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わたくし、恋に堕ちて取り乱しておりますの!

 

 朝。昇降口。

 リリアーナ=フォン=エーデルワイスは、校門をくぐる前から“警戒態勢”に入っていた。


「本日は、あのお方と、極力“接触せぬこと”を目標としますわ……!」


 その“お方”とは――朝倉蓮。

 先日、放課後にまさかの“責任を取る”宣言をかまされ、リリアーナの中で彼の存在は完全に“主君クラス”になってしまっていた。


 (恋、ですの? これが“恋”だというのなら……!)


 毎秒が緊張。

 目が合えば顔が爆発。

 声を聞けば心拍が限界突破。


 リリアーナは一歩一歩、慎重に校舎に近づいていく。

 背中はピンと伸び、目線は周囲を警戒する鷹のよう。


「“戦場”ですわね……この学び舎……」


「りりあちゃん!? 登校早々、何その軍人みたいな緊張感!?」


「ごきげんよう、ほのか……わたくし、いま“非常事態”にございますの……!」


「いや見ればわかるけど!? 何その“恋する乙女”という名の戦闘態勢!?」


「本日、“彼”に姿を見られてはなりませんの! これは気配遮断・潜伏行動の訓練ですわ!」


「りりあちゃん……登校中に修行しないで……」


 その後、教室でも異変は続く。


 蓮の姿が視界に入れば、リリアーナはサッと顔を隠し――

 蓮が歩けば、背筋を伸ばして真顔に戻し――

 蓮が近くで喋ろうものなら、


「ま、ままままままま、魔力の流れが乱れておりますわね……!?(←意味不明)」


 と謎の言動を始める始末。


 その結果――


「今日の姫、挙動おかしくない?」


「なんか朝倉くんが近く通ると不安定になるよね……」


「つまり“推しの現場に遭遇したオタク”ってことでは?」


 噂だけが先に独り歩きしていく。

 昼休み、ほのかがついに詰め寄る。


「ちょっとりりあちゃん!? もしかして“接触しない作戦”、裏目に出てる説あるよ!?」


「う、裏目!? ……わたくしの策略が……逆効果!?」


「だってさっき“朝倉くんのこと避けてない?”って噂されてたよ!?」


「ッ!!!!」


(ま、まずいですわ……! 完全に“嫌っていると誤解されている”パターン……!!)


「このままでは、わたくし、下手すれば“嫌ってる系悪役ヒロイン”に認定されますの!!」


「えっもうジャンル変わっちゃうの!?」


「いやですわ!! わたくし、そういうルートは選びたくありませんの!!!」


 ほのかは机に突っ伏しながら言った。


「お願いだから……普通にして……せめて“同じ人間”くらいのテンションで……」


 だがその時、リリアーナの耳に入ったのは――


「朝倉くーん、今日のプリント見せて〜!」


 と、他の女子たちが蓮に軽率に話しかけている声だった。


「…………ッ!」


(な、なぜあのように自然体で!?)

(“会話”を!? “目を見て話す”を!?)


