1.5話 魔獣四王が集う少し前の話 前編
その古城は荒野の真ん中にポツンと立っていた。
城周りには、目につくものは何もない。
ただ、何もない代わりに安全性もかなり高いと言える。
周囲に野性の魔獣もおらず、気候も安定している。
そんな条件は、隠れ住むには非常に都合が良いもので、その城は盗賊にとって絶好のねぐらとなっていた。
もっとも、周囲に人はいないので悪事を働くために遠出せねばならず、色んな盗賊団が旅の拠点のように使っているのが実態だ。
そして、そんな古城に新たに盗みを終えた盗賊団が立ち寄る。
その盗賊団の名はランビリオンといった。
それは10人ほどの団で、彼らは寝泊まりに最適としてこの古城によく立ち寄っていた。
「いやー、今日も収穫だったなぁ」
1人の団員が伸びをしながら呟いた。彼は団員の1人でアーグという。
特に役職もない構成員の1人だ。
「ああ、あいつら随分稼いでやがったみたいだからな。がっぽりだぜ」
「ヘヘッ、それだけじゃないぜ、じゃん!これ見ろよ」
そこに入っていたのは大量のケーキだ。
アーグも目を輝かせた。
こういう副収入があるから盗賊はやめられないな、
とアーグは思った。貧乏な元平民である彼らには、縁のないものだったからだ。
「すっげー。これってあれだろ。王族とか貴族がデザートで食うたしかけーきとかいう食べ物」
「ああ、あの商人どもが売ってた商品さ。掻っ払って来たんだ」
「くくっ奴ら必死に命乞いしてやがってよ。何も言わなくたって色々さしだしてくれたぜ。団長には言うなよ。必要以上の盗みやらかしたらブチギレられる」
「ああ、そんなことよりこのけーきとか言うのどんな味がするんだろうなぁ」
ゴクリと全員が唾を飲む。ケーキは平民にとってとてつもない高級品だった。
そのいい香りが、彼らの胃を刺激する。
「今食うと団長に見つかっちまう。夜こっそり食おう」
「あぁそうだな」
そうして、夜が更けたころ。
「はぁ、そろそろ寝るか」
「いやいや、まだ例のあれ、食べてないだろ」
アーグはけーきなるものを食べるのが待ちきれなくて
そう言った。
「あぁ、けーきか。酒に合うかなぁ」
「デザートって話だぞ、無理だろ」
「ま、酒は飲むけどなぁ」
「このアル中め」
その言葉に全員声をあげて笑った。
宴会のように賑やかな夜だった。
だが、アーグはそこで異変に気づくべきだったかもしれない。
そんな大声を出したら、何も知らない団長が様子を見に来るはずだったということを。
「ヘヘッ、酒うまいなぁ。まぁでもこれくりゃいにしてそろそろデザートといこうか」
ベロベロに酔った男が言う。酔ったせいでうまく舌が回らないようだ。
「バカ、飲み過ぎだ、せっかくのケーキの味もわからんくなるぞ」
「まぁ、こいつの分は明日取っといてやろう」
「それは親切が過ぎるってもんじゃないか?もう俺たちで食べちゃわない?」
「まだ結構残ってるし、いいだろ。続きは明日にしよう」
そんなに日を置いたらケーキは腐ってしまうのだが、彼らにそんな知恵はなかった。
「楽しそうやなぁ。なんの話してるん?」
「ああ、今日せっかく商人から贅沢なもんを奪って来たからみんなで食べようと」
その時、女の声が会話に入って来た。
だが、一瞬すぎたのか、あまりに自然だったせいか、違和感には一切気づかなかった。
しかし、アーグはすぐにそれがおかしいことだと気づく。
あれ?
俺たちの団に女はいない。
じゃあこの声の主は。
「誰だっ!」
アーグは何か違和感を感じ、叫ぶと同時に剣を握る。
アーグの緊迫した様子から他のメンバーも異変に気付き、臨戦体制をとった。
が、声の主はどこにもいない。
「どこだ、どこにいる!?」
「どこやと思う?探してみぃ。ここやで、
あんたのすぐそば、や。ふふっ」
それは何気ない一声だったがとても甘美でこの世のものとは思えないほど妖艶な声だった。
きっと声の持ち主はとてつもない美女なのだろうと
想像が膨らむほどに。
周囲の仲間たちも警戒を解いて、剣を半分下ろしてしまっているくらいに魅了されている始末だ。
だが、アーグの額にだけは冷や汗が流れた。
手も、いや体中震えている。
アーグは気づいたからだ。その妖艶な声の奥には
途轍もない邪気が孕まれていることに。
アーグには幼少期、家庭の事情ゆえに幾度も危険と隣り合わせの生活を送ってきた過去があった。だからこそ分かる。
まるで捕食者が獲物を見定めるような寒気が。
「察しが悪いんやなぁ、ここにいるゆうてるのに」
ピチャリ、ピチャリと水滴が落ちる音がした。それが
アーグの頬にあたる。何か生暖かい液体。
これは、
バッと上を振り返る。そこでアーグは信じられないものを見て言葉を失った。
「あっ、やっと気づいてくれたんやなぁ♡」
それは化け物としか形容できない姿をした女だった。下半身は蜘蛛の足、上半身は着物を着た女が暗闇の中、
蜘蛛の巣を天井に貼り巡らせ、そこにぶら下がっているのだ。
そして、蜘蛛の巣にぶら下がっているのはその化け物だけではない、団長とこの場にいなかった残りの団員達だ。
この水滴は彼らの…
怖ろしい想像が頭をよぎった。
思わずアーグは喉が張り裂けると思うほどの悲鳴を上げた。
他のメンバーたちも遅れて気づき、青ざめ、
体を小刻みに震わせている。
逃げなければ。
何としても逃げなければ、確実に殺される。
だが、その姿を認知した途端震えが止まらなくなった。
体が動かない。
持っていた剣でアーグはとっさに腕を突き刺し、痛みで震えを止めた。
そして、仲間の手をひき一目散に走り出した。
「逃げるぞっ!!早く!!」
「あら、思ったより勇敢なんやねぇ。我とセレちゃんの大事な思い出の地を汚しとった蛮族のクセに」
化け物の下には1人酔っ払いの盗賊が呑気に寝ていた。
それを呆れるように一瞥した後、化け物は言った。
「ま、ええか、今度は追いかけっこ、やねぇ。フフフ。
せいぜいおきばりやすぅ!」
ニヤリと大きくその化け物は大きく笑う。
アーグはその時、とても逃げきれないと直感で感じた。
その予測は的中することになる。
アーグたちランビリオンは、一晩中死の恐怖に追いかけ回された後、結局捕まり、蜘蛛の糸に雁字搦めにされて荒野の真ん中に放り出されたのだった。
捕まった時、
彼らの顔は恐怖が張り付いていて、同時にどこか虚な顔をしていた。まるで生気を失ったように。
アーグが化け物と呼んだ女、こと魔獣四王が1人、蜘蛛の王、種族名アラクネこと真蜘羅は
つぶやく。
「なかなか楽しめたわぁ。セレちゃんの頼みが無ければ殺しとったけどな」
真蜘羅は盗賊たちを荒野に放り投げてから城に戻り、部下の蜘蛛の魔獣たちに城内の掃除を命じた。
そして、城の中庭に向かう。
そこは長年放置されていて、草が生い茂っていた。
「すっかり雑草でいっぱいになっちゃったなぁ」
真蜘羅は13年前を思い出す。
あの時は弱かったが、楽しかった。
4匹とルナちゃんとここでよく遊んだものだ。
「やっぱりセレちゃんに言われてなくても殺さなかったかもなぁ。あいつらの血とか食べカスでこの場所を汚しとうないし」
それに今日は気分もなかなかいい。
「あぁ楽しみやなぁ。セレちゃんとフェルミナちゃんとオルちゃん、今はどの辺におるんやろ」