移動
カイトの新たな闇が垣間見えた瞬間だった。
自嘲気味に笑う姿はあまりにも痛々しくて、下手に口を挟めずにいると。
どうということはないんだと、平坦な声音で言った。
「あの子たちの両親が揃って仕事が忙しいから、自然と祖父母が一番甥っ子たちと過ごすことになる。すると出来上がるのは「自分たちの両親の地位を脅かす酷い叔父」の存在が吹き込まれた甥たちだ」
「うわ〜…」
「ある日突然、出会い頭に「さっさとこの国から出ていけ!!」と言われた叔父がこの私……」
「誰も止めなかったの!?というか叱らないんかい」
「王太子の兄上の耳には当然入ったよね。ものすごく怒られたそうだよ、久々に会えた両親に揃って。……それに比例していつも構ってくれる祖父母が慰めて優しくして甘やかして……どうなると思う?」
「叔父嫌いどころか叔父憎いが加速するわなー、下手したら両親すら嫌いってなるんじゃね?」
「すでになりかけてるかもしれない、私のせいで」
「それは違うだろ」
洗脳という教育を施しているやつらが一番たちが悪い。
幼い子供に真っ向から「お前なんていらない」と言われたら、心が折れてしまうだろう。
味方が1人もいない状態で、そんなことを言われてしまったら。
カイトは素直に女になって、嫁入りしていたかもしれない。
本当に追いつめられているんだと思わせる話だ。
その甥もいずれどうにかしたいところだろうが、いかんせん今はまず。
国王夫妻と宰相の邪魔を阻止しつつ、マリオンとの取引を成功させソルートの姫に縁談を諦めさせること。
(………………やること多いな)
「話はわかった。じゃあまず、ここからどうやってファムズに向かう?なんか移動手段はないかな」
夢中で話し込んでしまったおかげで、すっかり夜が明けていた。
ほら穴の外に目を向けると、眩しい朝日が差し込んでいてやけに綺麗に見える。
外に出て朝イチの新鮮な空気を吸おうかなと、移動とはなんら関係ないことを考えていると。
どこからかとてつもない地響きが聞こえてきた。
「なんだ!?」
「大丈夫。あの子が私を迎えに来ただけだから、危険はないよ」
「あの子って誰」
「私の移動手段」
……すると、ほら穴から見えるはるか彼方の森の中から白い塊が2人の元へ向かって来るのが見えた。
だんだんと姿がハッキリしてくると、その白い何かがなんなのかわかってしまう。
勢いよく走ってきたのでそのまま壁にぶつかるんじゃないかと心配したが、やって来たソレはきちんとカイトの前で急停止した。
そしてお行儀よくおすわりする。
全速力で走って来たので呼吸は荒く、口を開いて赤い舌すら出しているがぐったりしているわけではないらしい。
キラキラ輝いているようにすら見える黒い宝石のような瞳が笑顔を見せるカイトに向けられると、キャンキャンと高い声で鳴きだした。
「犬じゃん!!しかも大型犬とかそういうレベルの話じゃなくて、小型犬の姿形そのままで3メートル超えはしてそうな生き物じゃん!!!」
「可愛いでしょう?」
「めっちゃくちゃ可愛い!!パピヨンだパピヨン!!」
王族専用の乗り物として重宝されている『ドッグナー・フェアリー』という種類だそうだ。
ドッグナー・フェアリーの子犬サイズは真琴の世界でいうなら成犬のサイズで、大人になると3メートル以上になる。
生態はほとんど犬と一緒で、背中に乗って移動も出来れば荷物運びも出来る。
ボール遊びや木の棒を噛むことが好きで、パートナーと定めた人間の言うことは絶対服従という。
カイトの愛犬、プリッセ(メス)というらしい。
名前を呼ばれて嬉しそうにシッポを振る姿に、真琴はわかりやすく悶絶した。
「可愛い…!!なんかもう、この子の存在で全てが癒やされる。空腹も寝不足も酷い疲れも全てが溶ける!!」
「とはいえ、そろそろ限界だろうから急いでファムズに帰ろう。城に着いたらすぐに食事やお風呂の支度をさせるから」
「カイトの家って離城って言うんだっけ?」
「ファーマ城って言うんだ。父上たちが住んでいるのがカーレ城。城は2つ並びで建てられていて、渡り廊下で繋がっているんだ」
出入り口すら別々で、渡り廊下でしか行き来出来ないように高い壁で2つの城を隔てているというのだからよほどのことである。
カイトの甥たちはしょっちゅう渡り廊下からカーレ城に行って、祖父母に構ってもらっているそうだ。
王太子夫妻が制限をかけても関係なく、ファーマ城には帰ってこないことも多いので余計に親子の交流は難しいらしい。
いっそ完全に渡り廊下を封鎖してしまえ、と真琴は言いたがったがそれは根本的な解決にはならないと思い口をつぐむ。
なにはともあれ。
ようやく生活水準が大幅に上がる場所に向かえる。
問題は山積みだが、とりあえずは基盤を整えてから解決すればいい。
カイトに手を引かれ、プリッセの背に乗った真琴はこれからの生活に思いを馳せるのだった。