「う、うらやましくなんて……ありませんわ……」


 完全に動揺するリリアーナの背中を、ほのかは優しくぽんぽんと叩いた。


「りりあちゃん、今こそ……“庶民恋愛講座”の始まりです」



 ***



 昼休み、校舎裏のベンチ。

 そこは、ギャルたちの通称《恋バナ特訓場》。


 リリアーナは、ぽんとベンチに座らされていた。


「……なぜ、わたくしここに……?」


「りりあちゃん、お前このままじゃ“恋を自覚して爆発→墓地”ってコース突入だよ?」


「いやなメタファーですわね!?」


 ほのかに呼ばれ集まったのは、ほのかの友達、ギャル系女子2人。

 名前は【マナ】と【れい】。

 恋愛偏差値だけで入学したような猛者である。


「よーし、今日は“姫改造計画”だよーん♡」


「目指せ自然な恋愛アプローチ」


「改造とは何事ですの!?」


「ということで、まずは“距離感”! 姫、あんた朝倉くん避けてるでしょ?」


「っ! ち、違いますわ! ただ、物陰に潜んでいただけですの!」


「それが“避けてる”っていうんだってば!」


 ギャルふたりは、ぴたっとリリアーナに寄って腕をがしっ。


「まずはこう! “自然なボディタッチ”!」


「ひィィィィィ!!!?!?!」


 リリアーナ、物理的接触に思わず硬直。


「そ、そんな不意打ち、戦時中なら暗殺と判断されますわ!!」


「次! “名前呼び”ね。“蓮くん”って呼んでみ?」


「……っ! れ、れ、れ……! 蓮くん……!」


「おおっ!! 言えたじゃん!」


「し、しかしこの“くん”とはなんですの!? なぜ“くん”をつけるとこんなにも破壊力が……ッ!」


「最後は“目を見て話す”。あと“笑顔”」


「目線と笑顔は“防御解除状態”ですわ!! 無防備! 命がいくつあっても足りませんの!!!」


「だからそれが“好意”だっつーの!!」


(ぐぬぬぬ……わたくし、ここで退けば“乙女失格”ですわ……!)


 覚悟を決めたリリアーナは、顔を上げた。


「……やってやりますわ」


「おっしゃ来た! じゃあリハなしでいきなり本番ね! 今、朝倉くんにノート返しに行って!」


「なにその無茶振りィィィ!!?」




 ***



 放課後、教室。

 リリアーナは震える手でノートを持ち、蓮の席に向かう。


(大丈夫、順番を守れば……! “名前呼び”→“目を見て”→“笑顔”→“ボディタッチ”……!!)


 目の前に蓮。

 目を見ようとした瞬間、頭が真っ白になる。


「…………ぅ、れ……く……っ、ん……! あの、これ、“お覚悟ノート”ですの……!!」


「“お覚悟ノート”?」


「ち、違いますの!? “お借りしていたノート”ですの!! まちがいですの!!!」


 すでに目線ぐちゃぐちゃ、顔は真っ赤、語彙は滅茶苦茶。


 そして極めつけ――

 震える手でノートを渡す瞬間、

 誤って、指が蓮の手に触れる。


「あ……」


(――ボディタッチ達成!?!?!?!?)


 自爆。リリアーナ、即座に硬直→走って退散。

 蓮はポカンとしながら呟いた。


「なんなんだよあいつ……“お覚悟ノート”って……」



 ――ギャルチームの報告会。


「どうだった!?」


「“名前呼び”は大破、“目”は泳ぎ、“笑顔”は引きつり、“ボディタッチ”は……成功しましたの」


「やったじゃん!?!?」


「でも結果、“伝説の誤爆姫”として記憶されてしまった気がしますの……」



 ***



 放課後の教室。

 生徒たちは次々と帰り支度を進め、教室内にはもう数人しか残っていなかった。


「……この静けさ……まるで、“決闘前の広場”ですわね……」


 リリアーナは自分の席に座りながら、机の上にノートを置いた。

 その隣には、蓮のノート。


「――これを、返しに行くだけですの」


 ギャル軍団からの特訓を経て、ついに得た“接近権”。

 先程の“お覚悟ノート”事件のリベンジ戦である。


(今度こそ、落ち着いて、自然に、“お借りしていたノート”を返しますの……)


 それだけ。それだけでいい。

 でも、心臓はなぜか、鼓動で合唱祭を始めていた。


 教室後方――蓮の席には、彼一人だけが残っていた。

 リリアーナは意を決して立ち上がる。


「れ、れ……ん……く、ん……っ」


(ああもう、“名前呼び”だけで口から心臓が出そうですの……)


