悪役令嬢、目を覚ましたら現代でしたわ!?
新作です!
現在連載中の作品とは打って変わって、現代ラブコメディです!!
王城の大広間には、華やかな音楽も舞踏もなかった。
夜会用に敷かれた深紅の絨毯の中央で、ひとりの令嬢がひざをつき、静かに頭を垂れている。
彼女の名は――リリアーナ=フォン=エーデルワイス。
高貴なる血筋にして、王国でも屈指の大貴族の娘。
その姿に、誰もがかつては憧れ、恐れ、そして――いま、糾弾している。
「王太子殿下への侮辱、婚約の破棄、毒の所持……これらの罪、間違いないですな?」
冷たく響く、侍従長の声。
重々しい問いに、答えたのは、彼女自身ではなかった。
「間違いありません。私の目で確認いたしました」
口を開いたのは、銀髪の青年。王太子・グレウス。
幼きころより政略で繋がれた婚約相手であり、かつては「お前しかいない」と微笑んだ男である。
(あら、まるで――劇の台本みたいですわ)
リリアーナはゆるやかに顔を上げた。
群衆の視線が、一斉に自分へと集まる。
怯え、憐れみ、優越、怒り、さまざまな感情が交錯しながらも、すべてが“終わり”を告げる目だった。
「私は……否定しませんわ」
場がざわめく。
グレウスが軽く目を見開いた。演技ではない、本物の驚き。
「私が毒を所持していたのも、あなたに恥をかかせたのも、事実。ええ、きっと、そういうことになっているのでしょう」
「リリアーナ……っ」
「でも、ひとつだけ違いますわ。私は、あなたを――本気で、お慕いしていましたわ」
沈黙が支配する。
次の瞬間、王太子の傍らにいた黒髪の少女――伯爵令嬢のソフィーナが、絹のドレスを揺らして前に出た。
「今さらそんなことを言っても無駄よ、リリアーナ様。あなたの悪事はすべて明るみに出たの。残るは、裁きのみ」
涼やかな微笑と、勝利の色を浮かべた目。
……ああ、やはり。
この瞬間すら、完璧に演出された“物語”の一部なのだ。
(ふふ、いいえ――最後くらい、私が主役であってよ)
リリアーナは立ち上がる。
体中に走る痛み。息も絶え絶え。だが、背筋は一寸も曲がらない。
「わたくしが、すべての罪を背負いましょう。この国の秩序のために。あなた方の正義のために」
彼女は、王太子とソフィーナを交互に見据え、最後に微笑んだ。
「でも、せめて覚えておいていただきたいの。わたくしは――この国で、誰よりも強く、気高く、美しく生きていたということを」
それは、悪役令嬢としての最後の演説だった。
「リリアーナ=フォン=エーデルワイス。王国法第十六条に基づき、貴族位剥奪、全財産の没収、および幽閉処分とする」
判決が下された。
会場には静寂が落ちる。誰も、何も、もう語らなかった。
――ただひとり、リリアーナを除いて。
(これが、わたくしの終わりならば……)
(生まれ変わっても、きっと、わたくしは――)
思考がふっと、闇に吸い込まれていく。
その最期の瞬間、彼女は願った。
「もう一度だけ、笑って……誰かと手をつなぎたかった」
その願いが、神に届いたのか、あるいは気まぐれか――
リリアーナの世界は、音もなく、幕を閉じた。
……そして、まったく異なる音が、彼女を迎え入れる。
***
ピ――……ピ――……
(……なにかしら、この……音)
遠くで、何かが鳴っている。無機質な電子音。
(暗い……けれど、温かい。痛いはずなのに……肌が柔らかい……?)
瞼を開こうとして、ようやく気づく。
――ああ、わたくし、まだ生きているのですわね?
