派閥
2人はさんざん話し合った。
まず大前提で、カイトは真琴が手助けしてくれるものと信じている。
行くあてが無い以上、真琴はカイトについて行くしかない。
衣食住を保証してもらうなら、手助けくらいはしなければならないだろうと真琴が考えてることを見抜いているからだ。
子供の頃と今回の介抱の件で恩返しを望むところだが、催促はしたくなかった。
褒美目当てで助けたわけではないからだ。
だが綺麗事ばかり言っていられない状況ではある。
なので命の恩人というステータスはバッチリ利用しつつ、カイトのところに転がり込むという方法を取らざるをえなかった。
さすがに大事な子供の命を2度も助けた者を、むざむざ追い出すような真似はしないだろう。
そこでカイトが「何度も命を助けてくれたマートの伴侶になりたい」と家族に懇願する。家臣たちの前でも宣言するのだ。
今のところカイトを嫁に出す派は4割、王にしたい派が3割、中立派が3割といったところらしい。
少々不利ではあるが、兄たちが全面的に味方になってくれているらしく。
綿密に話し合い打ち合わせれば、カイトを王にせずマリオンに嫁に出さずソルートとの縁談も完全に破棄出来る。
……そう上手くいけばいいが、なんにせよなんのしがらみが無い真琴の存在がキーパーソンであることは間違いない。
再会出来た友の為に、そして王族保証の衣食住の為に。
真琴はカイトの仮初めの婚約者になることを決めた。…………男として。
「ここで話し合えて本当に良かった。城に帰ったら、詳しい事情を話すことも伴侶の話も出来なかっただろうし」
「誰が聞いてるかわかったもんじゃないしな」
「城に帰ったら、まずは兄上たちに会おう。事情を話しておかないと……」
「お兄さんたち以外は信用出来ないって認識でいいの?」
「……うん、そうだね。兄たちには妻と婚約者がいるけど、その人たちも背後関係を考えたら事情を話すのは得策じゃない」
「これ以上の問題はお腹いっぱいだよ、なんて言う隙も与えないな。親だけじゃなくて親戚まで複雑なのか?」
「わが国が元々豊かな国だったら、こんなに複雑な身内は生まれなかったよ」
なんでも、兄たちの伴侶はどちらも本人は良い人らしい。
優しく賢く慈悲深く。それでいて王太子や第二王子を支え、国の発展の為に互いに切磋琢磨して協力しあっているそうだ。
それだけ聞けばお兄さんたちは良い伴侶に恵まれて良かったね、で終わるのだが。親戚関係がまずかった。
まず王太子妃の方の両親。
これはカイトを排除したい派筆頭であり、あわよくば現在カイトが拝命している農業関連の事業を自分たちで受け持ちたいと考えている。
農業はファムズの主力だ。
その事業を受け持つということは、国のほとんどを掌握するのも同じことだった。
悪く言えば国の乗っ取りと言われてもおかしくない。
そして第二王子妃の方は両親は、善人そのものであるらしい。
娘の幸せを第一に考えると同時に、ファムズ王家に忠誠を誓う素晴らしい人格者。
だが、1人息子の教育だけは怠ってしまった。
王子妃の兄であるということをカサに来て、ファムズの高品質な農作物を無理やり献上させて高値で売りつけ私腹を肥やしているらしい。
止めさせたいが、相手が勝手に献上するのだから好意を無下には出来ないと言われてしまいどうすることも出来なかった。
それに決定的な証拠を見つける為の人員も割けないそうだ。
なぜなら、外交の為に人手を外国に向かわせ情報収集や農産物の普及に努めることに力を注いでいるからである。
あまりの人手不足ゆえに、もっぱら第二王子と婚約者が行商に付いて諸外国を巡り回っているほどなのだ。
そのろくでもない兄の話に、真琴は分かりやすく憤慨した。
「……妹が王子妃として外国で仕事を頑張ってる時に、兄は国民を恐喝して手に入れた物で私腹を肥やす?死刑にすれば?」
「待って。私も気持ちは同じだけど、証拠を手に入れる為に人手も時間も割けないの。それに中途半端な調べをして糾弾したとして、もし失敗したら王太子妃の親が変に介入してきてそれこそこちらが追いつめられる」
「そのバカ兄を助けてカイトの力を削ぎ、花嫁になる件を了承させるって?」
「可能性は高い。なにせ未来の国王の義父になれるかどうかの瀬戸際だから。……貧乏国だったファムズにずっと住み続けてくれた忠臣の一族でもあるんだ、それがこんなに豊かな国になって大きな夢を見ているんだと思う」
由緒正しい貴族の家柄だとは言っても、貧乏な国に住んでいたら金も無ければ権威を振るう為の力も無い。
王太子妃の実家も第二王子妃の実家も、それこそ庶民と似たような暮らしを強いられてきたのだ。
それが立派な屋敷を構えられるようになり、上等な身なりで姿を整え王家の忠臣として富や地位や権力を手にした。
そこへ自分の娘が妹が、王家に嫁ぎさらなる高みへ進むことが許される立場になったのである。
もっともっとと願ってしまうのは、致し方ないことではあった。
「ちなみに王太子妃の義姉上はフランティーヌ・ガベージ、王子妃の義姉上はリリアナ・メランザーナって言うんだ。ガベージ家は宰相を務めていて、メランザーナ家は大臣を務めている」
「大物すぎるわ下手にどうこう出来ない立場の人たちじゃん」
「1番目の兄上は王太子兼、国王補佐で2番目の兄上は外務大臣。それで私は農務大臣」
「あー………………本当に失礼なこと言うわ。本気で仕事任せられる人材がいないんだな、王族が大臣やらなきゃいけない程に」
「そこは私や兄上の能力が優れているからだと思ってほしかったな〜」
「普通ならそう思うところだけど、でも宰相さんはカイトを他国に嫁がせたいんだろ?なら自分の意見に賛同する力ある貴族を大臣にするように、国王に進言するはずだ。だって国王は宰相と同じ考えなんだから、反対するはずがない」
嫁がせたい派、嫁がせたくない派。
どちらも味方を増やしたいが、そもそもが最低限の人手しか王宮で働いていないのだから敵も味方もあったものじゃない。
ではあれこれさわいでいるのは誰かと言えば、メイドや侍従を含めた貴族ではない城で働く者たちなのである。
身分の上下こそ存在するが、今のように立派な国になるまではそれこそ親しく、悪く言えば気安く接していたこともあって。
身分上下の隔てなく、実にアットホームな人間関係が構築されていた。
しかしそれは国王夫妻と時代を同じく生きていた古参の連中のみで、若者を中心とした勢力はカイトが嫁げば色々とこの国は終わると理解している。
ただいま城内は本城と離城に完全に別れており、国を動かしている政の中心は立役者であるカイトが住まう離城が主な場所になっていた。