第73話 馬鹿ってどこにでも居るよな
ブルゲスト辺境伯領の中心、ブルグラ。
辺境でありながら8万人以上の人が暮らす帝国北部屈指の街だ。
敵対的な隣国との国境近くということで帝都以上に頑丈そうな城壁に囲まれている、文字通りの城砦都市である。
ブランディス砦の馬車で到着した時はその威容に驚いたほどだけど、城門を潜って中に入れば拍子抜けするくらい普通の街並みが広がっていた。
隣国であるファンル王国が執拗に取り返そうとし、帝国が国軍を駐留させてでも死守しているだけあって、ブルゲスト辺境伯領は広大な穀倉地帯と良質で膨大な埋蔵量の鉱山を持つ重要な地域だ。
それだけに辺境であっても街は活気に満ちていて数多くの商人が行き来している。
街の通り沿いに数え切れないほどの露店が軒を連ねているし、点在する広場はまるで市を開いているかと思えるくらい人が溢れている。
到着したのが夕方近くということも影響しているとは思うけど。
街に入った俺たち第76分隊の面々と別れ、とりあえず宿を探すことにする。
ここまでの道中で、分隊の人たちや護衛の兵士たちから評判の良い宿はいくつも教えてもらった。
安くて料理が美味しいところとか、浴場があるところとか、繁華街の近くなのに静かで落ち着ける宿とか。他にも穴場を沢山。
野営の時に狩った野鳥を振る舞ったのがかなり評判が良かったのだ。今日も休憩中に野豚を見つけたから捕まえ、血抜きをしてから全員で分けた。
分隊の連中を含めた兵士たちはそれを持って馴染みの飲み屋で調理してもらうらしい。
結構大きな獲物だったから分けても食べきれないくらいの量だったので、残りはこの街に居る領軍へのお土産として渡してもらうように頼んでおいた。
賄賂というと人聞きが悪いが、どうせ元手は掛かってないんだし、今後も連携しなきゃいけない相手だ。
この程度で心証が良くなるとは思わないけど、やらないよりはマシだろう。
「えっと、あそこが中央広場で、一本路地を入ったところにある青い看板の宿って言ってたよな」
教わったとおりに路地に入るが、思ったよりも道幅が広く、商人の荷車らしき馬車がすれ違えるくらいの通りに両側にはいくつもの宿が並んでいた。
幸い、青い看板の宿はすぐに見つかる。
周囲と比べるとそれほど大きくないようだが、手入れは行き届いていて清潔感がある。
「いらっしゃい。泊まりのお客さんかい?」
扉を開けると快活そうな声が俺に投げかけられた。
「あ、はい。国軍の人から紹介されて」
「へぇ~! ずいぶん若いのに砦に配属されたのかい? 大変な任務だろうけど、この街に居る間は存分に楽しんでおくれよ」
入り口のすぐそばにあるカウンターでそう言って笑みを見せてくれたのは女性。
目鼻立ちがくっきりとした、きっと看板娘だったであろう年配のお姉様だ。
……まぁ、普通に考えて不特定多数の男どもが出入りする宿屋で、可愛い女の子を表に出すわけがないよな。飯屋や飲み屋なら客寄せになるだろうけど、宿屋は部屋を貸すだけ。人の目も少なくてすぐ近くに密室まであるんだから若い娘じゃ危なくして仕方ない。
村や小さな街では宿屋が飯屋や飲み屋を兼ねているところも多いけど、ある程度大きな街では宿は寝泊まりするだけの場所だ。
理由?
