53話.洗脳
とある古城。
その地下室には、牢屋があった。
そこに、2人の男が幽閉されていた。
1人は、黒の装束を身にまとい、両耳に金色の十字架のピアスをした男だ。
全身を黒で包んだその姿は、見た人に死神の姿を連想させる。
名をタナトス・アルティミスといった。
もう1人は、タナトスとは対照的に、純白のコートで身を包んでいた。そのコートはとある貴族家の紋章が金箔で刻まれている。
名をモア・アウグスモンドといった。
2人は、最高位ランクの冒険者であり、王国の王女、ルナが創った組織、自由の騎士団に所属する男たちだ。
2人は10000の兵を引き連れ、この古城に集まった魔獣四王を討伐すべく、奇襲を仕掛けた。
だが、その魔獣四王の一角、蜘蛛の王・真蜘羅に敗北し、この地下牢に幽閉されている。
これが、今までの経緯だ。
鎖に縛られ、脱出は不可能。
だが、命を取られていないだけでも幸運と言えるだろう。
正直なぜそうしないのか、モアには理解できなかったが。
すでに閉じ込められてから1週間くらい経過している。
与えられる食事は、思いの外ちゃんとしたもので(むしろうまい)、そこまで苦痛ではない。
もっとも魔獣などに監禁されているこの状況は、屈辱以外の何者でもないとモアは感じていたが。
ふいに、足音が聞こえた。
この牢は地下にあり、足音が反響で大きく聞こえる。
誰か来たらすぐに分かるのだ。
何ごとかと思う。
いつもの食事とは、時間帯が違う。
「ここに閉じ込めてるわけね。変なことしてないでしょうね」
聞き覚えのない声が聞こえる。
「人聞き悪いなぁ。最低限の拘束はしてるけど、それ以外は、何もしてへんって。セレちゃんの意向もちゃんと理解してるから安心してや」
「そ、それは本当です。彼らの扱いは私に一任されてますから。問題ないはずです」
次に聞こえた2人の声には、聞き覚えがあった。自分たちを負かした憎き蜘蛛の王と、その従者の声だ。
「まー死んでなきゃ大丈夫でしょ。その辺は信頼してるよー」
「まぁ、セレーネがそういうならいいけど」
再び知らない声。
だが、セレーネという名には、聞き覚えがあった。
魔獣四王の一角、スライム王セレーネ。
魔獣四王の中でもフェルミナの次に穏健派との噂だ。
だが、怒らせれば手がつけられないとの声もある。大物登場の予感に身構える。
魔獣四王が来たということは、俺たちは処刑されるのだろうか。
モアは覚悟を決める。
貴族信者である彼にとって、今回の貴族の命を遂行できなかったことが唯一の心残りだった。
だが、それ以外生に未練などない。
ふと、隣の男はどうなのかと視線を向ける。
タナトス・アルティミス。
重度の戦闘狂で、魔獣狩りが趣味などという変態だが、その魔獣に殺される心境はどうなのだろうか、と少しだけ興味が湧いた。
だが、それを尋ねるより早く魔獣四王たちは、この部屋に到着したようだ。
「へー、あれがリアと同じ」
「結構強そうだな。マクラが苦戦するほどってのがよくわかんないけどな。にしし」
「しゃーないやろ。バフかけまくっててめっちゃ面倒やったんやから」
「なんにしても、そのレベルを7人も集めてるなんて、さすがルナだねー」
そこに来た4人。
いや、4匹こそ、魔獣四王だ。
全員人化の魔法がかかっていても、その圧倒的存在感ですぐに分かる。
しかも、その魔獣四王の右腕たちも全員来ているようだ。
全員で来たことにさすがのモアも驚く。
右から数えてS、S、Sランクオーバー、Sランクオーバー、S、Sランクオーバー、不明、Sランクオーバーの魔獣達だ。
こうしてみると、壮観とも言える。
迫力がやばい。
同時に金額的にもエグいなと思ってしまう。
名のある魔獣を討伐すると、ランクごとに報奨金が出るのだが、
全員討伐すれば、一体いくらもらえるのやら。
こんな窮地でも無意識に金額換算してしまうあたり、冒険者の悪癖が身に染みてるなと思う。
「へー、わざわざお揃いで何の用?」
最初に口を開いたのは、タナトスだった。
こんな状況にも関わらず、不敵に笑うその変態的な豪胆さが今では少し頼もしい。
「君がタナトス君だね」
水色の髪の少女が言う。
表向きは、普通の少女にしか見えないが、内なる魔力を感じ取ってみれば、底がしれない。
まるで巨大な海原に自分1人がポツリと浮いているような感覚を覚える。
無意識に体が身震いしているのがわかった。
間違いなくこの少女が魔獣四王の1人、先の声の主、
スライム王セレーネだろう。
