第72話 領都で休暇を
大陸北部最大の街にしてファンル王国の王都の中心にそびえる荘厳な王宮。
その謁見室で不機嫌そうに眉間に皺を寄せる国王の前で額に汗を流しながら顔色をなくして男が跪いている。
「……あえて訊くが、幾月もの期間と多大な費用を投じて整備していた拠点は今後も活用できるのであろうな」
「それは……こうなっては難しいと言わざるを得ず」
「ほう? 貴重な我が国の精鋭が数百も失われたというのにか? 余は覚えていないが、来るべき帝国侵攻のため、森の中に補給のための拠点を構築するべしと主張したのは誰であったかな? 確か、森の奥に造っても利便性や即応性に問題があるという指摘があったと聞いた気がするが」
国王の平坦で冷徹な声音に、男の顔はますます青くなり、床についた手は震えている。
「も、申し訳ございません」
「それで、どうするのだ?」
「そ、それは、私の責任を痛感しており……」
「過ぎたことは今さらどうしようもあるまい。重要なのは被った被害と損害をどう償うかだ。費用は私財で補填させるとして、小競り合いとはいえ一方的に敗北したのでは士気にも影響しよう」
容赦のない王の言葉に、跪いた男はただ項垂れるしかできない。
数日前に王都にもたらされた報告。
ファンル王国と帝国北部の境界に広がる森の帝国側に築いていた最中だった拠点が襲撃され、拠点の失陥と、そこに駐屯していた部隊の壊滅を知らせるその報告は、かろうじて撤退に成功した王国兵が這々の体で王国南部の街に逃げ込み、そこから早馬によって王宮へと知らされたのだ。
最終的な損害は隠密活動を行う精鋭80名を含む兵士400余名が死亡或いは戦線復帰できないほどの重症か行方不明、重軽傷者150名となり、無傷なのは100名に満たなかった上、2年近く掛けて整備していた森の中の拠点を運び込んだ物資とともに失うことになった。
人的損害そのものは王国の規模からすれば微々たるもので、軍として許容範囲ではあるが、それでも時間を掛けた計画が頓挫した影響は無視できない。
それに、今回の戦闘はかなり一方的なもので、帝国側の損害はほとんどなかったと考えられる。そのことが国内に伝われば士気に影響してしまう恐れもあった。
当然その計画の妥当性やリスクの検証などが改めて議論されることになり、見通しの悪い森の中で奇襲を受けたことや、そもそも想定される戦場から距離があり、大量の物資や大部隊を隠すのにも向いていない場所に多大な費用と労力を掛ける必要が本当にあったのかが問われたわけだ。
「恐れながら陛下に具申したく」
重苦しい空気の中、初老の貴族が一歩前に出て口を開いた。
「ふむ。言ってみるが良い」
「此度の失態は計画を進めた者に責任があるのは当然ですが、しかしながら王国を揺るがすほどのものではございません。まして敗北といっても奇襲を受けながら撤退には成功しております。この程度であれば次の勝利で十分に士気は保たれましょう。それに、森の中に拠点を築くという前例があれば帝国は今後あの広大な森を全て警戒することになり、多くの人員を割くことになります」
「なるほどな。全くの無駄だったとは言えぬか。だが、次の勝利とはどうするつもりだ? まだ帝国と全面的に争うには準備が整っているとは言えぬぞ」
「より少数で圧倒的な力を示せばよろしいのです。大部隊が国境を越えれば帝国も大部隊を送り込んでくるでしょうが、100名程度の規模ならば砦の兵も増援を要請することはできますまい」
「……案としては悪くないが、そう簡単に圧勝できるほど帝国も間抜けではあるまい」
「確かに、砦の帝国兵は練度が高く、なかなか痛撃を与えることはできておりません。なので、ここは我がファンル王国でもっとも実績のある部隊にお任せできれば、そう考えているのですが」
