1.5話 魔獣四王が集う少し前の話 後編
「うっ」
体中がズキズキと痛む。
どのくらい飛ばされたのか、いや生きているということは、大して飛ばなかったのか。
フェルミナに蹴り飛ばされ、地面に叩きつけられたが、そこが砂地で助かった。
それにしても、あんなに大きく振りかぶった蹴りで生きているなんて、
なんて繊細な力のコントロールだ。
数多の強い騎士とも戦ってきた盗賊団団長だからこそ、それを見抜く。
彼は独学とは言え、幾度も死戦を潜り抜け、剣の腕を磨いてきた歴戦の戦士。
A級冒険者にだって匹敵する。
だが、そんな彼も先の蜘蛛の化け物との戦いで、一瞬で利き腕を切り飛ばされて敗北した。刀を振り下ろした瞬間にだ。彼は自分の腕を切り落とした斬撃を見切ることすらできなかった。
そして、先のフェルミナにはなすすべなく蹴り飛ばされた。あの化け物どもは次元が違うと言わざるを得ない。
「み、みな、無事か?」
団長は辛うじて声を出す。ええ、なんとか、とアーグが答える。
だが、酒を飲みすぎて倒れていた男は受け身を取れず、全身を痙攣させていた。
昔商人から奪った緑の回復ポーションをかけ、治療をする。応急処置に過ぎないが。
皆がフェルミナに口を滑らせた団員を睨みつけた。
「カ、カイジャリ、て、てめぇ、何やってんだ馬鹿野郎」
「す、すま、ねえ?俺のせいで」
「よせ。どうせ騙せなんかしなかった。それより、早く、早くここからずらかるぞ。捕まってもいい。街に行くんだ」
蜘蛛の糸が溶けてから、ボロボロの体を引きずって街へと急ぐ。だが、数キロ歩いたところでズシン、ズシンと地響きが聞こえた。
それはとあるモンスターの足跡だった。全員がもはや剣を構える気力も失っていた。
あれは、あれは。ガクガクと震えが止まらない。
今までの一連の流れを考えれば、姿をただけで大体想像がつく。大きな漆黒の翼に黒く輝く鱗。大きな翼。
まさに龍と感じてしまう巨大なフォルムに威圧感。
最凶にして最悪の龍と呼ばれる存在。
「龍王だっ、龍王オルゴラズベリーだっ!!に、逃げ」
だが、満身創痍の体で逃げられるはずもなかった。
「おっ、人間だ。しかもセレちゃんが食っていいって言ってた格好してる。君たち盗賊ってやつだろ。ここまで結構長旅で小腹すいちゃってさー。いいよね、ディアボロスー」
「ええ、もちろん。御心のままに。あれは間違いなく盗賊でしょう」
竜王の肩に乗っていた男がそう助言する。オルゴラズベリーの配下だろうか。
何故か執事服を着ている。
その男からもただならない気配を感じるが、
今は全くそれどころではない。
「まっ、待ってくれ。俺たちは盗賊じゃ」
苦しまぎれの嘘を言う暇もなくパクリ!
盗賊たちは一掴みされ、全員竜王、オルゴラズベリーの口の中に納まってしまったのだった。
竜王の口内で咀嚼しようとする牙がアーグの横でガチンとぶつかり合った。
「ひ、ひぃ」
もはや死ぬべきとか生きたいとかどうでもよかった。ただこんな死に方だけはごめんだと皆が皆、強く願った。
その願いがかなったように、オルゴラズベリーの口の動きがピタリと止まる。
と同時にアーグたちは口からほじくり出され、地面に放り投げられた。
「この甘み、これは…お前たち、なんかすっげーうまいもの持ってるだろぉ」
そう言ってジロリと竜王はこちらを凝視する。
「はぁ、はぁ、も、もももしかして、こ、こちらでしょうか」
そういって盗賊の一人が差し出したのは、先日商人から奪った貴族御用達のケーキだ。
「それかぁ。いいにおいめっちゃする。でもこの姿には小さすぎるなぁ」
そういうと、龍王は体を光らせる。それはみるみるうちに姿を変え、少女の姿になった。
「ほれ、全部よこせ」
「は、はい」
そう言って盗賊の1人がケーキを少女の姿になった竜王に渡す。
「うっま~~」
そう言ってオルゴラズベリーはケーキを美味しそうに頬張る。
唖然とそれを見る盗賊たちに龍王は話しかけた。
「ん、お前らまだいたの?」
「オルゴラズベリー様はおまえらはまずいからいらね、とおっしゃっています。邪魔だから消えろ、とも。お分かりですね。まぁわからないなら跡形もなく消すだけですが」
「い、いえ、わ、分かります。消えます、消えます~どうぞ楽しんでください~」
ケーキを奪っておいて良かった。良かった。ありがとう。ケーキの商人。ケーキ様。いつか、恩は返す。
あと、盗賊なんて絶対やめる。二度と、二度とやらねーーーーーーーーー!
アーグは心の中で誓いながらひたすらに走った。全員同じ心境だったのは言うまでもない。
走りながら帰る中、俺たちはまたもや次の難関と巡り合い、恐怖がとまらなくなった。
スライムの軍勢が、それも万をも超える大軍勢がボヨン、ボヨンと地面を跳ねながら行進していたのだ。
その中には山をも越える大きさのスライムさえいた。スライム以外のモンスターも何体か確認できた。
中にはSランクの魔獣も。
とてつもなく長い魔獣の行列。
それらが過ぎ去るまで、ずっと息をひそめて盗賊団は恐怖で涙しながら
時を待った。
ヤバい魔獣ばかりの行列だったが、
先頭のスライム、あれが一番やばかったな。
あれがスライム王セレーネか。
「はぁ、なんだってんだ。今日は」
ようやく行列が去り、盗賊団は息をする。
彼らはお互いの顔を見た。
全員があまりの恐怖とストレスで髪が白く変色していた。
「アッハッハッハ。アッハッハッハッハ」
その様を見て全員が心の底から笑った。
もう魔獣四王はいない。全員行った。助かったんだ。
一体何が起こっているのか、なぜ四王が一同にあの古城へ向かっているのかわからない。
だが、そんなことは関係ない。関係ないとも。俺たちは助かったんだから。
全員で涙し、心の底から喚起して抱き合った。
その後、盗賊団ランビリオンという盗賊が見られることはなかった。
その代わりに、毎週神殿へお祈りに行き、ケーキをお供えするという白髪のおかしな謎の集団が
現れ、噂されるようになった。
彼らは商売をしたり、畑を耕したり、時に善行をしたりと頑張っているようだ。
ある時、彼らが何者なのか興味を持った人が
彼らの仲間の内で一人だけ髪が黒い男に尋ねた。するとその男は、
「なんでも俺が酒に酔って寝込んで起きたらよ、とんでもねぇ経験をしたとかで、全員すっかり善人になってやんの。髪も真っ白になってなんか悟ったような顔してさ。気持ちわりぃ。
まぁ、その時よぉ。気づいたら全身骨折れてて、しかもリーダーは腕を失ってたし、きっと本当にとんでもねぇ体験したんだろうよ。
寝ててよかったぜ」
と語ったそうな。
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