表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

true177の短編小説10作詰め合わせ【4】

クリスマスと言えばビキニでしょ!

作者: true177

 誰も見当たらない、真っ暗闇に包まれた海岸線。灯台が犯人を捜索する光をグルグル回しているだけで、辺りは上層部に押さえつけられたように静まり返っている。


「たっくん、まだかなぁ……?」


 私は、彼氏である龍也たつや、『たっくん』のことを独り身で待ちわびていた。もう、予定時刻からマイナス一分経っちゃってるんだけどなぁー……。五分前行動が基本だって、小学校時代に習わなかったのかな?


 たっくんは、いっつも私をリードしてくれる。繁華街で大群にまみれちゃった時も、たまたま通りかかったたっくんが助けてくれた。ピンチになったら駆けつける、正義のヒーローみたいで……。こんな幻想、抱いちゃいけないってことくらいは分かってるけど。


 何も変化してくれない風景を眺めていても仕方ないから、星空を見上げてみた。宝石が散りばめられた満天の星は、田舎特有のもの。寮に入ってからは、ビル街の灯りでかき消されちゃっている。


「……たっくんは、いつ来るのー!」


 吹き抜ける風と一緒になって、願いを紙飛行機にした。たっくんの家とは逆方向だけど、思いが本物ならUターンしてくれるはずだよね、きっと。


 生身の体に、腕時計。潮風で壊れたらどうするんだ、と怒られそうだけど、私が実費で買ったもの。個人の所有物を、他人にとやかく言われる筋合いはない。何でも、所有権を持っている方が強い。たっくんだって、私の領域は侵害できない。


 全身にスカートを履いている錯覚に、現在進行形で襲われている。冷たい通り魔が隙間を目ざとく見つけては、肌から体温を奪っていく。折角食事で産んだ貴重なエネルギーが、自然現象に吸い取られる。利息を付けて返してくれないから、風は嫌いなんだよね……。


 けたたましいベルが、ゴツゴツ岩が剝き出しになった砂浜に響いた。赤いランプが点滅せず、凶悪犯が逃げ込んできたのではないらしい。凶器がなくても、私には力不足で立ち向かえない。


 チャリンコを漕いでやって来たのは、待ちに待ったサンタクロース。お金に換えられない、かけがえのない思いを運んできた赤い服の男の子。


「……たっくん!」


 間違いない、たっくんだ。重装備で爆弾おにぎりになっちゃってはいるけど、紛れもなく私の心を射抜いた勇者だった。砂浜を自転車で縦断する無茶っぷりは、たっくんしかあり得ない。


「待たせた……のか、俺は?」

「そうだよ! もう約束の時間なんだから!」

「……おう……、一応時間通りなんだけど……」


 教師界に蔓延る『暗黙の了解』にもめげないたっくんも、今日は歯切れが悪かった。昨日のお手製弁当に当たっちゃったのかな。賠償金、ハグで相殺してくれないかな。


 腕時計に目をやると、短針と長針が丁度重なっていた。カレンダーの枠をまたいで、日付が変わったのだ。ネットの応募締め切りは、だいたいこの期間で切り替わる。深夜に小説を応募しようとして、時計が無残に『0時2分』を告げていた虚しさは共感してもらいたくない。


 時間厳守は、当たり前。相手を待たせずに到着してなんぼの社会が、日本という社会。社会経験に疎い私ですら守ってるルールなんだから、たっくんは遅刻扱い。どうやら、厳しさを教えてあげないといけないのかな?


「……なあ、千保ちほ。……昨日の夜、チャットで俺が送ったの、覚えてるか……?」

「記憶力テスト? 私、まだボケる年齢じゃないよ?」


 女子高生というレディに老化を疑うのは、ナンセンス。年齢……は学年でだいたいわかっちゃうからセーフ。乙女心は、マニュアルで制定出来ない繊細さがあるんだから! 心の中で叫んでも、たっくんには届かないだろうけど。


 たっくんが昨日送ってくれたのは、『明日海岸で集合!』っていう元気なメッセージ。ロマンチックな雰囲気を感じ取って、はるばるこの格好で来たって言うのに……。たっくんの顔色はなんだか気まずそう。


 メッセージの事を伝えたら、念押し口調で一言。


「……最後の一文、覚えてないか?」

「……『ビキニだったら尚よし!』っていうやつ?」

「……真に受けるとは思ってなかった……。何にも確認を取らなかった俺も悪かったけど……」


 家にビキニの水着なんか無かったから、ハサミと白画用紙でせっせと製作してきたんだよ。恥ずかしくないように、広告の裏を使わなかったことを褒めてくれてもいいのに。


 風で吹き飛ばないか心配してたけど、思ったより大丈夫だった。肌にフィットするように作ったから、走り回ってもずり落ちなかった。案外、紙って耐久力があるんだなぁ……。


「……なんで、紙製なんだよ……。水に濡れたら、どうするつもりだったんだよ……?」

「だって、『ビキニで来てほしい』ってたっくんが……」

「冗談だよ、冗談……。……とりあえず、これでも着て」


 たっくんは、羽織ってたジャケットを手渡ししてくれた。体温が残ってて、まだ生温かかった。ジャケットって、洗って返せばいい……のかな? 教えて、検索エンジン先生!


 私が身なりをあらかた整えると、たっくんが面と私に向き直ってた。下心が纏わりついてると胸とか股に視線が行きやすいけど、たっくんと私は目と目で通じ合ってた。赤い糸って、瞳で結ぶものだったんだ。手錠で手首を拘束されるのとは、訳が違った。


「……メリークリスマス、千保」

「私もだよ、たっくん」


 真冬の寒さなんて、たっくんの大きな体格には勝てない。風が遮られて、私への攻撃も止んだ。頼もしすぎるよ……!


「……全く……。人の言う事、なんでもかんでも真に受け取るんじゃないぞ……?」

「……それでも、……たっくんの言うことだったから……」

「……それがいけないんだよ」


 柔らかく、舌で転がすと程よく溶ける声使いだった。歩み寄ってきて、私の身体が丸ごと食べられた。


 ビキニで防御の薄い私の体を抱くことに、レッドカードを出してもいい気もしたけど。


 大好きな人からの抱擁の毛布にくるまれたような心地よさに、私はずっと浸っていた。

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