クリスマスと言えばビキニでしょ!
誰も見当たらない、真っ暗闇に包まれた海岸線。灯台が犯人を捜索する光をグルグル回しているだけで、辺りは上層部に押さえつけられたように静まり返っている。
「たっくん、まだかなぁ……?」
私は、彼氏である龍也、『たっくん』のことを独り身で待ちわびていた。もう、予定時刻からマイナス一分経っちゃってるんだけどなぁー……。五分前行動が基本だって、小学校時代に習わなかったのかな?
たっくんは、いっつも私をリードしてくれる。繁華街で大群にまみれちゃった時も、たまたま通りかかったたっくんが助けてくれた。ピンチになったら駆けつける、正義のヒーローみたいで……。こんな幻想、抱いちゃいけないってことくらいは分かってるけど。
何も変化してくれない風景を眺めていても仕方ないから、星空を見上げてみた。宝石が散りばめられた満天の星は、田舎特有のもの。寮に入ってからは、ビル街の灯りでかき消されちゃっている。
「……たっくんは、いつ来るのー!」
吹き抜ける風と一緒になって、願いを紙飛行機にした。たっくんの家とは逆方向だけど、思いが本物ならUターンしてくれるはずだよね、きっと。
生身の体に、腕時計。潮風で壊れたらどうするんだ、と怒られそうだけど、私が実費で買ったもの。個人の所有物を、他人にとやかく言われる筋合いはない。何でも、所有権を持っている方が強い。たっくんだって、私の領域は侵害できない。
全身にスカートを履いている錯覚に、現在進行形で襲われている。冷たい通り魔が隙間を目ざとく見つけては、肌から体温を奪っていく。折角食事で産んだ貴重なエネルギーが、自然現象に吸い取られる。利息を付けて返してくれないから、風は嫌いなんだよね……。
けたたましいベルが、ゴツゴツ岩が剝き出しになった砂浜に響いた。赤いランプが点滅せず、凶悪犯が逃げ込んできたのではないらしい。凶器がなくても、私には力不足で立ち向かえない。
チャリンコを漕いでやって来たのは、待ちに待ったサンタクロース。お金に換えられない、かけがえのない思いを運んできた赤い服の男の子。
「……たっくん!」
間違いない、たっくんだ。重装備で爆弾おにぎりになっちゃってはいるけど、紛れもなく私の心を射抜いた勇者だった。砂浜を自転車で縦断する無茶っぷりは、たっくんしかあり得ない。
「待たせた……のか、俺は?」
「そうだよ! もう約束の時間なんだから!」
「……おう……、一応時間通りなんだけど……」
教師界に蔓延る『暗黙の了解』にもめげないたっくんも、今日は歯切れが悪かった。昨日のお手製弁当に当たっちゃったのかな。賠償金、ハグで相殺してくれないかな。
腕時計に目をやると、短針と長針が丁度重なっていた。カレンダーの枠をまたいで、日付が変わったのだ。ネットの応募締め切りは、だいたいこの期間で切り替わる。深夜に小説を応募しようとして、時計が無残に『0時2分』を告げていた虚しさは共感してもらいたくない。
時間厳守は、当たり前。相手を待たせずに到着してなんぼの社会が、日本という社会。社会経験に疎い私ですら守ってるルールなんだから、たっくんは遅刻扱い。どうやら、厳しさを教えてあげないといけないのかな?
「……なあ、千保。……昨日の夜、チャットで俺が送ったの、覚えてるか……?」
「記憶力テスト? 私、まだボケる年齢じゃないよ?」
女子高生というレディに老化を疑うのは、ナンセンス。年齢……は学年でだいたいわかっちゃうからセーフ。乙女心は、マニュアルで制定出来ない繊細さがあるんだから! 心の中で叫んでも、たっくんには届かないだろうけど。
たっくんが昨日送ってくれたのは、『明日海岸で集合!』っていう元気なメッセージ。ロマンチックな雰囲気を感じ取って、はるばるこの格好で来たって言うのに……。たっくんの顔色はなんだか気まずそう。
メッセージの事を伝えたら、念押し口調で一言。
「……最後の一文、覚えてないか?」
「……『ビキニだったら尚よし!』っていうやつ?」
「……真に受けるとは思ってなかった……。何にも確認を取らなかった俺も悪かったけど……」
家にビキニの水着なんか無かったから、ハサミと白画用紙でせっせと製作してきたんだよ。恥ずかしくないように、広告の裏を使わなかったことを褒めてくれてもいいのに。
風で吹き飛ばないか心配してたけど、思ったより大丈夫だった。肌にフィットするように作ったから、走り回ってもずり落ちなかった。案外、紙って耐久力があるんだなぁ……。
「……なんで、紙製なんだよ……。水に濡れたら、どうするつもりだったんだよ……?」
「だって、『ビキニで来てほしい』ってたっくんが……」
「冗談だよ、冗談……。……とりあえず、これでも着て」
たっくんは、羽織ってたジャケットを手渡ししてくれた。体温が残ってて、まだ生温かかった。ジャケットって、洗って返せばいい……のかな? 教えて、検索エンジン先生!
私が身なりをあらかた整えると、たっくんが面と私に向き直ってた。下心が纏わりついてると胸とか股に視線が行きやすいけど、たっくんと私は目と目で通じ合ってた。赤い糸って、瞳で結ぶものだったんだ。手錠で手首を拘束されるのとは、訳が違った。
「……メリークリスマス、千保」
「私もだよ、たっくん」
真冬の寒さなんて、たっくんの大きな体格には勝てない。風が遮られて、私への攻撃も止んだ。頼もしすぎるよ……!
「……全く……。人の言う事、なんでもかんでも真に受け取るんじゃないぞ……?」
「……それでも、……たっくんの言うことだったから……」
「……それがいけないんだよ」
柔らかく、舌で転がすと程よく溶ける声使いだった。歩み寄ってきて、私の身体が丸ごと食べられた。
ビキニで防御の薄い私の体を抱くことに、レッドカードを出してもいい気もしたけど。
大好きな人からの抱擁の毛布にくるまれたような心地よさに、私はずっと浸っていた。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました!