6. 月曜日の瑠香
週が明けて月曜日、正門前のいつもの場所にセダンを止めた澤田は、悠然とキャンパスに入っていった。
二年になってから語学以外の講義に顔を出すことはほとんどなくなっていた。出席を取らない楽勝講義で固めてあるからだ。
これだけ頻繁に大学に顔を出すのは一年の後期試験以来かもしれない。
澤田はふたたび教室の前を張り込んだ。
先週と同じく、講義の終了と同時に瑠香が飛び出してきた。もちろん邪魔な真一はバイトに行っているので出てこない。
彼は安心して前より近い距離で女の後をつけた。
瑠香は先週と同じくベンチに座り、しばらく携帯をいじってからキャンパスを出て商店街に入った。
八百屋の前を通りかかると、店番の小学生に呼び止められて立ち話をはじめた。
澤田は向かいのコンビニに入り、雑誌を読むふりをしながら監視を続ける。
(前回はここでまかれちまったからな。気をつけないと)
小学生はおもちゃの水鉄砲を瑠香に差し出した。このまえのスーパーボールのお礼らしい。
しばらく押し問答したのち、根負けした彼女は水鉄砲を受け取った。それから瑠香は八百屋から離れて大通りのほうに向かった。
澤田もコンビニを出てその後を追いかける。
商店街から大通りへ出たところにバス停がある。瑠香はバスを待つ行列の最後尾に並んでいた。どうやらまっすぐ家に帰るらしい。
澤田も彼女の真後ろに並んだ。
女の髪の匂いが鼻腔を刺激してくる。南国の果物を思わせるような、妙に甘い香りがする髪の毛だった。
下腹部が盛り上がるのを感じて、あわてて気をそらした。
(アブねえアブねえ、こんなところでおっ立てちまったらぶち壊しだからな)
いずれにせよ、これで瑠香の自宅を知ることができる。
自宅さえ分かればこっちのもんだ。そこから彼女の情報を芋づる式に手に入れることができる。
バスが到着した。
すると瑠香はいきなり澤田の腕をつかんで行列の外へ引っ張り出した。
「あなた、先週もわたしの後をつけてたでしょう」
彼女はガラス玉のような目で澤田を見つめた。そこには怒りも戸惑いもなく、まったくの無感情な目つきだった。彼は思わずひるんでしまった。
「な、何のことだよ。知らないぜ、そんなの」
「あなた、小田くんの友達?」
「関係ねえだろ、離せよ」
澤田はひるんでしまった自分に腹を立て、つかまれた腕を乱暴に振りほどいた。
「そう、ならバスに乗って。わたしは歩いて帰るから」
瑠香は彼から背を向けると、大通りを足早に歩いていった。
その後姿を呆然と見ているうちにバスはドアを閉めて発車した。
こんなことは初めてだった。澤田はこれまでいかつい外見と暴力的な態度を活用して人間関係を作ってきた。
女をモノにするときも、半ば暴力で脅して関係を迫るやり方だった。彼は初めて自分の暴力を何とも思わない人間に出会った。
カッとなった澤田は猛然と走り寄ると、瑠香の肩をつかんで自分に向けた。
「てめえ、いまの態度は何だよ!」
彼女は相変わらず無感情にこちらを見つめ返している。
「人を行列から引っ張り出しておいて、そのあとすぐにバスに乗れ、なんて抜かしやがって。ナメるのもいい加減にしろ! それが先輩に対する態度かよ」
「わたしが後輩だって、どうして分かるの?」
「なんだと……」
「やっぱりあなた、わたしのこと知ってるみたいね」
こうなっては腹をくくるしかない。行き当たりばったりだが、ここで手持ちのカードを切らざるを得なかった。
「ああ、知ってるぜ。お前が政治家と一緒にホテルにいるのを見たからな」
「そう……あなたもあそこにいたの」
「あそこで何をしていたかは大体見当がつくぜ。おおかた政治家相手の高級娼婦ってとこだろ? それとも原清三郎の個人的な愛人か? いずれにせよ、バレたら大学にはいられなくなるだろうな」
「ひょっとしてわたしを脅迫してるの?」
瑠香はあくまで冷静な態度をくずさない。その視線は相変わらず冷たかった。
「うるせえ! そういう態度を続けるならこっちにも考えがあるぞ。語学クラスに怪文書がばら撒かれることになる。いや、SNSで大学中に拡散させてやる」
「それで? あなた、いったい何が望みなの?」
単刀直入に聞かれて、とっさに言葉が出なかった。
「か、金なんか要求しないよ。ただ、その……分かるだろ?」
「ああ……わたしとやりたいの? だったら最初からそう言えばいいのに」
瑠香のあっさりした態度に度肝を抜かれた。
「二時間ぐらいなら何とかなるから、近くのラブホテルで済ませましょう」
そう言って、また大通りを早足に歩き始めた。
「お、おい、本当にいいのか?」
あまりのあっけなさに、かえって心配になってきた。
「いいけど、ただし、ひとつだけ条件があるわ」
「条件? なんだよ、何でも言ってくれ」