王族
なんでも事の起こりの原因は『塩』らしい。
ファムズの隣国に有名な塩湖があって、そこから流れる高濃度の塩水が領地にまで浸水し甚大な塩害が起こっているそうなのだ。
塩害は昔からの土地特有のもので、それが当たり前のことという認識が強く。
誰も解決策すら思いつこうとしなかったことで、今日に至るまで被害は広がっていないが解決もされていないという状況だった。
しかし被害があっても、ファムズ国にとって塩はとても重要なものだった。
ゆえに特出した問題というのは、その塩湖から精製した塩を特産物としている隣国ソルートとの外交問題なのだそうだ。
今と違って特に優遇されるような特産品が無かったファムズよりも、人々の生活に必要不可欠の塩の方が優先順位が高い。
だがお互い助け合おうの精神などソルートには全く無く。
まともに暮らしが成り立たない貧乏国に、昔からソルートは無理難題を言ってきたらしい。
近年では、カイトの母親が輿入れしてきたことが一番の問題だったそうだ。
「……私の母上は、ソルート王家の出身でね。父上が母上を花嫁として迎えたら、塩の取引をしてやると話を持ちかけられて政略結婚したらしい。元々この国は貧乏で、取引すら出来ない状態だったから私のお祖父様が大乗り気で結婚の話をまとめたそうなんだ」
取引内容を優遇してやる、ではなく取引自体を行ってやると横柄な態度で言われてもファムズ側としては平身低頭で喜んで受け入れるしかなかった。
……たとえ、ズタボロで痩せこけて枯れた枝のようなお姫様が嫁いできたとしても。
しかしカイトの父親は、そんな花嫁に庇護欲がわいた。
はた目から見ても恥ずかしいほどに溺愛したそうだ。
手ずから世話をし積極的に話しかけ、何も知らない花嫁の為に用意された礼儀作法や勉強などの授業は一緒に受けた。
食事も可能な限り一緒に食べて、国の仕事も比較的2人で行動し働いたのだそうだ。
貧しいながらもつつましく幸せな暮らしを送り、4人の子宝にも恵まれる。
王妃となった花嫁は、幸福に包まれて幸せで満ちあふれていた。
「待って」
「どうしたの?」
「オルちゃ……カイトのお母さんが王妃?」
「そうだよ」
「ならお父さんは国王…?」
「そうなるね」
「………………………………カイトって王子様だったのか!?」
「ファムズ国の第三王子、オルカイト=ファムズです」
ロイヤルスマイルが神々しすぎるせいで、真琴は無意識に再び土下座していた。
「やめて。マートにそんなことしてほしくない」
「いやいや……無礼を働いたら首をはねてもおかしくないお国だってあるでしょう?ましてや王族を助ける為とはいえ裸にひん剥いて敬語を使わず敬わずとか………………ハッキリ言わずとも死刑確定」
「する訳ないでしょう?私の命の恩人兼これから伴侶になる人に、処刑なんてするはずがないよ」
「恩人は否定しないけど伴侶は断固否定するからな?無い無い無い。ありえない」
「話を最後まで聞いてから判断すればいいから」
「それ絶対断れないやつ」
真琴のツッコミを横に置いて、カイトは話を続けた。
いわく、ソルート出身のファムズ王妃を通じて再び無理難題を押しつけられそうになっているそうだ。
なんでも王妃の異母弟にあたる現ソルート国王の娘、アサナシアとの縁談がカイトに持ち上がっているが。
ファムズ王家、特に王妃が断固拒否の意思を表面しているらしい。
当然だろう。
ただでさえ自身との結婚のせいで、忌まわしきソルートとの縁故関係が結ばれてしまったのだから。
家族に冷遇され虐待だって受けていた王妃にとって、ソルート王家とのこれ以上の深い繋がりは絶対にいらない。
絶対に阻止したい、という思いを夫である国王は尊重し縁談は断ることに決めたという。
だが丁重に断ったにも関わらず、アサナシアはすでにファムズへ向けて出発したというのだ。
縁談の申し入れの使者を派遣したそのすぐ後に、早々に出発したらしい。
「向こうは断らせる気ないんだね?」
「むしろ未だに無理難題を平然と受け入れて然りと思っているんだよ。ファムズが裕福な大国になったという事実を受け入れず、ソルート王家の言うことならなんでも聞き入れる小金を持った田舎者だと言い放つような連中だ」
「隣国なんだから情報はいくらでも入りそうなものじゃない?ファムズ側としては情報規制なんてする必要ないんだし」
「……国王一家も、その周りを固めている側近の連中も情報戦に力を入れていないらしい。取引相手の国に赴いた者たちが聞いた噂話程度のことを聞いて、確証も得ないままそのままを報告するということを繰り返してるそうだよ」
「わざとばら撒かれたウソ話かどうかとか、背後関係の裏づけとか……そんな細かいことも調べずに?」
「調べずに」
「鵜呑みにして?」
「聞いたありのままを報告してる」
「バカじゃないの?」
「あいつらは知らないんだよ……もっと事細かに情報収集してそれをまとめて自国に有益になったり不利益になったりする情報を報告するという考え自体が頭に無い。だから唯一の塩貿易すら陰りが出ているんだ」
塩湖のおかげというかそれのせいというか、領地で農作物は育たないし家畜も飼えない。
他にめぼしい特産品の元になる原料も育たないから、最低限の貿易にすがっている状態だというのに。
いくつかあった取引相手の一つから、もう取引はしないと直接言われるまでその予兆すら気づかなかったというのだから救いようがなかった。