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緊急で通信を回してますわ!

「お父様、お母様。並びに領地の皆様。ごきげんよう。アリスティーヌ・ツリドゥルントですわ。今、緊急で通信を回してますの!」


 緑豊かなツリドゥルント男爵領の上空に、突然、映像が流れた。そこには、領民に愛される男爵令嬢、アリスの姿が現れた。


「アリス。いきなりどうした。何があったのだ?」


 突然の光景に、父である男爵がアリスに問いかける。聞こえているのか聞こえていないのか、貴族らしからぬ興奮した様子でふんすふんすとしている。ピンク色の可愛らしい髪を振り回しながら。


「簡単に説明すると、我がツリドゥルント男爵家の寄親であるファリアール伯爵家の……ええい! 我が男爵家が与する保守派のトップ、宰相様の一人娘である公爵令嬢フェリアッティ・ラ・シャリアッティント様、通称フェリア公爵令嬢様が、婚約破棄されそうなのです! 婚約者である王太子殿下は、いったい何を考えているのでしょう!?」


 そう言ってアリスは通信器具の映像を自分の顔から、学内パーティーの光景へと切り替える。王太子に非があるように誘導するセリフは、あらかじめ決められていたかのようだ。ふと見ると、会場内の保守派の令嬢令息たちがあちらこちらで「緊急で回してます!」と息巻いている。


「アリス……お前、何を画策した?」


 父である男爵のセリフにチラリと視線を向けたアリスは、何も聞こえなかったように続けた。


「ご覧ください! 先ほどのシーンを再生いたしますわ!」


 そう言ったアリスは、空間に枠を作り、先ほどの映像を映す。


「フェリア。君との婚約を破棄させてくれ」


「まぁ、殿下。わたくしたちの関係は良好だと思っておりましたが、なぜですの?」


 エスコートしていたフェリア公爵令嬢の手を外し、王太子殿下は突然そう宣言した。ざわめいていた会場は、ありえない行動にシーンとしている。






 そうして、今現在の向き合っている二人の光景へと映像は切り替わる。


「僕は……真実の愛の相手を見つけてしまった」


 そう、胸に手を置き宣言する王太子殿下。


「まぁ! フェリア様という婚約者がいながら、別の方に懸想なさったのかしら!」


 興奮した様子でアリスは呟く。不敬ラインギリギリの発言が領中に響き、男爵は頭を抱える。


「アリス……常日頃言っているだろう? 発言には気をつけるように」


 そんな男爵の声が届いた領民たちは叫ぶ。


「お嬢様! おいらたちは何も聞いてねー!! 大丈夫だ!」

「んだんだ!」







「あ、ごほんごほん。王太子殿下って気の多い方なのよね〜」


「アリス!?」


 小声で実況し続けるアリス。当の二人は、まだ話を続けている。






「と、いうことは、わたくしに何か問題があったというわけではなく、殿下が運命の方に出会ったから婚約を破棄したいということでしょうか? ならば、承知いたしました。殿下の御意のままに。婚約破棄の書類はこちらに? すぐさまサイン致しますわ」