意識が、再び“この世”に繋がれた。
規則的に鳴る電子音。
機械音に目を覚ましたリリアーナは、ぼんやりとした視界の中、真っ白な天井を見上げていた。
「……神殿?」
それが、第一声だった。
どこかの治癒院かと思ったが、空気が違う。魔力の流れがない。代わりに、妙にツンとする消毒液の匂いが鼻をついた。
「身体が……重い……」
ベッドに寝かされている自分の身体を確認しようとするが、なにやら手首に細い管が刺さっている。
「……!? な、な、なにこれ!? 血が! 吸われて……!? 錬金術!? それとも、儀式の準備ですの!?」
慌てて身を起こそうとするが、点滴チューブが引っ張られて痛みが走る。
その瞬間、ガラリと扉が開いた。
「きゃー!? えっ、何!? 何かあった!?」
入ってきたのは、白衣を着た若い女性――看護師だった。
彼女は慌てて駆け寄ってきて、慣れた手つきでチューブを押さえる。
「江戸川さん、落ち着いてください! 大丈夫です、今は病院ですから!」
「エドガワ……?」
リリアーナは、眉をひそめる。
「どなたのことかしら……? わたくしは、リリアーナ=フォン=エーデルワイス――あっ……?」
言いかけて、口を押える。
(――いえ、違う……この名前、どこかで……聞いた気が……)
リリアーナの中で、ふたつの記憶が揺れていた。
一つは断罪された悪役令嬢としての自分。
もう一つは、“江戸川りりあ”という名前を与えられた、この世界の存在。
「頭を打って、記憶が混乱してるのかもしれませんね……でも安心して。先ほどご両親がお見えになったわよ」
「……わたくし、本当に……生きているの?」
リリアーナは呟いた。
冷たい石の床ではなく、ふかふかの寝具に包まれ、やさしい人間に囲まれている。
それはあまりに、異世界の終末とはかけ離れていた。
そこへ、扉の向こうから声が響いた。
「りりあぁ! 起きたって!? 本当に!?」
駆け込んできたのは、現代の“両親”だった。
涙を浮かべた女性が抱きつこうとし、リリアーナは一瞬、肩をすくめる。
(……母親、ですの?)
違和感はある。だが、その手の温もりは、確かだった。
「な、泣かないでくださいまし……わたくし、どうやら無事のようですわ」
「うん……よかった、りりあ……。ほんと、よかった……」
そう言って涙ぐむ“母”に、リリアーナは戸惑いながらも微笑んだ。
(こんなに、あたたかい人が……? わたくしに?)
そのとき、父親らしき男性がやってきて、医師と話しながらこう言った。
「急に倒れて頭を打ったもんだから、慌てたよ。後で検査して特に問題がなければ、明日には退院できますって。制服も用意してあるから、問題がなければ明後日から学校に登校できるよ」
「――……学校?」
リリアーナは小さく反応した。
(また“学園”に通うのですの!?)
政略と見栄と派閥争いにまみれた、あの地獄のような寄宿学園の記憶がよみがえる。
「わたくし、そこには……いえ、参ります。覚悟は、できておりますわ……!」
唐突な決意に、家族は「?」という顔をしたが、それ以上は何も聞かなかった。
* * *
退院当日。両親が手渡してきた制服の袋を開いた瞬間――
「な……ななななな、なにこれぇぇぇぇぇ!?!?!?!?」
病棟の天井が割れそうな勢いで、リリアーナの悲鳴が響いた。
「この丈、この露出、この布の薄さ……っ! これを着ろと!? 正気ですの!? この国は貞操観念が滅びてますの!?」
両親は苦笑しながら、「りりあが着たいって言ったんだよ」とだけ返す。
その言葉にリリアーナは絶望する。
「そんな……っ。みんな、こんな“下着のような布”で学園に通っているというのですの!?」
白いブラウスに、赤いリボンタイ。チェックのスカートは膝上十センチ。
かつての彼女が生きた世界なら、それは”夜会用の舞台衣装”である。
「ですが……決まった以上は、逃げられませんわね……。受けて立ちます。この現代という名の戦場を……!」
どこかで鳴ったチャイムに背を押されるようにして、リリアーナ=江戸川りりあは、ゆっくりと制服に袖を通すのだった。
「ぬぅ……っ、肩が、すーすーしますわ……っ……!!」
頬を赤くしながら、戦地に向かう騎士のように立ち上がる。
明日から通う“学園”という名の新たな舞台。
そこで彼女は――思いもよらぬ“女王”としての地位を築き上げていくのだが、それはまた別の話である。
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