英語のテスト用紙が配られた。


「江戸川りりあ、72点」


「…………」


(わ、わたくしが、筆記試験で……70点台……!?)


 小刻みに震える手で答案を受け取る。


 ピンクのペンで引かれた丸印。

 赤い「Good!」の文字。


(努力は、報われる……!)


 心に光が差した。

 続いて数学。


「江戸川りりあ、59点」


「…………」


(ギ、ギリギリ合格圏……!)


 途中の問題、「連立方程式で“従者の座”を奪い合う謎解釈」が裏目に出た結果だが、それでも――


「わたくし、生き残りましたの……!」


 まわりのギャルたちが、「やるじゃん姫!」と笑いながら背中を叩く。


「うちより高いやん」

「姫、マジで赤点回避とか強すぎ」

「頑張った証拠だねっ」


 (ああ……この空気……努力した者たちが、互いを称え合う戦場の友情……)


 ふと、視線を感じて顔を上げると、蓮と目が合った。

 彼は口元だけで、ふっと笑った。


「――がんばったじゃん」


 その一言に、視界がぶわっと滲んだ。


(ずるい……そんな風に褒められたら……)


 胸の奥にしまっていた感情が、もう溢れそうだった。


(……わたくし、本当に……)


「……あなたのことが、好き、ですの」


 その声は、小さすぎて、誰にも聞こえなかった。

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