駅前クレープ戦線異状あり!? 姫、甘味に敗北しておりますの!
日曜の昼下がり。
駅前の人通りは、にぎやかで明るくて、少しだけ騒がしかった。
江戸川りりあ――元・リリアーナ=フォン=エーデルワイスは、集合場所の時計台前で硬直していた。
「……ま、まだ誰も来ておりませんのね……ふ、ふふ……そうですわよね……」
“待ち合わせ”という文化自体が初体験の姫。
しかも今日は、クラスメイトと、庶民街へ――
(デ……デ……デ……デートですの……!?)
心拍は限界を突破し、体温が手足にまで届いていない。
着ているのは、制服ベースにコートとリボンを加えた“姫アレンジ私服”。
髪はゆるく巻いて、うっすらチークも入れてきた。
「ギャルの指南通り、控えめかつ攻めたファッションですの……!」
「……いや、めっちゃ気合入ってるじゃん!?!?」
現れたのは、ギャルコンビのマナとれい。
二人ともフル私服モードで、リリアーナを見た瞬間に「やべえ」の顔。
「姫、それ制服“っぽい”けど、もうそれ私服じゃん! どうしたのそのリボン!」
「ほのかに相談して! って言ったじゃん!」
「わ、わたくしなりの精一杯の“庶民風戦闘服”ですの!」
爆笑するギャルふたり。
と、その時――
「……よ」
低い声がして、リリアーナの思考が停止した。
そこにいたのは、朝倉 蓮だった。
黒いジャケットに、パーカー、ジーンズ。髪はいつもより少しだけ無造作。
ラフなのに、なんだか似合っていて――まるで雑誌の中の人みたいだった。
「江戸川、なんか……今日、雰囲気違うな」
「……ッッ!!?」
言われた瞬間、リリアーナ、爆発。
顔が真っ赤になり、変な音が出る。
「き、きょ、今日の気温はわたくしの顔面には厳しすぎますの……!」
「え、なに?」
「さ、ささ、さむいですの! 寒さとあなたの存在が重なって、体内温度が上昇しすぎて、いま地球が崩壊寸前ですの!!」
「なに言ってんのこの人?」
ギャルたちが爆笑する中、蓮は「あー、うん……ま、いっか」と苦笑いした。
そのまま、ぞろぞろとクレープ屋へ移動を開始。
人気のクレープ店の前。
注文列が長く、自然とグループがバラける。
結果――
リリアーナと蓮、ふたりきりで並ぶことになった。
(し、自然なふたりきり時間……!)
(これは、“庶民の恋愛イベント進行中”ですの……!)
リリアーナの手が震え始める。
頭の中では《恋バナ攻略ノート》が高速再生中。
(距離感OK、会話の糸口は――“食べ物の好みを聞く”!)
「……あ、あの……れ、蓮くんは、ど、どんなクレープが、お好きで……?」
「ん? 俺は、チョコバナナとか、わりと定番のが好きかな」
「そ、そうですの! 定番こそが、勝利の秘訣……!」
「勝ち負けあんの?クレープに?」
順番が来た。
蓮が「じゃあ俺、チョコバナナで」と注文し、財布を取り出す。
次はリリアーナ。
「わ、わたくしも、チョコバナナを……!」
「お、かぶったな。奇遇だな」
「…………運命ですの」
「え?」
「っっっ!?!? い、いえ!! き、奇遇でございますわ!! 偶然でしかありませんの!! オーノー偶然ですの!!!!」
崩れ落ちそうになる姫を、店員が不審そうに見ていた。
蓮は受け取ったクレープを持って、ぽつりと呟いた。
「……江戸川、今日も絶好調だな」
もちろん、これは最大級の褒め言葉である。
***
駅前の広場。
木製のベンチが並ぶその一角に、五人はクレープ片手に腰を下ろしていた。
「うんまッ!!なにこれ!生地神すぎん!?」
「イチゴと生クリームってこんな正義だったっけ……?」
マナとれいのテンションは高く、笑い声が響く。
ほのかはスマホで写真を撮りながら、「いいね〜♡」とにっこり。
一方で。
「…………」
リリアーナは、手にしたクレープをじっと見つめていた。
大ぶりなチョコバナナクレープ。片手で持つのも大変そうなサイズだ。
(こ、これを、どうやって、上品に……!?)
普段フォークとナイフで食事してきた令嬢にとって、“巻かれたクレープ”は未知の兵器。
「な、なるほど……片手で持ち、反対の手で、支えて……この角度で……」
口を小さく開けて、そっとかじる。
「……甘……っ!」
チョコとバナナ、ホイップが一気に広がる。
その甘さは、脳内を一瞬で浸食する。
「こ、これは……! 庶民の魔術……ですわね……!」
「いや、ただのクレープだからね?」
れいが笑う。
その隣では、蓮が黙々と食べていた。
ふと、彼が顔を上げ、リリアーナの方を見た。
「……江戸川、クリームついてる」
「……えっ?」
「ほら、口元。こっち」
そう言って、蓮は紙ナプキンを一枚取り出し、スッと差し出す。
「ど、どどど、どうもありがとうございますの!!」
リリアーナは顔を真っ赤にして受け取り、慌てて拭う。
(な、ななな、なにその“さりげない気遣い”!!)
(そういうのは、もっとこう、乙女ゲームのスチルイベントでやるやつですの!!)
