第74話 素朴な街娘も良いかも
女性に絡んでいる領兵らしき男たちを注意したら剣を抜かれました。
なんのこっちゃと思われるだろう。
俺もそう思う。
男たちの人数は5人。
ジェーなんとかっていう子爵家の奴と、その部下? 取り巻き? そんな感じのが4人で、兵士を名乗るだけあってそれなりに鍛えているだろう体格と、手慣れた雰囲気の構え。
絶体絶命?
んなわけない。
「人気のない路地にたったひとりで入ってきたのが貴様の失敗だ」
まんま悪党そのものの台詞を吐く子爵家関係者。
……こんなのが領軍で大丈夫なのか? 辺境伯殿?
とはいえ、いい加減俺も腹が減って仕方ないのでさっさと終わらせる。
「うらぁぁっ! なっ? ぐひょ!?」
「き、貴様っ! あぎゃ!」
「ひっ!? ま、まって、ぼじゅ!」
……………………。
頭上に掲げられた剣が振り下ろされるよりも早く距離を詰め、とりあえずぶん殴る。
辺境伯閣下にこの連中のことは報告するつもりだけど、どのような罰を与えられるかはわからないので、とりあえず少しすれば動けるように骨折とかはさせないようにだけ気をつけた。
あっという間に半分以上が倒された子爵家の男は、最初の偉そうな態度の姿勢のまま固まっている。
「あ、ああぁ、そ、そんな……」
「ば、馬鹿な!」
一撃で崩れ落ちて動かない3人を見て呆然とする残り。
戦意は喪失してるみたいなのでそれはそれで良いのだけど、さて、どうしたものか。
向こうが襲ってこないならぶん殴るってわけにもいかないし、かといって逃がしたら後になって糾弾してもなんだかんだと言い訳して有耶無耶にしてしまいそうだ。
絡まれていた女性の方も放っておくわけにいかないし、なによりとにかく飯が食いたい。
俺が悩んでいると、遠くから複数の足音が近づいてくるのが聞こえてきた。
「動くな! 衛士隊である!」
10数人の兵士が路地の角から姿を現したかと思うと、あっという間に俺たちの周囲を取り囲む。
無駄のない動きで逃げ道を塞ぎつつ、こちらがどんな行動に出ても対応出来るようにしっかりと距離を取って槍先のない短槍、棍棒のような物を構えている。
衛士隊も領軍の一部、街の治安を担当する兵士たちなのでこの子爵家連中と同じようなものかと思いきや、かなりの練度だ。
「私はブランディス砦第76分隊の分隊長、フォーディルト・アル・レスタールだ。そこの無頼漢が女性に狼藉を働いているのを見たので制止したが、反発して剣を抜いたため制圧した。このことはブルゲスト辺境伯閣下に報告し、しかるべき対処を求めるつもりだ」
不審者認定される前にと、誰何される前に声を張り上げておく。
衛士隊の人たちは驚いたように互いに顔を見合わせたが、すぐに棍棒を立てて敬礼をしてくれたので一安心。
「失礼しました。レスタール公のことはこの街でも噂になっております。過日行われた森の奥の戦いで多大な功績を挙げられたとか」
「あぁ、いや、きょ、恐縮です」
いきなり賞賛されてビックリだ。
けど、割と好意的なようで、ちゃんと話を聞いてくれそうだ。
「状況をお聞かせ願いますか?」
俺が改めて通りかかった理由や女性の悲鳴を聞いたこと、暴力を振るおうとしたところに割り込んで制止したことなどを話すと、衛士隊の隊長らしき壮年の男が頷いて部下たちに子爵家連中を拘束させた。
「わたしの証言だけで彼らを拘束して大丈夫ですか?」
普通なら相手の主張も聞いてから判断するものだろうに、有無を言わさず連中を捕縛したので思わず訊ねると、隊長さんは苦笑しながら首を振った。
「あれはこの領の一部を任されているジェーグ子爵家の三男なのですが、素行が悪くこれまでも度々問題を起こしている男です。ただ、逃げ足が速いのと被害者を口止めしていて決定的な証拠が不足していてこれまで処罰できていなかったのですよ」
あ~、どこにでも居るよなそういう奴。
ただ、そんなことで時間を稼げても結局は悪事のツケを払うことになるわけだけど。
とはいえ、その間に被害に遭う人は増えるわけだし、さっさと処分してほしいものだ。
「今回のことは衛士隊からも辺境伯閣下へ報告しますので」
つまり俺からは報告してもしなくてもちゃんと連中は処分されますよってことらしい。
こんなことのためにわざわざ休暇中に辺境伯閣下のところに行くのも面倒なのでお任せにしてしまおう。
とりあえず一通りの後始末は終わったのでようやく飯を食いに行ける。
「あのっ! あ、ありがとうございました」
「え? あぁ、災難だったね。怪我とかはない?」
俺が衛士隊に一礼して立ち去ろうとしたら、女性が思いっきり深く頭を下げてきたので驚く。
そう言えばまだこの人も居たんだった。
衛士隊の人と話していたのですっかり頭から抜けていたけど、そんなことはおくびにも出さず、出さず? いや、バレてるっぽいけど、何事もなかったように労いの言葉をかけておく。
「掴まれた手が少し痛いのと、膝を擦りむいたくらいなので大丈夫です。あの、レスタール様、でしたよね? 助けていただかなければどうなっていたかわかりません。ですけど、その、貴族様にできるようなお礼なんてわたしには……」
どうやら助けたお礼になにを要求されるのか不安なようだ。それでもわざわざ声を掛けてきたのは礼も言わずに立ち去って後から何か言われるのも怖いからだろう。
「たまたま通りかかっただけだから別に礼なんていらないですよ」
そこまで言って、ふと思いついたことがあった。
「えっと、その代わりといってはアレなんですが、この街に来たのは初めてなのでこのあたりに今からでも食べられる美味しいお店があったら教えてほしい」
美味しい店は地元民に聞くのが一番手っ取り早いからな。
「あの、そのくらいなら。どのような料理がお好みですか?」
「とにかく量が多くて、肉が美味いところが。あと、そんなに高くないところで」
多少の余裕があるとは言っても休暇中ずっと高級店で豪遊できるほどじゃないから安くて美味いにこしたことはない。
「それでしたら、私の家がやっている店はどうでしょう。ロースト肉や内臓の煮込み料理が人気なのですが」
良いじゃないの!