「だったら何?」
「いや?普通に興味があっただけさ。マクラと互角の戦いをしたその実力。マクラを出し抜いた精神力
。どれもすごいことだよ。脅威と言ってもいいほどだ」
「ちょっとセレちゃん。我のこと咬ませみたいに言わんといてや」
マクラが言う。
「あっそ。上から目線でどうも。できれば、俺の武器の中のやつも褒めてやってくれない?」
セレーネが放つこの圧倒的な魔力と威圧の前でも軽口を叩けるのは流石だなと感心してしまう。
もっとも、モアの魔力感知は、普通の人間ではできないレア魔法だ。
タナトスも彼の持つ超感覚によって、肌で魔力を感じることはできるが、魔力を直接感知できるわけではない。
なので、感覚は違うのかもしれない。
まぁ、魔力感知ができなくても、その圧倒的存在感は感じられているはずなので、結局タナトスがイカレているからなのだろう。
「あー、ヴァンパイアの真祖カーミラね。マクラにへし折られて意気消沈なんだっけ。悪いけど彼女の方はあまり興味ないかなー。君と彼女の関係は非常に興味深い事例ではあるけどね」
「そう。それで?褒めに来ただけじゃないんでしょ」
「それでも良かったんだけどね。ま、ここに来たのは用ってほどのことじゃない。ただの報告だよ。もうすぐ人間の国からお偉いさんが交渉に来るんだってさ。その時君たちを引き取りたいらしいんだと。そしたら帰っていいよ」
軽い口調でセレーネは言った。
今までゴメンねー、と手を合わせている。
「な!?」
モアは全く予期していなかった展開に困惑する。
人質として捕まえておきながら、すぐに釈放とは。
甘く見られているのだと正直腹が立つ。
だが、これはチャンスでもある。騙されている可能性を考慮しつつも、このチャンスをモノにする一手を模索する。
だが、すぐに騙されている可能性など元より皆無だったと悟る。
一でも殺せる相手に策謀など無意味だ。
「でも、せっかく来たのに何もしないで帰しちゃうのも勿体無いね。どう?訓練とでも思ってさ。2人とも、私とも一戦交えてみない?」
その瞬間。セレーネの体から凄まじい魔力がほとばしる。
先程抑えていた時とは、比べ物にならないほど、荒々しい魔力で分かる。
先の魔力が静かなさざなみだとしたら、今のは荒れ狂う嵐の海だ。
流石のタナトスも冷や汗を流していることがわかった。
「やめておくよ。あんたには勝てる気がしないし。まして、俺の相棒はあの様だ。元々そこの性悪蜘蛛さん以外にモチベ上げるやつでもないしね」
タナトスの返答にセレーネは肩をすくめ、苦笑いをした。ほとばしる魔力もすぐに穏やかなものとなる。
「けど、わざわざ帰す意味あるん?こいつら相当強かったし、また我たちがいない隙に攻められたら、今度こそ大惨事やのに」
セレーネは頬に手を当てて考え込む。
俺はセレーネの返答を待った。
そこは聞いておきたいことだった。
だが、その返答はモアにとって非常に都合の悪い内容だった。
「うーん、でもそれって貴族どもがこいつらに命令したからなんだよね?じゃあさ、その貴族たちの断罪を条件に釈放ってのはどうかな?そしたらもう来ないでしょ」
セレーネは小首を傾げて、軽いノリでとんでもないことを言い出した。
「貴様!!」
先程まで恐れていたことさえ忘れ、叫んでいた。
それは言うまでもなく、聞き捨てならないことだった。自分のせいで尊い貴族が損害を被ることなどあってはならないのだ。
「うるさいなぁ」
セレーネが嫌な顔をする。
「断罪って何させるんだ?」
モアの叫びなど意に返さず、ドラゴンの尻尾の生えた龍王オルゴラズベリーと思われる少女が不思議そうに尋ねる。
「この下賤なものどもは貴方様…偉大なる魔獣の王たちに逆らったのです。普通に考えればさらし首にするのが妥当でしょう」
少女の後ろに控えていた、執事服を着た男が済ました顔で言った。
先程から唯一何者か不明な男だ。
冗談ではない。そんなことが許される筈がない。
「おー、なるほどぉ。そうなのか?セレーネ」
「うーん、偉大かは置いといて、王相手に襲撃したんだからそうだよね。魔獣だけど。それに傲慢なだけの貴族とか、いなくなってくれた方が人間たちも嬉しいでしょ」
セレーネがまたも淡々と答える。
冗談じゃない。貴族を…高貴なる彼らを何だと思っているんだ。
「ふざけるな!!そんなことがまかり通る訳がないだろう。彼らは王国にとって必要な方々だ!」
モアは大声で怒鳴る。
「…王国にとって必要ね。それは君たちの方でしょ」