 そう頭を下げるフェリア公爵令嬢は美しかった。


「うん、そうだね。フェリアが僕の心を捕まえられなかったという問題はあるけど、それくらいかな?」


 そう笑う殿下に、アリスがこぼす。


「……殿下のご公務をフェリア様に押し付けておきながら」


「アーリース!?」


 娘の不敬発言が恐ろしく、通信を切りたくとも、他の貴族に情報の遅れを取るわけにいかない男爵。生の情報と人伝の情報だとやはり鮮度が変わってしまう。





「こほこほ、殿下の想い人っていったいどなたなのかしら? 最近は町娘に親しい子がいると聞いたけれども……」


「アリス!? どこの情報だそれは!!」


 娘の思わぬ情報力に絶句する男爵に、笑顔でアリスは答えた。


「通りすがりの王太子殿下に突然、そう言われまして。わたくしはよかったですねとお返しし、すぐさまフェリア様にご報告致しましたわ」


 そう言ってフェリア公爵令嬢を見つめるアリスの瞳は、尊敬の念に溢れていた。







「ところで、殿下の想い人はどなたなのでしょうか? 婚約を破棄されたわたくし、そのぐらいの情報をお父様に提供できないと困ってしまいますわ?」


 そう頬に手を当て、こてりと首を傾げるフェリア公爵令嬢。その色気にアリスが「ほわぁぁぁあ!」と声にならない声をあげている。


「……君や君の派閥が彼女を害することがないと、誓うかい?」


「えぇ。わたくし、殿下のお幸せを心から祈っておりますから」


 そう微笑むフェリア公爵令嬢。アリスが小声で「わたくしはフェリア様の幸せを祈っておりますわぁぁぁ」と囁いている。信者だ。








「仕方ない。皆に紹介しよう……アリス!」


 満面の笑みでアリスに視線を向けた王太子殿下。フェリア公爵令嬢に夢中なアリスは気が付かず、男爵は顔を真っ青にしている。派閥のトップから婚約者の王太子を奪い取ったとなると、娘は大変まずいことをしたのではないか? そう焦っていると、アリスの友人の男爵令嬢がアリスの肩を叩き、アリスが自分に注目が集まっていることに気がついた。






「へ? わたくし? わたくし? へ?」


 完全に混乱してあるアリス。困ったように会場の中心に歩みを進める。しかし、手にはしっかりと通信機器を持ち、画角もバッチリだ。






「アリス。君を愛しているよ。婚約は破棄した。もう僕たちの間に障害はない。結婚してくれ」


 突然目の前に跪く王太子殿下。顔を真っ青にしたアリスは、フェリア公爵令嬢の方に助けを求める視線を向ける。フェリア公爵令嬢は、諦めなさいと言うかのように首を振った。


「ひぃっ………」


 声にならない令嬢らしからぬ悲鳴をあげたアリスは、その悲鳴を呑み込み、小声で「気持ち悪い」と呟いた。とても小さかったその声は、王太子殿下や周りに届かず、領内にだけ再生された。




「あの、その、わたくし、どなたかと、間違えてませんか?」




 声を絞り出して、そう答えたアリス。王太子殿下は微笑みを浮かべながら答えた。


「間違えてないよ。アリス。天真爛漫に笑顔を浮かべるアリス。僕たちが出会った日は、君は木に登って子猫を助けていたね。その君の笑顔に惚れたんだよ。そして、次の日、君はこっそりと残したミルクを子猫に与えていた。フェリアを柱の陰から見ているアリス。君のことをいつも見ていたよ」


 そう言われたアリスは、令嬢らしからぬ行動を怒られないかと領に繋いでいる通信機器をチラリと見た後、フェリア公爵令嬢に縋りついた。




「フェ、フェリア様! 違うんです! 決して、決してストーカーではないです、フェリア様の信奉者です! ファンクラブに所属しているんです! たまにお姿を見ていただけでして!!!」


「ふふふ。可愛い子。存じていてよ? たまにこちらを見ている小動物のような貴女を、わたくしも可愛らしく見ていたわ」


「フェリア様ぁぁぁぁ! 両思い! 推しと! 両思い!??」





 五体没地したアリスの手をとり、優しく微笑むフェリア公爵令嬢。アリスの頭にはもう、王太子殿下のことなどない。


「アリス……そんなに怯えて。かわいそうだね? 君は、僕と結ばれたい。そう思って、フェリアのことを見ていたんだよね? わかっているよ? フェリア愛用の香水の噂を聞きつけ、こっそり買いに行ったことも、フェリアのおすすめの小説が図書室から無くなる前に、すぐに読みに走っていたことも……僕の好みになろうとしていたんだよね?」




 フェリア信奉活動をバラされたアリスは、顔色を青く赤く変えている。ついでに王太子殿下のストーカー行為に引いている。フェリア公爵令嬢の微笑みに勇気をもらったアリスは、王太子殿下に向き直る。



