始まりは友の駆け落ち
「イケメンが死ぬんじゃない!!!!」
森の中の川辺に倒れていたすこぶる美形の男に、芦原真琴は手を差しのべながらそう叫んだ。
事の起こりは、ギリギリ午前の時間帯までさかのぼる。
一般企業で働いている社会人だが未だに実家暮らしの真琴は、仕事が無い土曜の朝ということもあってゆっくり二度寝を堪能していた。
そして母親が用意してくれた少し遅めの朝食を食べる為に、怠い体を起き上がらせていた時のことだ。本当にいきなりの出来事だった。
玄関から大きな声で『芦原さん!!』と呼ぶ女の声が聞こえ、母が相手を確認する為に扉を開けたのが運の尽き。
それは恐ろしい形相の女が、住人の許可も得ずズカズカと上がり込んだのだ。
住居侵入罪で訴えることが出来るぞこのやろう。
その不法侵入者の正体は、近所に住んでいる真琴の男友達の母親だった。
常日頃から性格がキツイというか他人のことをまともに褒められないというか、子供に悪影響しか与えない噂話に花を咲かせるのが得意というか。
つまり積極的に関わりたいとは思えないような人が、なぜ人様の家に勝手に上がり込んだばかりか富士山の噴火並みに怒っているのか。
聞いてもいないのに、相手は勝手に喋りだした。
なんでも息子が金持ちの娘の逆玉の輿に乗って、今日は結納の日なんだそうだ。
だというのにいつまで経っても部屋から出て来ないから、まだ寝ているんだろうと起こしに行くと部屋の中はもぬけの殻だった。
部屋には手紙があって『マコトと駆け落ちする、捜さないでください』と書き置きが残されていたそうだ。
この界隈で【マコト】と言えば自分しかいないと当たりをつけて、わざわざ乗りこんできたというわけだった。
……ろくに事実確認もせずに赤の他人様の家に押し込んできて、半狂乱で怒鳴るわ暴言を吐きまくりだわで。
自室でゆっくりしていた真琴の父も慌てて駆けつけてきて。
両親そろって友達の母親に落ち着けと声をかけながら、もう少し詳しく事情を聞きだそうとした。
その間にも母親は『息子を返せ』だの『あんたみたいなパッとしないブスがなんであの子を誑かせたんだ』だの……。
頭に血が上っているとしか思えない暴言ばかりを吐き連ねるので、ーーーーー娘をバカにされた両親がさすがにキレた。
まず真琴に詰め寄っていたのを距離を取らせる。
そして両親2人に阻まれた母親が少し怯んだところで。
真琴が自他ともに認める男っ気無し成人済み女ということを基本情報として教えたのを皮切りに、高らかにこう言った。
『いまだに実家暮らしで、交際経験すら一度も無く休みの日にはダラダラと寝て過ごすような子なんだ!!』と、わかりやすく説明し始める。
真琴の友達、譲というのだがその彼ともまるで男友達のような付き合いしかしていない。
『酒を飲み交わしては女のくせに大口開けてゲラゲラ笑いながら下ネタを連発し、譲が下ネタに恥ずかしがりながらも丁寧に介抱してくれるまでが定番の流れになっているんだぞ!?』と。
酔った勢いで譲に膝枕をねだり、もう一人の男友達に頭を叩かれるまでがワンセット。
『そんなどこに出しても恥ずかしい娘が、お宅の息子と駆け落ちなんて情熱的な行動をする訳が無いだろう!!』
………………そう高らかに説明した両親の言葉に説得力はあったが、真琴の女としてのあれこれは全て死んだ。