セレーネが、怒るモアとは対照的に冷静に言う。
その意見は全く意味が分からなかった。
「なんだと?」
「国のガン細胞より、英雄である君たちの方が何倍も価値があるってこと」
「ガン…だと」
モアのつぶやきを無視し、1つ咳払いをして、セレーネは言葉をつづけた。
「君たちを人質に取った理由は簡単さ。私は、いや私たちはここに新たな魔獣国家を作りたいんだよ。ただの魔獣の国じゃない。人間と魔獣、それに魔族が共存する国さ。それを、君たち人間の口から認めてもらう。君たちの身柄と交換でね」
あまりにもとんでもないことを言い出したセレーネに、モアは驚く。
「なっ!?そんなことうまくいく筈がないだろう」
「それがいくんだな。君たち自分の価値を過小評価してるでしょ?君たちはあの勇者の代わりなんだよ。いわば生命線さ」
それを言われると、さすがのモアも反論が難しくなる。
それほど勇者の役割というのは重要なのだ。
自由の騎士団は、勇者の代わりに魔王と抵抗するための最大戦力。それが2人も欠けたとあっては、人間界と魔界のパワーバランスの均衡が崩れてしまう。
均衡が崩れれば、魔族側の勢力に対抗できなくなるのは自明の理だ。
それは、人族の終わりをも意味する。
当然貴族の命も含めた終わりを。
その状況を利用して、人族を脅迫するとは。
貴族の命を最優先してしまうモアとしては、断ることは難しい。
このセレーネという怪物が恐ろしい知恵者だとモアは認識する。
「それで相談にきたのさ。君たちの身柄と引き換えにする条件は3つ。
まず、この近辺で都市設立の許可。
次に今後私たちに軍を差し向けないこと。
最後に今回の一件に関わった貴族たちの失脚。
貴族どもは、打首は勘弁してあげる。こっちとしてもあまり禍根は残したくないしね」
モアは、あまりの屈辱に歯軋りする。その音は、牢屋中に響いた。
「さぁ、どうする?」
ニンマリと笑ってセレーネが言った。
◇◇
「案外あっさりOKしてくれたわね。あの子達」
牢屋からの帰り道、フェルミナが言う。
「まぁ、実際あの国の貴族とか庇う価値ないでしょ。腐り切ってるってルナも言ってたし。モアって人が特殊なだけで」
セレーネが言った。
先のセレーネの提案に、
「分かった。条件を呑んでもらえるよう交渉する」
とタナトスは答えた。
モアは何も言わなかったが、不満の色がその表情から見えた。
逆にタナトスはほぼ即答だった辺り、貴族にいい感情は持っていないのだろうとセレーネは思う。
他の条件だって、タナトスに断る理由もないはずだ。
都市開発許可は王族が考えることだし、王は元々魔獣四王に軍を送るつもりはなかっただろうから。
「そうそう。あのモアって人のこと。どう思った?マクラ」
セレーネから名指しで呼ばれたことで、マクラもこちらの意図に気付いたようだ。
心理関係の相談事はマクラが1番だからだ。
「異常やね。周りが見えないバカってわけでもなさそうやし、判断力も高い。なんであんなに貴族を信奉しとるんか、よくわからんわ」
マクラの答えにセレーネは頷く。
そうなのだ。
彼は自分の価値をきちんと理解していた。
国の利益を考えた計算もそれなりにできているように思える。
そんな人間が、国の足を引っ張り続けている貴族にそこまで忠誠を誓っているのは不思議に見えたのだ。
考えすぎかもしれないが。
「我に聞いたってことは、もしかしたら洗脳を疑ってるん?セレちゃん」
「さぁ。どうかな。魔法に頼ってなかったら、調べようないし」
悪辣な貴族に幼少の頃から洗脳を施されていたのか。
それで貴族の駒になるように。
もしそうなら、モアが哀れだと感じた。
◇◇
同時刻。
とある貴族の官邸で、女が男を足蹴にしていた。
「にぃーはっは。モアちゃん捕まっちゃったねー」
女は高笑いをしながら言う。
恐ろしい女だ。
機嫌を損ねたらいつ殺されてもおかしくない、と五大貴族の1人、ゼイ伯爵は思う。
「も、申し訳ありません。私どもの犬が、力不足なばかりに」
精一杯の謝罪をする。
まさか、返り討ちに合うとは思っていなかった。
あの人類の最大戦力が。
10000の兵までつけたのに。
モアの才能を見抜き、長年洗脳を植え付けてきた。
そして、モアは最高の犬となった。
なのに、いざという時に使えない。
いや、正確には、目の前の女にそうするよう言われてきたのだ。
才覚の凄まじい子だから、使える駒になるようにしろと。
そういう意味では、目の前の女に責任があるのではないか?