れいとマナは、すかさずニヤリ。
「……ねぇ、もしかしていい感じ?」
「ななな、何もないですわよ!!!」
リリアーナの声がひっくり返る。
あまりにも取り乱すリリアーナを見て、ギャルたちは腹を抱えて笑った。
その空気を切り裂くように、ほのかがふいに言った。
「ねぇ、みんなさ――好きな人とか、いんの?」
「はっ!?!?!?」
明るい空の下、時が止まる。
れいが「唐突すぎんだろ」とツッコミ、マナが「そういうのはプリとかで言うもんじゃない?」と笑う。
でも、リリアーナの頭の中では“警報”が鳴っていた。
(い、今ここで、“好き”とかいう話題に乗ってしまったら……)
(わたくしの恋心が、“庶民爆撃”として露見してしまいますの!!)
慌てて話題をそらそうとした瞬間。
「言いたくなければ、無理に言わなくてもいいと思うけどな」
蓮が、ぼそっと言った。
その目は、まっすぐリリアーナを見ていた。
「……あっ……」
優しさに、胸の奥がきゅうと締めつけられた。
(な、なんですのそのフォロー!? や、優しすぎますの……!)
騒がしい会話。笑い声。
その真ん中で、リリアーナの心だけが、そっと揺れていた。
“楽しい”のに、“苦しい”。
“幸せ”なのに、“切ない”。
この気持ちは、なんなのだろう。
リリアーナは、小さく呟いた。
「……わたくし、ほんとうに、あなたのことが……」
でもその声は、クレープの甘さとみんなの笑いに、かき消されていた。
***
夕方、空はオレンジに染まっていた。
クレープを食べ終わり、それぞれが「またねー!」と手を振り合う中――
「あれ、江戸川、電車?」
ふと蓮が、リリアーナに声をかけた。
「えっ……あっ、そ、そうですの。駅方面へ――」
「俺もそっち。行こ」
(!?!?!?!?!?)
不意打ちの“ふたり帰り”フラグに、姫の脳内はもう赤い花が満開。
ほのかとギャルたちがニヤニヤしながら手を振っているのが視界の端に見える。
(やめてくださいその視線~~~ッ!!)
こうして、リリアーナと朝倉蓮のふたりきりの帰り道が始まった。
数分の沈黙。
駅へ向かう道。並んで歩くけれど、なんだか緊張して距離が遠い。
(な、なにか話題を!話題をですの!!)
「……あの、クレープ、どうでしたか?」
「ん? うまかったよ。チョコバナナ、定番だけど正解だったな」
「わ、わたくしも、まったく同意見ですの!!」
「……にしても、江戸川ってさ」
「は、はいっ!!?」
「今日、なんかすげー……頑張ってたよな」
「…………」
(そ、それは、見透かされていたということ……!?)
「なんか、話しかけようとして、やめたり。頑張って合わせようとしてたっていうか」
「…………」
「でも、無理して疲れない?そういうの」
優しい声だった。
「俺は、江戸川の変なところも、結構好きだけどな。……なんか、ほっとけないっていうか」
(!?!?!?!?!?!?!?!?!?)
心臓が爆発する音が聞こえた気がした。
「~~~~~~っっ!!!」
「え、なんで顔真っ赤!?え?何か俺変なこと――」
「ご、ごご、ごめんなさいですのっ!!」
姫、突然の加速。
逃げるように、駅の階段を駆け上がった。
「お、お先に失礼しますの~~~~~~っっ!!!」
「えっ、いや、あの、江戸川!? あぶないって!」
その声も届かぬまま、姫は走り去っていった。
蓮はしばらくポカンとし、やがて――
「……なにあれ。マジで姫だな、あいつ」
と、小さく笑った。
***
帰宅後。
リリアーナは出かけた服のままベッドに倒れ込み、静かに絶命していた。
「む、無理ですの……もうわたくし、庶民恋愛文化に適応できませんの……」
今日は何度目の赤面だっただろう。何回“心臓が止まりかけた”だろう。
クレープの甘さより、蓮の言葉の方が何百倍も甘かった。
「“無理しなくていい”……“変なとこも好き”……って、な、なな、なにを言って……っ!!」
枕に顔を押し付けて、じたばた転がる。
次の瞬間、スマホが震えた。
《【れい】ねぇ今日の姫やばくね?w》
《【マナ】てか、帰り一緒だったでしょ?どうだった?》
りりあ、即座にスマホを顔に投げつける。
「う、うるさいですの~~~~~ッ!!」
(でも……ほんとうは、嬉しかった)
リリアーナはゆっくりと起き上がり、机の引き出しを開けた。
中には、ギャルたちと作った《恋バナ攻略ノート》がある。
開いたページには、こう書かれていた。
『STEP7:ふたりきりで帰るチャンスが来たら、それは“恋フラグ”です♡』
「……フラグ、でしたのね……」
ぽつりと呟く。
その下には、れいが描いたハート型の吹き出し。
『ドキドキしたら、それはもう“好き”ってことだよ!』
指でなぞって、そっと呟いた。
「……好き、ですの?」
心臓がドクンと鳴る。
あの帰り道。あの言葉。
走り去ったあとも、胸の中ではずっと、彼の声が響いていた。
「わたくし……ほんとうに、あなたのことが――」
ふと窓の外を見れば、夕焼けの余韻がまだ残っていた。
「…………まったく……これではまるで、恋する乙女じゃありませんの……」
頬を染めて、そっと笑う。
その笑みは、どこまでも純粋で――
そして、まぎれもなく恋する表情だった。
姫、完全に恋に堕ちましたの……。
私はこの作品で本気で書籍化を目指しています!
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