 席に近づく。

 蓮はノートに何かメモを取っていたが、気配に気づき、顔を上げた。


「……ん? リリアーナ?」


「っ!? そ、その……これ……先日の、ノート……返却に参りましたの……!」


「ああ、ありがとな」


 蓮はあっさりと受け取り、パラパラとページをめくる。


「……お前、けっこう字きれいだな」


「えっ……」


 リリアーナは意外すぎる一言に、言葉を失う。


「前より読みやすくなってる。見直したわ」


「そ、そんな、わたくしの筆跡など……あ、あのような……ほとんど魔導陣のような文字ですのに……」


「いや、それもすごいけど。マジで普通に読みやすかった」


 ポン、と机の上にノートを置き、蓮はふっと笑った。


「ありがとな。助かったわ」


 ――その笑顔が。

 まっすぐにこちらを向けられた“感謝”が。


「…………ぅ」


 こみ上げる熱と、震える感情に、リリアーナは堪えきれなかった。


「も、もう、ムリですの!!!!」


「……え?」


 バン!!! と机を叩いて立ち上がる。


「ムリですのムリですのムリですの!!! なぜ、あなたは、そんなに、平然としておりますのッ!?」


「え、いや、俺なにかした?」


「したんですの!! あなたという人間そのものが、既に“心に刺さる凶器”ですの!!」


「は??」


「ふ、普通に“ありがとう”などと……! そんなもの、心に直撃してしまいますわッッ!!!」


 顔は真っ赤。目には涙すら浮かんでいた。

 そしてそのまま――


「――わたくし、あなたのことが、気になってしかたがありませんの!!!」


「…………ッ」


 空気が、止まった。

 蓮の目が、わずかに見開かれる。


「な、ななな、なんてことを口走っておりますのわたくしはぁぁぁああああ!!!!!!」


 パニック。リリアーナ、即座に逃走。


「おい、ちょっ――」


 追いかけようとする蓮に、教室のドアがバンと閉じられる。



 ――残されたのは、静かな放課後の教室と。

 蓮の、微妙に笑みを含んだ呟き。


「……ほんっと、訳わかんねぇやつだな」


 その言葉には、わずかな“好意”が滲んでいた。



 ***



 その夜、リリアーナは、ベッドに大の字で沈んでいた。


「わたくし……やってしまいましたの……」


 “あの言葉”が頭の中でリフレインする。


 《あなたのことが、気になってしかたがありませんの!!》


「――アアアアアアアアアア!!!!」


 枕に顔を押し付けて叫ぶ。

 己の発言に悶え苦しむ姫、ここに爆誕である。


「よりによって、よりにもよって、あの場面で……! “お慕い告白未遂”ですの!!」


 ふとスマホが震えた。


 《【ほのか】明日さ、みんなで駅前のクレープ屋行かない?》

 《【マナ】姫も来なよー》

 《【れい】蓮くんも行くってさ!》


「…………」


 りりあ、スマホを見たまま硬直。

 数秒後――


「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 ベッドで暴れだす。

 毛布を抱え、くるくる巻かれ、最終的にサナギになる。


「な、なんというタイミング……! まさかの“翌日クレープ外出”フラグ……!」


(“気になってしかたない”と絶叫した翌日に、一緒に出かけるなんて……!)

(この状況、どう考えても、わたくしの精神が持ちませんのッ!!)


 しかも今回は“友達同伴型デート”。

 つまり、庶民的恋愛イベントとしての外出。


「これは……戦いですわ」


 りりあはベッドから這い出ると、部屋の引き出しからノートを取り出す。

 表紙には、“ご学友一覧”と書いてあるが、中身は完全なる――“蓮観察日記”。


「今日もまた、笑顔が素敵でしたの……。照れ笑いのレアカット、保存完了ですわ……」


(このノートを見返すだけで、3回はときめけますの……!)


 その端に、そっとメモ。

『明日:クレープ屋。作戦――自然に話しかける+できれば“好き”の気配を匂わせる』


「ふふふ……“令嬢流恋愛戦略”の始まりですわ……!」

私はこの作品で本気で書籍化を目指しています!

書籍化を達成するにはランキングに載ったり、沢山の皆様のご協力が必要です!

よろしければ、下の☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると大変励みになります!

よろしくお願いします!

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