コイツが使えと言った駒が役立たずだったのだから。
もちろん、そんなこと口が裂けても言えないが、代わりに心の中で毒づく。
「いやいや。それは想定のうちっしょ。相手はあの魔獣四王なんだよ」
「例えそうだとしても、人間の最高峰。貴族に仕える強者がこのような失態を犯すなど、恥さらしもいいところです」
私が返答した後、女に心の底から呆れられたような目を向けられた気がした。
気のせいだろうかと思う。
「はぁ、貴族のバカさ加減ってほんと痛快だよねぇー。頭の構造どうなってるの?」
「え?」
予想外の言葉に、私は首を傾げる。
◇◇
余談だが、貴族がここまで周囲と認識が違うのには理由があった。
貴族は、基本領地の管理が仕事だ。
戦のことに関しては、大した知識がない。
そこに、貴族としての傲慢さが合わさり、人間側の強さと魔獣側の強さの壁を誤認させているのだ。
◇◇
「怪獣4匹に喧嘩売って勝てる人間がいるわけないでしょ。なのにまったく疑問に思わないなんてねぇ」
嘲笑を浮かべて、女は言う。
「でもぉ。そのバカさ加減が操りやすくて大助かりだったんだよねぇ。助演男優賞あげたいくらい。本命プランじゃ、ね。でもでもぉその本命プランもうダメそうなんだよねぇ。そうなると君たちもう使えなくない?どう思う?ねぇねぇ」
唇に指をあてて、愉快そうな声で女は言う。
「い、いのちだけは」
私…五大貴族であるゼイ伯爵は媚びるしかなかった。
目の前の女は、悪意の化身。
貴族が唯一対抗できない絶対的暴力が具現化したような存在なのだ。
要らなくなれば殺されるのは、目に見えていた。
だから、言いなりになって、有用性を示し続けるしかないのだ。
ゼイ伯爵には、貴族として、それができる自信があった。
「セレーネちゃんが散々邪魔するからぁ、ネメシス様は計画変えちゃったの。そこに君たちの役どころはあるのかなぁ?」
「そ、そんな」
顔が真っ青になる。
モアめ。使えないやつだと、心の中で何度も罵倒し、恨み辛みの言葉を吐く。
お前のせいで私は死ぬんだぞ。
どうすれば、どうすればいいんだ。
頭の中で必死に思考を巡らせた。
だが、そんなゼイ伯爵の必死な顔を見て、女は満足気に頷いて言った。
「なんてうっそぴょーん。冗談だよ。まだやってもらう役はちゃんとあるから安心してね。寛大なるネメシスさまに感謝しようね。おバカちゃん」
心の底から安堵が浮かぶ。
同時に思う。
恐ろしい。この私の心を、恐怖を、目の前の悪魔は全て見越して楽しんでいるのだ。
「は、ありがたき幸せ。このゼイ・ブラウズ、全身全霊を持ってネメシス様の命を遂行して見せます」
ゼイ伯爵は、そう言うのが精一杯だった。
◇◇
「さてさて、最弱のカスのカスだったくせに随分調子に乗ってくれたみたいだけど。今度はこっちが引っ掻き回す番かしら」
目の前のバカな貴族を足で踏みつけながら、女は呟いた。
貴族たちには復権を狙うと言う名目で、魔族を招待してもらう。
人間の国に。
それで、起こる大惨事を想像するとワクワクした。
そこまで計画通りに行けば、舞台は整う筈だ。
それが終われば貴族は用済み。
理想としては、人間の王あたりに打首にしてもらえば、ゴミ処理の手間が済んで万々歳かな。
そう思い、女。
死帝ネメシス・クラウンの腹心である怪物、
ミリーナ・リリエンタールは、小悪魔的な笑みで微笑んだ。
読んでくださりありがとうございます。
今回出てきた五大貴族のゼイ伯爵は、4話.貴族の愚計で登場しています。
4話は、今回の展開のため改稿しました。
また読んでもらえると、今回の話が分かりやすくなると思います。
よければどうぞ。
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