親子
あれからティスに目配せして話を合わせてもらったりなんやかんやあって、誘拐犯の汚名は着せられずにすんだ。
これで一段落かと思ったのもつかの間。
メイドたちはティスを抱っこしたまま、カーレ城に帰ろうとしたのだ。
だけどそこは素直なティス。
あきらかに真琴に対する対応が失礼なメイドたちに不信感を抱き、火がついたように大泣きしたのだ。
泣き声を聞いたファーマ城のメイドが駆けつけてきたりして、大騒ぎになってしまう事態に。
しまいには王太子夫妻も駆けつけて、最愛の息子が大泣きしている光景を目の当たりにし廊下の気温が一気に10℃は下がった気がした。
泣きじゃくる我が子をカーレ城のメイドから奪い、何があったのか詳しく問いただす。
だけどカーレ城のメイドが口を開く前に、ティスは泣きじゃくりながらも真琴がメイドに説明した通りのことを父親に話した。
そして、親切にしてくれた人を突き飛ばしたり怒鳴ったりしたメイドたちが怖い、とハッキリ言ったのである。
気まずそうに視線を逸らすメイドたちを見る限り、ティスの言っていることは真実。
なにより、親しかったメイドたちの豹変ぶりが怖かっただろうに……泣きながらも必死になって真琴を庇っているのだ。
これで信じてやらなければ、親ではない。
皇太子夫妻は無言でうなずき合い、カーレ城のメイドたちにティスはこのままファーマ城に残ると宣言した。
『幼い我が子が両親と同じ場所で暮らすことに文句があるのか』の言葉と共に、去れと命じる。
悔しげに顔を歪めながら、一礼して命令通りにいなくなったメイドたちを見て。
ざまあみろ、と内心で舌を出しながら成り行きを見守っていると。
皇太子夫妻がティスを抱っこしたまま、真琴のところまでやって来た。
「あなたには重ね重ね、申し訳ないことだ」
「いえいえ。王太子殿下がきちんと対応してくださいましたから」
ティスからこうなったあらましを、さらに詳しく聞いたらしい。
いきなり突き飛ばされたことや、誘拐犯に間違われたこと。
なにより無礼すぎる発言をした息子を諭すばかりか、懇切丁寧に説明したことを特に謝罪し感謝された。
自分たちだけでは限界があったらしい。
こういうことは身内よりも赤の他人の第三者の方が話を聞いてもらいやすいことがあるし、元々ティスは素直な良い子だったことが幸いした。それになにより賢い。
同じ年頃の子供なら、集中力が続かないか暴れまわるか……とにかく話をするだけで一苦労だというのに。
「なんにせよ、仲の良い親子が一緒にいられるようになって良かったです」
「そのことについても、お礼を申し上げますわ。……お恥ずかしながら、わたくしの両親がオルティスを離さなかったものですから…最近ではなかなか会えなかったのです。我が子だというのに」
「それを言うなら、父上たちの方が拘束時間が長かったぞ?宰相たちはそれに便乗していたに過ぎない。……すまない、頼りない夫で」
「オルフェウス様は悪くありません!わたくしがもっと気丈に振る舞えればよかったのです。両親がなんと言おうと、両陛下がなんと仰られようと……オルティスを、手元に置いて離さなければよかったのです……っ」
母親として、不甲斐なさを感じていたのかもしれない。
忙しさにかまけて子供に構ってあげられなかった、そのせいで身内の諍いが起こり夫に要らぬ心痛を与えてしまった。
妻としても至らないと、ずっと自分を責めていたのかもしれない。
人生には問題がつきもので、思うようにはいかないことばかりだ。
それでもリリアーナは妻として母親として、よくやっていると会って間もない真琴ですら思っているから。
身近な家族である2人が、真琴と同じことを考えないはずがなくて。
「そなたはよくやってくれている。至らぬばかりの私を賢明に支え、オルティスやオルトムの面倒も率先してやっているだろう?もうあちらがなんと言ってこようとも、オルティスは私たちの側に留めおく。家族の時間を邪魔させたりはしない」
「……ボク、父上たちのお仕事のお邪魔になりませんか?」
「誰かに邪魔になると言われたのか?」
間髪入れずに返答した父親に、ティスが目をまん丸にして驚いていると。
みるみるうちに沈んだ表情になり、か細い声で「おじい様たちが……」と言った。
カイトのことだけでなく、両親のことについても要らぬ世話を焼いたらしい。
これぞまさしく余計なお世話というやつで。
それを体現するように、オルフェウスは憤怒を抑えきれないようなものすごい顔になり。
ティスが顔を上げると、輝かしい黄金の笑顔を見せるという超絶技巧を披露したのだった。