第15話 またまた皇族に遭遇、今度は第3皇子様
「はぁ~、つ、疲れたぁ」
皇帝陛下との謁見、と言えるのかどうか、とにかくライフゼン陛下との対面を終えた俺は、またまた近衛兵の先導で廊下を歩きながら思わず溜め息と本音がこぼれた。
その声に、前を歩いていた近衛兵がチラリとこちらに目を向ける。
ヤバっと思ったけど、近衛兵は苦笑いを浮かべながら同情的な目で俺を見ている。
「お疲れさまですな」
「あ、と、すみません」
「いや、無理もない。陛下は時折ああやって臣下を揶揄って楽しむ悪い癖があるので。無論、相手は選んでいるし、悪意はないから気にしないようにすると良いでしょう。それだけ貴公を気に掛けているということですから」
割とギリギリな発言をするということは、この近衛兵はかなり上の立場の人なのだろう。
皇帝陛下をはじめとした皇族と皇宮の警護を行う近衛兵は、家格はもちろん、皇族に対する高い忠誠心と実力を求められる帝国兵の精鋭中の精鋭だ。
騎士団や兵団とは違い、皇帝陛下直轄でそれだけに信頼も厚い。もちろん責任は重くて問題を起こせば本人だけじゃなく一族郎党処刑されることもある立場だったりする。
緊急事態には官位を越えて行政官や騎士団、兵団に命令を下すことさえ可能だ。
学院の軍務科でも近衛兵を目指している貴族令息、令嬢は少なくない。王妃や皇宮、皇女の警護もあるので女性も多いし。事実上、兵士としては最高位に位置している。
もちろん一定年齢になると軍務からは外れて領地に戻るか軍の後方勤務を務めることになるけど、たっぷり年金ももらえるらしいから将来安泰。羨ましいことこの上ない。
きっとモテるんだろうなぁ。
近衛兵はそれ以上口を開くことはなく前を歩き続け、皇宮のホールまで来た。
もう少しでこの重圧感たっぷりの空間から脱出できると気を抜きかけたんだが、どうやらまだ俺の受難は続くらしい。
階段を下りたところで不意に声を掛けられ、固まる。
「フォーディルドじゃないか。父上に呼ばれたのかい?」
「クライブ殿下。左様でございます。それでは失礼いたします」
「待て待て、逃げなくても良いじゃないか」
これ以上の面倒事は嫌なので早々に立ち去ろうとした俺を呼び止めるクライブ殿下。
「僕も丁度帝城に行くところだったんだ。叔母上が表敬訪問に来てるから会おうと思ってね」
邪気のなさそうな顔で俺に笑顔を向けるクライブ殿下。
この笑顔が曲者なんだよなぁ。
クライブ・フォル・アグリス。
アグランド帝国第3皇子にして、皇帝陛下の側妃の長子だ。
側妃と言っても隣国の元王女。同盟国ということもあって帝国内の立場は低くない。なので皇位継承権も順番どおり第3位だ。
上位継承権者がふたり居るので皇太子になる可能性は高くないが、幼い頃から帝王学をはじめとした高度な教育を受けていてかなり優秀だと評価されている。
見ての通り青みがかった銀色の髪と吸い込まれそうな澄んだ明るいグリーンの瞳、人好きする明るい表情と整った造形。
まだ14歳と子供っぽさは抜けきらないが、将来有望な貴公子と貴族子女の間で大人気の、まさにプリンス!
なんだが、性格が、その、少々癖があって。
「せっかくだからフォーディルトも来なよ。叔母上も会いたがってるだろうし、君は揶揄い甲斐があるから」
「俺で遊ばないでください」
相手は皇子様なんだが俺もいい加減言葉がぞんざいになる。
この程度で怒るような相手じゃないし、そもそもあんまり丁寧な口調の方がつまらなそうにするからな、この人。
困ったことに、学院の1年後輩のクライブ殿下は何故か俺のことを気に入ったらしくやたらとちょっかいをかけてくる。
黙っていれば憧れの皇子様って感じなんだが、口を開けば毒を吐いたり揶揄ってきたり、人を驚かせることも好きだし、今思えばこの性格、多分皇帝陛下譲りだわ。
外見は妃殿下そっくりなんだけどな。
俺としては玩具になるのは嫌なのでできるだけ逃げてるんだが、なまじ頭が切れるし察しも良い。
姿を見られたらほとんどの場合、逃亡に失敗するから先に見つけなきゃならない。
優秀な分、たちが悪いんだよなぁ。
「そう言えば、昨日兄上がまたフォーディルトに噛みついたんだって? 今日はそのことで呼ばれたの?」
「ええ、まぁ。陛下からは寛大なお言葉をいただきましたが」
「ちぇ、僕も見たかったなぁ。叔母上の歓迎式典があったから学院を休んだんだけど、そんな面白いことがあるならそっちに行けばよかった」
俺たち貴族家は学院を卒業するまでは貴族として認められず、当然帝国の公式行事に呼ばれることはない。
けど、皇族は別だ。
学院生であっても皇族としての身分があるので、必要があれば国や皇室の行事に参列することもある。
今回は母君の祖国からの公式訪問なので呼ばれていたのだろう。
もちろん、よほどのことじゃないと欠席など許されないし、それが第2皇子がやらかしそうだからなんて理由で認められるはずがない。
「それで? もちろん兄上をボコボコにしたんだよね? ね?」
「んなわけないでしょう! 殿下は俺を殺したいんですか?!」
俺が否定すると、クライブ殿下は頬をプクッと膨らませて不満そうに唇を尖らせる。
随分と子供っぽい仕草だが、不思議と違和感を抱かせない無邪気さがある。
とてもそうは見えないが、この行動もすべて計算ずくでやってるんだよな、この人。最初の頃は何度騙されたことか。
「な~んだ、武術指南の騎士から煽てられて調子に乗ってる兄上が無様に泣き叫ぶのを見たかったのに」
「相変わらず仲が悪いんですね」
見ていればわかるように、モルジフ殿下とクライブ殿下は仲が悪い。
第1皇子と第2皇子のモルジフ殿下は正妃殿下の実子だが、クライブ殿下は側妃の子。というだけでなく、モルジフ殿下はすぐ下の皇位継承権を持ち優秀なクライブ殿下を毛嫌いしているらしい。
ことあるごとに嫌味を言い、他の者の目が無い場所では暴力を振るおうとすらしてくる。と、クライブ殿下は主張している。
真偽はわからないけど、嫌っているのは確かなようで、学院でも顔を合わせるたびに険悪な雰囲気になっている。
第1皇子とクライブ殿下は多少歳が離れているけど仲は悪くないそうなので、結局原因を作っているのはモルジフ殿下の方なのだろう。
クライブ殿下としても自分を嫌う相手を好ましく思うわけがないから、俺でそのストレスを発散してるんじゃないだろうか。
「とにかく行こうよ。忙しい叔母上を待たせたくないからね」
クライブ殿下はそう言うとサッサと歩き出す。
急いでいるなら俺を巻き込まないでほしいんだが、人の都合はお構いなしなのは地位の高い人の特徴なんだろうな。
俺はまた大きな溜め息を吐きながら重い足取りで殿下の後に続いたのだった。