火事が恐いから。
帝国では外壁は石造りだけど建物内は全部木材で作られている。屋根も木材だけど防水のために薄く焼かれた陶器がうろこ状に覆っているので、外側からは火に強いけど建物内は弱いのだ。
宿屋のように多数の人間が寝泊まりするような場所で火事が起きれば大勢が犠牲になりかねないので、人口の多い街では宿屋が火を使うことを禁止している。
なので、基本的に食事は宿を出て飯屋や飲み屋でするのが普通だ。
金持ちや貴族が泊まるような宿だと敷地内に別棟で厨房があってそこで作るようなところもあるらしいけどな。
「えっと、部屋は空いてますか?」
「大丈夫だよ。この街は宿だけは無駄に沢山あるからね。何泊だい?」
聞いたところによると、この街はいつ隣国が攻めてくるかわからないため、近隣の村からの避難民を受け入れられるように宿屋が多いらしく、普段はほとんどの宿が半分以上空き部屋になっているということだ。
もちろん普通はそんな状態で経営なんて成り立たないのだが、領主である辺境伯が税の減免と補助金を支給することでなんとかなっているらしい。
最初の休暇で勝手がわからないし、宿の雰囲気も悪くないので帰りの日まで3泊お願いした。
指定された部屋に荷物を置き、早速街へ出る。
といっても時間が時間なので散策は明日にして、食事をしたい。
給金はまだもらっていないけど、配属前に渡された支度金がたっぷり残っているのでそれなりに懐は温かいからたっぷりと美味しいものを食べに行こう。
宿を出ると結構な時間が経っていたのか空は茜色に染まって、日が入らなくなった路地は薄暗くなっている。
街を歩く人は足早に通り過ぎ、露店もほとんどが撤収済みのようだ。
とはいえ街が眠りにつくにはまだまだ早い。
通りのところどころで灯りが漏れている店があり、料理や酒を表す意匠が施された看板が下がっている。
「確か、ここの名物料理はバラグの内臓を使った煮込み料理だったよな。店の名前はいくつか聞いたけど、場所がわかんねぇ」
せっかく事前に情報収集してても意味がないな。
気がつけば歩いている人ほとんど居なくなってるし。
かといって適当な店に入って聞くってのもさすがに失礼だしなぁ。
いくつも行ってみたい店や食べてみたい物はあるけど、今回は3泊しかできないからしょうがない今日は諦めるか。
これから何度も来るわけだしと自分に言い訳しつつ、それでも美味しいところを探そうと匂いを頼りに通りを歩く。
早くも酔っ払っている奴がいるのか、飲み屋らしき店から賑やかな声が聞こえてくる。
そこここの店から料理の匂いも漂ってくるが、コレ! という感じがしない。
時間が無いわけじゃないのでこの周辺をぐるりと回ってみてから決めても良いだろう。
そんなことを考えながら辻を曲がった直後、女性の悲鳴が響いた。
「や、止めてください!」
「なぜ拒む。日々貴様等平民を守っている我々の命令に従わぬというのか」
路地の先で腕を掴まれて蹲っている女性と、それを取り囲むように立っている数人の男。
どう好意的に見ても無体を働く無頼漢とその被害者って感じだ。
「良いからこい! 別に命を取ろうっていうわけではないのだ」
「ひっ! お願いします、ご容赦を」
「チッ! いい加減に……」
連れて行かれまいと必死に抵抗する女性に苛立ったらしい男が手を振り上げる。
って、こうしちゃいられない。
「何をしている!」
俺は声を張り上げながら走り寄り、女性の掴まれている腕を振りほどいた。
そしてすかさず女性と男たちの間に身体を割り込ませる。
「なんだ貴様は! 我々は領軍の者だぞ」
腕を振りほどかれた男が腹立たしげに怒鳴ってくる。
ふむ。
見ればその言葉を証明するように男たちは腰に長剣をぶら下げている。
街中で兵士でもない人間が武器を持ち歩くには特別な許可がいる。
商隊の護衛や傭兵も街門で武器を預けなきゃいけないのが規則になっているので、帯剣してるってことは本当に領軍なんだろう。
「だから? それを言ったら俺は国軍の士官だけど」
分隊長だから一応士官と言っても?じゃない。一番下っ端だけど。
「国軍だと? ふん、砦に左遷されてきた落ちこぼれか」
男は小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
定期的に人員が入れ替わる国軍と違って領軍はこの最前線の領地をずっと守っているという自負もあるのだろう。
まぁ、今はどうでも良いことだけど。
「とにかく、ここはブルゲスト辺境伯閣下の領地だ。国軍の一兵士風情が口出ししないでもらおう」
「いやいや、どこの貴族領だろうが目の前で犯罪があれば放っておくわけにいかないな」
「犯罪だと? 無礼な! この俺がジェーグ子爵家の者だと知ってのことか」
「知るわけないって、そんなの。っていうか、それを言うならこっちはレスタール辺境伯家の者だけど?」
「な!? う、嘘をつくな! そんな高位貴族が砦に配属されるわけがないだろう!」
やっぱり信じないか。
