世間知らずの王子様
あれからお言葉に甘えて、真琴は用意された客室に通されひと眠りすることにした。
夜ふかしと情報詰め込み、それに美形に囲まれたことでだいぶエネルギーを消費したようで。
天蓋付きふかふかベッドに横になると、死んだように眠ってしまったのでやはり体力が無いと人はただただ辛いということがわかる。少しだけ運動頑張ろう。
ーーーーーー夢も見ずにぐっすり眠り、頭が重いと感じながらうっすらと目を開ける。
まだまだ寝足りないと思っても、さすがに寝すぎたかとしぶしぶ起きあがると……。
ベッドの端に、フグ……もとい。フグのように両頬を膨らませた男の子が立っていた。
態度と表情からして、どうやら怒っているらしい。
年齢、性別、服装、外見的特徴をすべて踏まえた上での結論。
「ようやく起きたか、このワルモノめ!」
皇太子殿下の第一子様で間違いなし。
父親であるオルフェウスの黄金の髪と同じ色で、母親の空色のような青い瞳を受け継いだ王子様。
なぜこんなところに?と疑問に思っていれば、聞いてもいないのに王子様が勝手に喋りだした。
「お前、おじ上のワルモノ仲間なんだろ!?メイドたちが話していたんだからな!」
どうやらこの王子様は、メイドの噂話を耳にしたらしい。
カーレ城のかファーマ城のかはわからないが、午前中のうちには真琴の存在が広まっていると考えてもおかしくない。
したがって、騒動の根源たる親玉に真琴の存在が知られていてもおかしくないわけだ。
謁見しろと命令されたら、宙ぶらりん状態の真琴では拒否することは出来ない。
カイトたちにしても、仮にも父親であり国王の命令に背くことは出来ないだろう。
もう少し時間がほしいところだが、とりあえず。
なぜか真琴に対して怒りをあらわにしている、フグ太郎の相手をすることにした。
「お前さんは身内のことをワルモノと言っているのか?」
「おばあ様を悲しませるワルモノだ!」
「ふーん…」
なるほど言い得て妙。
言うことを聞かないワルモノではなく、悲しませているというところが実に人情味があって子供ながら涙ぐましい思いやりだ。
しかし話を聞く限りでは、王太子夫妻は子供に聞かせる話じゃないと詳しい事情を話していないらしい。
それは当然とも言えた。目の前の子供はあまりにも幼すぎるからだ。
だがそれが思わぬ弊害を生む。
甘やかしてくれる大好きな人たちに話を聞かされるだけ聞かされ、他には情報が入っていないのだから。
カイト側の人間が、一方的に悪にされてしまうのも無理はない。
だからといって、初対面の相手に悪口雑言をまき散らしていいはずがなく。
そこは1人の大人として、きちんと話さなければならないことだった。
「なら、私にとってはお前さんのおばあ様とやらが『ワルモノ』だな」
「なんだと!?」
「私の大切な人を悲しませるばかりか、この国を大変な目に合わせようとしている。最悪な人だ」
「おばあ様はこの国のためにおじ上に花嫁になってほしいって言ってた!なのに無理だって、正しいことのはずなのに!」
「それは正しいことでもなんでもない。むちゃくちゃなことを言ってる自覚はあるか?」
「おじい様とおばあ様の言うことは正しいんだ!」
「お前さんが自分自身で考えることを拒否しているだけだろう」
周りの大人たちに話を吹き込まれて、振り回されている憐れな子供。
なぜ?どうして?という疑問を答えてくれる人が、とんでもない大人だったというだけ。
一番甘えたい相手がとても忙しく、子供にかまってやれず会話をしてやれなかっただけ。
ただそれだけのことが、目の前の子供をひどく歪ませてしまった。
真琴は深いため息を一つはくと、子供のわきの下に手を入れてベッドの上に持ち上げた。
いきなりのことで相手はひどく喚いたが、真剣な表情で自身をまっすぐ見つめる真琴を見てたじろぐぎながらも大人しくなる。
2人は向かい合わせに座ると、真琴が先に口を開いた。
「まずは、お前さんの名前から聞こうか。私はマートです、あなたのお名前は?」
「……オルティス」
「ならティスって呼ぶわ。そっちもマートって呼べよ?名乗ったんだから」
「馴れなれしくボクの名前をっ…」
「ティスの結婚したい相手って女の子?」
いきなりの呼び捨てに、さらには結婚相手のことまで質問されてオルティスは宇宙を背負った。
訳がわからないよ、である。
ただ、真琴が真剣に聞いているのが見てわかるので。
恐る恐るではあるが、オルティスはか細く「女の子がいい…」と答えた。
「ティスのおばあ様が望んでるカイトの結婚相手の王様も、女の子が好きなんだよ。男とは結婚したくないんだ」