「……回りくどいな。はっきり言うが良い」
「では、僭越ながら、アミュゼ殿下の率いる旅団にお願いしたく思います。殿下はすでにいくつもの武勲をたてておられますし、旗下の部隊も精強と伺っております。実際、幾度となく北方の異民族を撃退し、昨年に起きた東部戦役でも倍する敵軍を撃破して小国を併呑したばかり。帝国の雑兵程度、瞬く間に蹴散らしてくれることでしょう」
「ふん、以前より貴公はアミュゼが武勲を上げすぎることを嫌がっていた様子だったが、良いのか?」
「それは、別にアミュゼ殿下に限らず、特定の者ばかりが武功を上げれば軍全体のバランスが崩れてしまいますので。ですが、今さら国境で小部隊を蹂躙する程度は殿下にとって武功とは言えますまい」
「……ものは言い様だな」
「は? 陛下、申し訳ありません、今一度言っていただけますでしょうか」
男の言葉に、王はボソリと呟くがそれが男に届くことはなかったようだ。
「なんでもない。だが、貴公の意見はわかった。余からアミュゼに命じておこう。しかし遠征の物資と費用は今回の計画に関わった者たちで負担せよ」
王が付け足した言葉に、跪いたままだった男が一層肩を落とす。
今回の損失を補填するだけでも一貴族にとっては相当な負担であり、当分は付き合いのある貴族家や商人から借金をしなければならないだろう。それに加えてアミュゼ殿下の旅団の南部遠征の費用までとなると資産を売却することも考えなければならない。
幸いなのは男だけでなく計画に加わった貴族で分担できることだが、王命での遠征支援のため、出し渋るわけにもいかないだろう。
このことが切っ掛けで、ファンル王国の派閥のひとつが大きく影響力を削がれることとなったのだった。
Side フォーディルト
ガラガラガラ……。
大型の荷車が街道を進む。
積み荷はというと、むさ苦しい男たちが10人も。
「分隊長殿は街に着いたらどうするんだ?」
「ん~、まだ何があるのかもわからないから、とりあえず散策かなぁ。美味い飯屋と武具の修理ができる店も探したいし」
砦から借りた荷車は軍の輜重隊が使う大型で、頑丈な上に荷を守るための幌も着いている頑丈な代物なのだけど、大柄な兵士が10人も乗り込めばさすがに狭っ苦しい。
とはいえ、荷台は楽しげな緩んだ空気が漂っていて、そこまで苦痛は感じない。
俺がブランディス砦に赴任して20日。
ここまで森の中のファンル王国の拠点を襲撃したり、森の中の監視を強化したりと、来たばかりなのにかなり忙しい日々を送っていたのだけど、ようやく待ちに待った休暇の日が来たので領都へ向かっているのだ。
俺の指揮する第76分隊に所属しているのは俺を含めて14人。
荷台に載っているのは10人で、唯一の女性であるオーリンドさんは男ばかりの荷台に一緒に乗るのはさすがに嫌だったらしく、荷車の隣で馬に乗っての移動である。決して俺と一緒が嫌だからとかじゃない。と、思いたい。
残りの3人はというと、すでに結婚して家庭を持っていて砦からそれほど離れていない小さな街に住んでいるらしく、休暇は家族と過ごすことにしているそうだ。実に羨ましい。
ちなみに、領都に向かっているのは俺たち分隊だけでなく、別の分隊が護衛として帯同している。
乗っている俺たちも兵士なのにどうして護衛が必要かというと、この荷車は領都に到着したら今度は砦に物資を届けるために使われるからだ。
なにしろ万を超える兵士が常に駐屯している砦だ。
定期的に大規模な輜重部隊が補給にやってくるが中身は穀物や最低限の消耗品、商人も頻繁に往来するが、こちらは高く売れる嗜好品が主だ。
それ以外の必需品や物品は領都で手に入れる必要があるため、こうして頻繁にグルが行き来していて、俺たちは空荷の荷車に乗せてもらっているというわけだ。
俺たちのための荷車じゃなく、俺たちがオマケなのである。