「で? 大人しく帰るならブルゲスト閣下に報告するだけにするけど?」
俺がそう言うと、ジェーグ家の男は他の連中に目配せをした。
そして腰の長剣をゆっくりと抜く。
はぁ~、やれやれ。
腹減ってきたんだけどなぁ。
Side ブルゲスト辺境伯
「失礼します」
「うむ。よく来たな。座りなさい」
ブルゲスト辺境伯トージスルがそう促すと、対面のソファーに若い女性、カルーファ・ジール・オーリンドがやや緊張気味に腰掛ける。
「先日大きな戦いに参加したらしいな。無事でなによりだ」
「はい。思いがけず敵の拠点を発見したもので。私の部隊は無傷で終えることができました」
穏やかに訊ねた辺境伯の態度に少し肩の力が抜けたのか、カルーファは小さく息を吐いてから頷いた。
「……ところで、レスタールの小僧と共に行動してみてどうだ?」
「強いのは間違いありません。私では触れることすらできるかどうか。砦の兵士でも屈指の実力があると思います」
「ふむ。何やら不満そうだな」
「正直に申し上げて、私はあのような怠惰な男は嫌いです。一応任務は真面目にこなしていますが、帝国の貴族として最前線を守る気概も感じられませんし、訓練も明らかに手を抜いています」
カルーファはブルゲスト辺境伯の弟の娘、つまり姪にあたる。
分家であるオーリンド子爵家に跡取りが居なかったため彼女の父親が養子に入り家督を継いでいる。
近しい親類ではあるのだが厳格な身分制度のある帝国貴族として適切な距離を保つように教育されているためカルーファのトージスルに対する普段の態度はかなり慇懃で堅苦しいものなのだが、フォーディルトへはかなり思うところがあったのか思わず素の感情が出てしまったらしい。
そんな珍しい表情を見て、トージスルの顔がほころぶ。
「クックック。そうか、お前の目には怠惰に見えるか」
「違うのですか? 知り合いの令嬢から聞いた話では、学院でも暇さえあれば令嬢の尻を追ってばかりだったとか。帝国貴族として婚姻が重要なのは承知していますが、それよりも優先すべきことがあるはずです」
ここぞとばかりに言い募る姪に、伯父がとうとう声を上げて笑いだす。
「か、閣下、何が可笑しいのですか」
「くく、まぁそういきり立つものではない。……カルーファ、竜が巣穴で日がな一日眠っていたとして、それを怠惰だと思うか?」
「は? い、いえ、竜ほどの強者であればむしろ泰然としているという表現になるかと。それに、周囲にとってはそのほうがありがたいことでしょう」
突然話題が転換され、困惑顔で返すカルーファにトージスルは得たりと大きく頷く。
「精力的に動き回る竜など迷惑以外のなにものでもあるまい。止められる者が居ないのならば尚更だ」
「……閣下は、彼が怠惰なのは良いことだと?」
「儂の目には怠惰というより抑制しているように見えるがな。彼奴の父親を反面教師としているのかもしれん。なにしろ、現レスタール辺境伯は、まさに好き勝手に動き回る竜のような存在だったからな。儂などまだマシな方で、まだ皇太子だったころの陛下やオズワルト公などはさんざん振り回され、後始末に追われていたほどだ」
溜め息交じりのその言葉にカルーファは顔を引き攣らせる。
「高位貴族とはいえ、なぜそれが許されていたのでしょう。レスタール辺境伯に政治的な権限はほとんどないと聞いていますが」
「確かにレスタール辺境伯家に帝国での政治的権限は無い。だが、逆に中央もレスタール家に何も影響力を持っていないのだ」
カルーファも学院で歴史を学んでいて、その中にはレスタール家が帝国貴族に叙された経緯も解説されていた。
が、帝国の権威を守るためか、肝心の部分は曖昧にされていて単に隣国の侵攻を防ぐ功績だけが教材に書かれていた。
「で、ですが、徴収する税額を引き上げるとか、領地に流入する物資を制限するなど方法があるのでは?」
「引き上げを通達したところで従来通りしか支払わんだろうし、物資は帝国外からも買うことができる。むしろ、魔境から供給される質の良い薬の材料や希少な鉱物が入らなくなることで商人たちから突き上げをくらうだろう」
苦笑を浮かべつつトージスルが言い、カルーファは言葉を失う。
「レスタールが帝国に従っているのは忠誠でも利害でもない。ただ義理と契約を果たしているだけだ。故に、これまでのレスタール家嫡男は良く言えば豪放磊落。悪く言えば傍若無人な者ばかりだ。その意味ではあの小僧はレスタールの血筋とは思えないほど常識があるな」
「…………」
「カルーファよ、目で見たものだけで判断するな。アレは怠惰や放蕩などではない。眠りについているだけの獣だ。ひとたび暴れ出せば手をつけられんほどのな」
「そのような者を放置していていいのでしょうか」
「幸い、レスタールの者たちの気質は善良だ。アレは特にな。他領の者と親しくし、情を交わせば綱をつけることもできよう。ただ、見合う者が少ないのが困りどころだがな」
言外にこめられた意味に気付いたカルーファだが、なんとも言えない顔で黙り込むしかできなかった。




