5. 別のアプローチ
その日の夜、講義を終えた小田真一はアパートのある中野に戻ってきた。
駅前をぶらぶらしてから近所の定食屋で夕飯を済ませた。一人暮らしを始めたころは頑張って自炊していたが、その努力は一ヶ月も続かなかった。五月に入ると、朝食のトースト以外はすべて定食屋か弁当で済ませるようになっていた。
アパートのドアを開けると、部屋は真っ暗で誰もいない。
一人暮らしなんだから当たり前だが、真一にはそれが嫌でたまらなかった。いまだに誰もいない部屋に帰ってくることに慣れない。実家は自営業だったので家に帰るといつも両親が揃っていた。
少しでもにぎやかにしようとテレビをつけた。
しかし内容は一向に頭に入ってこなかった。目は画面を見ているが、頭はいつのまにか本多瑠香のことを考えている。
昼間は彼女が死神であるという噂の真偽を確かめるために尾行をしてみたが、簡単にまかれてしまった。
尾行は本来、得意なはずなのに、どういうわけか彼女を意識すると体の動きがぎこちなくなり、頭の回転も鈍ってしまう。
しかも澤田につかまって余計なシフトを入れるハメになってしまった。
(どうも尾行という方法では埒が明かないな。なんとか別のアプローチを考えないと……)
しかし思考が空回りして上手くものを考えることができない。瑠香のことを考えると、とたんに頭がボーっとして霞がかかったようになるのだ。
(まるで彼女が魔力を使って真相に到達するのを阻止しているみたいだ……いや、それは考えすぎか)
ふと語学のクラスメートである河野の顔が浮かんだ。情報通の河野なら何かいい知恵が浮かぶかもしれない。
真一は祈るような気持ちで携帯を取り出した。
「もしもし、河野か?」
「おう小田か、どうした?」
「例の本多瑠香に関する噂なんだけど」
「どの噂だよ」
「セックスしたら死ぬってやつ」
「ああ」
「もしそれが本当の話なら、証明する手段ってあるかな?」
「彼女とセックスしてみればいいんだよ」
河野はぶっきらぼうに答えた。しかしそんなに上手くいけば苦労はしない。
「いや、それ以外でさ」
「うーん、難しいな……でも、自分ができないなら他のやつを見つけるとか」
「他人を実験台に送りこむわけか。それはそれで酷くないか?」
「違う違う、過去に本多瑠香とセックスしたことのある男を捜せってことだよ」
「……ああ、なるほど!」
「彼女とセックスして生きている奴がいれば、噂はデマであると証明できるだろ」
言われて見ればその通りだ。いかに自分の思考力が低下しているかを思い知らされた。それにしても彼女とセックスしたことのある男を捜せというのは雲をつかむような話だ。
「でもそういう奴を見つけるのは難しいよな」
「簡単じゃないな」
真一ひとりではどうにもならないこととは分かっている。ここはぜひ顔の広い河野の協力を取り付けたい。そこで真一は彼のプライドを刺激する作戦に出た。
「さすがの河野もお手上げか?」
「なんだと?」
「だってそうだろう。そんなこと彼女に直接聞くわけには行かないんだし」
「直接聞かなくても、方法は他にもあるよ」
「無理すんなって。できないならできないとハッキリ言えばいいだろ」
「おれの情報収集力を甘く見るなよ、簡単じゃないと言ったが、不可能とは言ってない」
「いやー、無理だと思うけど」
「だったら賭けるか?」
どうやら河野は上手くエサに食いついたようだ。