「あの……たまに王太子殿下がわたくしに話しかけてきていたのは、派閥の関係であり、恐れ多くも友人とも言えない関係だと思っていたのですが……」


「ふふ、恥ずかしがり屋なアリス。そんな遠慮しなくていいよ?」



 遠慮なんてしてねー! 話が通じねー! そんな表情を思いっきり浮かべるアリス。父男爵はあわあわと手に汗握り、通信にかじりついている。



「え、恐れ多くも、わたくしが王太子殿下に懸想していると勘違いなさった理由は……なんでしょうか?」


「理由?」


 心底不思議そうな表情を浮かべた王太子殿下は、不安そうなアリスに笑顔を向けて答えた。


「僕を好きじゃない令嬢なんているの? それに、アリスはいつも笑顔で僕を見てくれたじゃないか!」







「社交辞令だ!」


 王太子殿下の言葉に、思わずと言った様子で、男爵は叫んだ。残念ながらなのか幸運なのかその声は、王太子殿下に届かなかった。


「領主様……やべえっすよ。この国の王太子」

「おいらたち、お嬢様と領主様をお守りするなら、絶対口を割らないんだ!」


 領民たちは一致団結した。







「わ、わたくし、その、」


 震えながら後ろに下がって、頭の中では不敬にならない言葉を必死に考えるアリス。その肩を優しく抱いたフェリア公爵令嬢は、微笑んだ。


「かわいいアリス。好きに言っていいわ。公爵家が保護すると誓うわ」


「……!」


 その言葉を受け、意を決した様子のアリスは、拳を握り言った。


「王太子殿下! 親交もないのに突然話しかけてずっと気持ち悪いと思っておりました! 生理的に無理です! 謹んでお断り申し上げます!」


「そ、そんな!? アリス。フェリアに言わされているんだろう? いいよ? 本当のことを言って。君の本心を聴かせて? 不敬は問わないよ?」


「ならば、遠慮なく! 気持ち悪いんだよ! このナルシスト! ずっとお前の影が、一日中わたくしに張り付いて報告あげていることも知っている! わたくしの入浴風景、着替えの風景を通信機器で見ていることも!!」


 アリスの発言に会場はざわつく。


「え、そんなことなさっていたの?」

「気持ち悪い……」

「淑女に対して……。紳士としての矜持はないのか!?」





「アリスはそんなこと言わない。僕のアリスはそんなこと言わない。僕のアリスを返せぇぇぇ!」


 暴れ出した王太子。身分の高い方の行動に、手をつけられない周りが困惑している。





 息を乱し、駆けつけた様子の国王陛下が、会場に現れた。陛下は頭を抱えて言う。


「……息子を幽閉せよ。息子は病に侵されているようだ。廃嫡し、王太子を第二王子とする……。フェリア公爵令嬢。王太子との婚約は継続しておるな? 第二王子と改めて婚約せよ」


「陛下。恐れ多くも、婚約破棄の手続きについては、すでに書類の提出を終え、貴族院と教会の承認を経ておりますわ」


「な、なんと!?」


「それにわたくし……」


 そう後ろを見たフェリア公爵令嬢の元に、留学にきている帝国の皇太子が現れる。


「ここは、私に任せてくれ。陛下。恐れ多くも、もしも婚約を破棄されるようなことがあったら、私にチャンスをと申し込んであったのです」


 そう手を取る皇太子とフェリア公爵令嬢の姿は、大変絵になり、アリスがはふはふ言いながら、どこから取り出したのかスケッチしていた。




 意気消沈した国王陛下が退出し、パーティーは中止され、皆が帰りの準備を始める。そんな中、フェリア公爵令嬢がアリスの耳元で囁いた。


「ありがとう。すべて、アリスのおかげよ?」

「いえ、フェリア様の御心のままに!」


 領内にのみ流れたその映像を見た男爵は、嬉しそうなアリスに事情聴取することを決心したのだった。





 ちなみに、貴族と国民の信頼を失った王国は、その後帝国に吸収され、新皇帝と皇后が素晴らしい治世を行ったとか。その皇后の横には、忠実で有能な筆頭侍女がいたという。

元王太子は本物のヤバい奴です

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