俺が喰いつくと、女性はホッとしたように表情を崩す。
改めて見ると、俺とそれほど歳は違わないくらいで、化粧っ気はないがなかなか整った顔立ちをしている。
なるほど、だからあの子爵家三男に目をつけられたのか。
聞けば、以前から何度も言い寄られていて、今日は外出先からずっと後をついてこられていたらしい。
んで、人気の少ない道にさしかかったところで強引な行動に出たと。
やっぱり股間を蹴り飛ばしておいた方が良かったか?
「撒こうとして街中を歩き回っていたら遅くなってしまって。家に帰るにはどうしてもこの道を通るしかなかったので」
迂闊と責めるなかれ。
この街はブルゲスト辺境伯のお膝元で帝国内でもかなり治安の良いところだ。それは先程の衛士隊の練度を見てもわかる。
日が暮れても早い時間なら女性がひとりで歩いても危険はほとんどないらしいから、彼女が油断していたというわけでもないだろう。
ちなみに彼女の名前はセリア・ジュルトさんというらしい。
そんな会話をしていたらほどなく彼女の家に到着した。
大通りから少し入った路地の途中にある店で、扉を開けると中は明るく、賑やかな声が聞こえてくる。
「おう、セリア帰ったか! すぐに店を手伝ってくれ!」
入るなり店の奥からそんな声が飛んでくる。
「お父さん、ちょっと待って!」
セリアさんは俺に空いている席を勧めてから厨房の方に走っていった。
店内を見回してみると、席は7割ほどが埋まっていてそれなりに繁盛している様子だ。
客はやはり男性が多いが女性も数人居る。
テーブルの間を縫うように忙しなく動き回っている壮年の女性はセリアさんの母親だろうか。
客たちの表情は明るく、酒が入っているらしいジョッキを片手に談笑しながら料理を楽しんでいて、この街が辺境と言われながらも豊かで安定した統治がされているのがよくわかる。
ドンッ!
俺がぼんやりと客たちの様子を見ていると、目の前のテーブルに山盛りのロースト肉と茹でられた野菜、煮込み料理の入った深皿が置かれた。
鼻の奥に入ってきた香草と香辛料、肉の香りで途端に空腹を思い出した。
「貴族様、娘を助けてくださったようで、ありがとうございます」
思わず料理に目を奪われてしまったが、当たり前だがその向こうには持ってきた人が居る。
顔を上げると、ガッチリとした体格で、額に傷のある厳つい男が俺に向かって頭を下げていたので慌てて立ち上がる。
「いえ、偶然見かけて割って入っただけですから」
俺がそう言うと、男は少し驚いたような顔をしてほんの少し表情を崩した。
「高位貴族の方と聞いていたが、いえ、聞いていましたが」
俺の態度が貴族らしくないからだろうな。
「親の爵位が高いだけで、こことは比べものにならない田舎出身なので。だから礼儀とかは気にしないでください」
公式な場ならともかく、貴族だろうが平民だろうが年上には敬意を、だ。
「娘から事情は聞きました。あの野郎、あ、いや、子爵家の令息にはずいぶんと困っていたので助かりました。こんなものしかありませんが、どうか好きなだけ飲み食いしていってください。おい! こん人に葡萄酒だしてくれ。うちで一番良いやつだ!」
「はいよ!」
男がそう声を掛けると女性が威勢の良い返事で答える。
ここで変に遠慮するとかえって気を使われそうだ。
……まぁ、それは言い訳で、こんな美味そうな料理は早く食いたい。
「ありがとうございます。それじゃあ遠慮なく……美味っ!」
口に入れると同時に広がる肉の強烈な旨味とくどさを打ち消す香草の香り。それでも口に残る脂は茹で野菜が丁度良い具合にさらってくれる。
煮込み料理も絶品だった。
内臓の臭みはまったくなく、それでいて旨味はしっかりと残っていて柔らかく、いくらでも食べられそうなくらいにあとを引く。
夢中で食べていたら、あら不思議。
気がついたら皿の上はなにもなくなっていた。
結構な量があったはずなんだけどなぁ。
俺が名残惜しそうに空になった皿を見つめていると、それがスイッと取りあげられて代わりに再び山盛りの肉が置かれた。
「うふふ、そんなに気に入ってくれて嬉しいです。まだまだお腹いっぱいになるまでお出ししますので沢山食べてくださいね」
驚いてそれを乗せてくれた人、セリアさんの顔をマジマジと見つめると、彼女は少し照れくさそうに頬を染めながら笑顔を見せた。
先週はお休みをいただいて申し訳ありませんでした
まだ書籍化作業中ですので更新は少しの間不定期になります
ごめんなさい