砦から領都までは馬で2日の距離。
ちょうど中間の地点に野営のための小さな無人砦のような場所があり、井戸も整備されている。
数日ごとに買い出し部隊が使用しているので野盗が寄りつくこともなく安全に眠ることのできる貴重な場所だ。石造りの壁で囲まれているからな。
何事もなく街道を進み、日がかなり傾いた頃、野営地に到着した俺たちはすぐに天幕と食事の準備を手分けして進める。
護衛の兵士たちは馬の世話だけして休憩しているが、運ばれた兵士が天幕と食事を用意するのが慣習になっているらしい。
といっても、俺たちにとってこの程度は慣れたものなのでさほど手間でもない。
無人砦の中には小さな小屋もひとつあるが、これは炭や薪の保管と女性兵士や貴族が泊まるために作られたものらしく、今回はオーリンドさんが使うことになっている。
半刻も掛からず天幕と食事の用意ができたので、休んでいた兵士も呼ぶ。
「美味そうだな。まさかこんなに良いものが食えるとは思わなかったよ」
護衛役の兵士が嬉しそうに言う。
移動途中の休憩時に美味そうな野鳥を見つけたので10羽ほど狩っておいたのだ。首を落として荷車にぶら下げておいたので血抜きもバッチリできている。
それを羽を毟って骨ごとぶつ切りにして鍋に放り込み、ついでに採取した野草と一緒に煮込んだのだ。
雑な猟師料理だけど好評なようで良かった。
そんな俺の気遣いが功を奏したようで、護衛の分隊とも打ち解けて色々な話を聞くことができた。交流って大事だよな。
領都で評判の良い宿や安くて美味い飯屋の情報は本気でありがたい。
翌朝。
夜間の見張りは護衛役の兵士が買って出てくれたのでゆっくりと休むことができた。
そしていよいよ今日の夕刻には領都に到着する。
宿探しはそれからだけど、昨日教えてもらった宿はいくつかあり、どれかは泊まれるだろうということなので大丈夫そうだ。
昨夜の残りの野鳥肉を焼いてパンに挟んだ簡単な朝食を摂り、天幕を片付けて荷車に乗り込む。
二日目の行程も順調そのもの。
天候にも恵まれ、予定よりも1刻以上早く領都の城壁が見えるところまで到着した。
「……凄いな」
幌を巻き上げた荷車から見える光景に思わず呟いてしまう。
他の連中が笑っているのが横目でわかったが、多分これまで来た新兵たちも今の俺と同じような表情をしていたのだろう。
ブルゲスト辺境伯領の領都の名はブルグラといい、人口は8万ほどだと聞いている。
広大な農地と質の良い鉱山から産出される銅や亜鉛、錫などで辺境でありながら豊かな財政基盤を持っている。
まぁ、この鉱山が元ファンル王国の領土だった場所ということもあってあちらは必死になって取り返そうとしているわけなんだが。
そういった事情もあり、ブルゲスト辺境伯は帝国でも随一と言われる精強な私兵を多数抱えることができている。
そして、常に隣国からの脅威にさらされているという立地から、いざ戦争が起これば領内の全ての領民を避難させ、数ヶ月は持ちこたえられるように堅牢な城壁に囲まれているというのを学院で習っていた。
が、実際に自分の目で見てみると想像を遙かに超える街だった。
高さ20リード(約16m)はありそうな高い城壁が遙か遠くまで続き、100リードごとに尖塔もそびえ立っている。
その城壁の周囲は堀がぐるりと囲んでいて、領都近くを流れる川から大量の水を引き込んでいる。
領都に続く街道は広く、石畳で整備されていて多くの商隊が出入りしているようだ。
「さすがの分隊長殿も驚いたかい? レスタールの家も辺境伯なんだろ?」
「森の中のド田舎だけどな。ウチの領都も城壁に囲まれてはいるけど、規模が比べものにならないよ」
爵位が同じなんてとても思えない違いに驚くしかできない。
街の中はどうなっているのか、俄然楽しみになってきた。