「でも!魔法薬、を飲めばおじ上は女の子になれるんでしょ?」
「なれるけど、過去まで変えられるわけじゃない。マリオンは自分たちと繋がる相手のことを、徹底的に調べるはずだ。だからカイトが女になったとしても、男だった過去が消せるはずがない。それは必ずマリオンに伝わる、そうしたらどうなると思う?」
「えっ、と……」
「女と信じて結婚したのに、相手が男だった。……結婚相手が男だという事実が、相手に知られてしまったら」
「怒る?」
「怒るだけならマシ」
国同士の信用問題に発展する。
戦争まではいかないとしても、ファムズの作物や畜産物全てに対する信用がガタ落ちするだろう。
長い年月をかけてここまでにしたというのに、あろうことか一国を相手に最悪な形で騙したのだ。
いくら品質の良い物を作っているとはいえ、それだけで正規の値段で買わなくなってしまう。
買い叩かれて、流通が滞り、ファムズに必要な品物が入ってこなくなる。また貧乏な国に逆戻りだ。
そして、せっかくの塩取引も話すら無かったことになる。
ソルートとの悪縁の復活。
それだけは絶対に避ける為に、オルティスの両親や兄弟たちは協力しあって頑張っているんだと伝えた。
「あらかじめ、マリオンの王様がカイトを男と知った上で結婚すると言ってくれたなら良いんだが…そうじゃない。嘘をついて花嫁になれと言っているんだよ、ティスのおばあ様は」
「ウソ……」
「ファムズがもうこれ以上どうしようもないほど追いつめられていて、どうしても結婚という形でしか救えないという状況ならまだ話はわかるけど…そうじゃない。みんなで知恵を絞って考えて、この国をより良いものにしようと頑張ってるんだ。ーーーーーここまでの説明で、わからないところはあった?」
オルティスは無言で首を左右に振った。
さすがに衝撃的だったようで、うつ向いたまま少しも動かない。
しだいにしゃくり上げる声が聞こえてきたので、泣いているのだとすぐにわかった。
「ぼく、ぼくっ……!」
「うん」
「おじ上っ、おじ上にっ……ひどいこと言っちゃった〜!!」
鼓膜が破れるんじゃないかと思うほどの大声量で、ティスがわんわんと泣き出した。
この様子から察するに、元は素直で良い子なんだろう。
ただ、両親が自分に構ってくれないのが寂しくて…。
それなのにカイトのことで一生懸命になっているんだという現実に、おそらく無意識のうちに嫉妬したのもあったのだ。
だから甘やかしてくれた祖父母が、言うことを聞かないカイトのことをあれこれ言っているのを聞いて助長してしまったんだろう。
素直な子だからこその発言と行動だったわけである。
ずっと泣き続けて疲れたのか、泣き声が少し小さくなる。
それでも嗚咽は止まらないので、近くの棚に置かれていたタオルのような布を取ってティスの顔を拭いてあげた。
「ティスは賢い子だね。普通は一度説明されただけじゃ、すぐには理解しないよ?理解しても認めないやつもいるし」
「……だって、つじつま?が合うって言うんでしょう?」
「ふっ、そうだね。辻褄が合うんだ。それに、どちらも国や家族のことを思ってやろうとしていることだから、どちらが1番良い選択になるかも考えないといけない」
「でも、おばあ様のお考えはキケンだって……今のボクならわかるよ。全部、無くしちゃう可能性があるんだよね?」
「うん。余所者の私ですらわかる事実だよ。それにマリオンの情報収集係が凄かったら、カイトが男である上で結婚させようとしているって話を聞いててもおかしくないからな。でもそれは、まだ根拠の無い話で済む」
「こんきょ?」
「嘘か真実か、確かめようが無いってこと。相手方にカイトが男だという事実は知られているだろうから、ティスのおばあ様が直接マリオンの特使に結婚の話を持ちかけなければなんとかなる」
「……でも、おばあ様なら言っちゃうと思う」
さっきまではあんなに祖母の味方をしていた子供が、今はもうどうやって祖母の目論見を阻止すればいいか考えている。
かなりの成長ぶりに、真琴は目頭が熱くなった。
モジモジしながら「どうしよう」や「どこにいるかな……」と呟きはじめたティスを見て、どうしたんだと声をかける。
すると、おじ上に会いたいと言ってきた。謝りたいからと。
今までさんざん酷いことを言ってきたのを自覚したので、これ以上長引かせずに謝りたいのだそうだ。
ずっと眠っていたからカイトの居場所はわからないが、誰かに聞いたらわかるだろう。
一緒についてきてほしいとお願いするティスに、こころよく一緒に行こうと言ったのだった。