傾国級の美女
とりあえず、皇太子夫妻はティスを思いきりかまい倒すことにしたらしい。
一緒に食事を摂って、父子は一緒にお風呂に入り家族4人で同じベッドで眠るそうだ。
今まで話せなかったことや、これからしなければならないことやしたいこと。
たくさん話し合うとオルフェウスとリリアーナは言った。
ティスは信じられないといったふうにしばらく放心していたが、しばらくすると嬉しさが抑えきれないのだと言わんばかりにじわじわと笑顔になっていく。
その幸せが溢れ出てきたような顔を見れただけで、関わってよかったと真琴は心底思った。
小さな子供が人に暴言を吐いたり、大好きな両親と離れ離れになって悲しんでいたり……我慢に我慢を重ねて爆発してしまった姿を見るのは心が痛む。
幸せを感じて生きていけるように、少しばかりでも手を貸すことでティスのことはなんとかなった。
幸先良いスタートが始まったと確信しながら、真琴は周りを見回して首をかしげる。
「そういえば、カイトはどうしたんですか?」
これだけ騒ぎになってるなら駆けつけてきても良さそうなものなのに、メイドや侍従の姿しか見えない。
「カイトは農地視察に出向いていて留守なんだ」
「あっ、そうなんですね。働き者だな〜…」
「朝食を食べ終えてからはしばらく書類仕事をしていたのだが、君が目覚める気配がないから昼過ぎには出かけていったよ」
「私と同じく徹夜したってのに、休むことなく働くとか……真面目に尊敬するけど心身が心配ではある」
「何かしていないと落ちつかないと仰っておられましたわ。……問題が山積みですし、片付けられることは片付けておくに限ると」
「自分の一生がかかってるもんなー。私もさっそく明日から計画を練ろう」
よく寝たおかげでもう夜だ。
夕食を食べたらどうせまた眠くなるに決まっている自身の体内時計の正確さを誇るべきか、もう少し融通きかせろと嘆くべきか悩ましいところだが。
ただでさえ異世界にやって来たというのに、ストレスを大して感じずよく食べてよく眠れたわが身を今は褒めてやりたい。
体調を万全に整えてから計画を練る、でなければ成功するものも成功しない。
「ただいま戻りました。……なにかありましたか?」
噂をすればなんとやら。
タイミングの神様に愛されているんじゃないかと思ってしまうほど、登場のタイミングが神がかっているカイトに「おかえり」と言う為に振り返ったーーーーーするとどうだろう。
振り返った先には、黒髪に蜂蜜色の瞳というカイトと同じ配色のとんでもない美女が立っていた。
適当に1つに結んでいた髪は、今では綺麗に緩く巻かれて調えられている。
元から白磁のように白く滑らかだった顔には薄く化粧がほどこされ、形の良い唇には鮮やかな紅がまるで花びらが風で舞い落ちてきたように塗られていた。
かなりの高身長だというのに、圧迫感を感じさせない優美さと清麗さが合わさった紛うことなき美女。
仕草や雰囲気すらも男と思わせないところは見事!と言うしかなかった。
「か、カイト…?」
「この姿で会うのは初めてね。あらためて、この姿の私はオルティーナと申します」
ドレスの裾を持ち上げて、優雅に一礼する様はまるで1枚の絵画。
下手な女より女らしい、どんな美女より美しい。
そんな男、カイトを前にして真琴は見事にくずおれた。
「マート!?」
「想像以上の美女ぶりやんけ…!!」
「え?」
「いや…いやいや、まさに絶世の美女!!数多の男共が膝をついて求婚しまくってもおかしくない美しさ!そりゃお母さん血迷うわ!!血迷って嫁がせたいって言うわ!!」
「マート落ちついて、人が見てる…」
「落ちつけ?落ちつけるかい!女神と見紛う最上級の美女が降臨してるんだぞ!?しかもそれが男…!ーーーーーこの世は理不尽に満ちているっ……」
あまりの事に、ついには力無くして真琴はその場に倒れた。
だが気絶してはいない。
自分よりもはるかに美しい『女』の姿をしたカイトの登場で、有り余る理不尽さを体感し立っていられなくなっただけである。
普通なら行儀の悪さとか色々と気づかうことができる真琴も、今ばかりは何もかもどうでもいいと思ってしまい人の目など気にしない。
カイトが声をかけ続けてやっと、ふらふらとしながらも起き上がった。
「大丈夫…?」
「……うん、大丈夫。平気、私は生きてる」
「いや今にも死にそうな顔色だけど」
「生きる!」
「そうしてもらわなきゃ困るから助かるよ」
このままふて寝したいところだが、もう夕食の時間だ。
食事を摂って明日以降のことを話し合って、それから思いきりふて寝をしよう。