04 精神の負荷
殆どの生物は、生きている上でストレスを感じている。
それは、外部の状況を認識して生物が生きようと足掻く行為の一端と言えるだろう。
ストレスの無い生物は、たた死に向かって墜ちていくだけだ。
だが、そのストレス故に自らの命を絶とうとする生物も居る。
レミングの自ら入水自殺すると言う話は誤解ではあるが、その様な愚かな生物は実在するのだ。
日本においても、平成15年には三万を越える数を記録した生物、【人間】。
勿論、主人公である賀茂重蔵にもストレスはある。
幸いにも、まだ自殺する程ではないが。
「ジュウゾウ、昨日の銀行強盗は見に行ったか?」
「ふむ。瓦版は目にしたが、拙者は人混みが苦手でな。茶屋で団子など食して時間を潰しておった」
重蔵は実家が神社なのもあって、クラスの仲間内ではジュウゾウと呼ばせて平安キャラを通していた。
実質は侍キャラと言えなくもない。
だが、呼び名やイメージを変える事は、呪詛においても重要なファクターだ。
「で、どの様な有り様だったのでござるか?」
「それがさぁ、人混みが凄すぎて何も見えず、身動きできずに帰る事もできなかったんだよ」
「それは散々でござったなぁ」
結果的には現場に近付かなかったのが最善策だったと言える。
重蔵も体験をしているが、現場に行っていない筈の彼には必要な問答だ。
しかし、軽く会話を交わしているが、内心は昨日の事は話題にしたくない重蔵だった。
今回の様に、毎日会う身近な人間すら騙していなくてはならない生活に、高校生の精神が悲鳴をあげはじめていたのだ。
家でも優秀な重蔵に対する期待は大きく、本音で嘘偽りなく全てを話せる人間が何処にもいない。
『そんなのは、お前だけじゃない』と他の陰陽師達は言うだろう。
だが、人間は平等でもなければ、同じ環境や能力を持っているわけでもいない。
人間は誰一人として【同じ】ではない。
精神力にも個人差は有り、同じ負荷でも耐えられる者と耐えられない者とが有るのだ。
ただ、そんな彼の生活においても学校と言う場所は、平穏で他愛の無い事柄が心を和ます場所だった。
例え呪力によって【鬼】や【餓鬼】に変質してしまおうとも、重蔵が【殺し】ている相手は【人間】なのだ。
修行の時を含めて、重蔵が処分した人間は片手では済まない。
関わった案件は両手を越える。
一種の病気とも言える変質【鬼化】に治療法は見つかっておらず、既存の施設では隔離もままならない。
薬物による凶暴化の鎮静も効果は薄く、現状では死をもって苦しみから解放してやるのが最善策だ。
だが、死んだ本人は勿論、その家族の苦しみ哀しみの声が、毎晩の様に重蔵を夢の中で苛んでいる。
十代は、いまだに精神的に吹っ切る事ができない年齢だ。
自宅でも修行という形で、その現実は重蔵にのし掛かる為に、学校と言うアル意味での非現実が、少しだけ彼の癒しになっていたのだ。
神社の跡継ぎとして生まれた重蔵は、陰陽師である賀茂の子孫であると言う実像を隠す為にも、普通の神主の息子としての体面を守っている。
それ故に、近くの普通の高校に通えているのだ。
陰陽道と言っても、一つではない。
普通の人間や職業にも向き不向きがある様に、一応はできるが苦手な事は誰にでもある。
星や暦等で未来を見る占術師。
殺しや呪いに特化した呪詛師。
解呪や清めに特化した退魔師。
お祓いや清めをする神社の神主は、現代の陰陽師の一つである退魔師の仮の姿として定着している。
お香の香りがしても、時おり印を結んでも、『邪気を感じる』や『家が神社なもので』で通す事ができる。
特に見えてしまっている者には何もしない事の方が難しく、習慣として祈りを捧げる神社仏閣の関係者という立場は、屋外で術を行使する上での良い言い訳になるのだ。
「ジュウゾウ。また、ここに来てるのね?」
高校の屋上の一角で昼寝をしている重蔵に、声をかける少女が居る。
近くまで来ているが、その視線は若干だが重蔵から反れていた。
「また、お前か水前寺。何か用か?」
重蔵の声に彼女が視線を動かし二人の目が合う。
彼女は、入学当時。つまり去年度からクラスメイトの山根茜。
都内にある水前寺と言う寺の娘だ。
クラスでは【山根】と呼んでいるが、重蔵と二人の時は【水前寺】と呼んでいる。
神社と寺で宗派は違うが、共に宗教関係の家に生まれたので境遇が似ている。
彼女の家は尼寺ではなく、女子なので修行とかはしていない筈なのだが、何故か彼女には隠形術が効きにくく、だいたいの居場所がバレている。
『場所が分かるのは香の匂いなのか?』
そういった状態では、後でいろいろと面倒なので隠形術を解いて対応している。
「だってアンタ、家絡みで何か有ると、昼休みにはココに来るじゃない?」
同類相憐れむと言うのか、彼女には行動パターンがバレている。
いや、監視されているのか?
確かに神社と寺院は商売敵と言えなくはないが。
大抵が話せる内容でないのは御互いに分かっているが、『気にしてもらえてる』と言うのは嬉しいものだ。
ただ、女性側の心情は測り辛く、『重蔵が一方的に気にしてもらっている』と言うのが正直なところだった。
「ああ。まあ、そんなところだ。家の後継者問題でな。世間では自由だ民主主義だと言われていても、実際には家の都合で進路が決められているのが、辛くてな」
「そうだよねぇ。再来年は同じ大学へは行けないんだよねぇ」
茜が、微笑みながらも辛い顔をしている。
実は名義だけなのだが、重蔵が行くのは神社の後継者が通うのに特化した全寮制大学であり、女性の生徒も居るのではあるが、寺の娘が行くのには家族の反対があるのは想像に難しくない。
重蔵が茜を憎からず想っているのと同様に、たぶん茜も重蔵に気があるのだろうが、家が近いわけでもなく、二人の関係を発展させても会えない時間が数年に及ぶのは間違いない。
それよりは、新しい出会いがあった方が相手の為になると言うのが、二人に共通した思いでもあった。
だからこその【良いクラスメイト】を維持しているのだった。
昼休みは、こんな機会も多いため、昼休み明けにクラスに帰るのも、ほぼ同時期となる。
「ねえねえ、茜と賀茂君って時々一緒に居るけど、付き合ってるの?」
「なっ、なっ、何を言うのよ!そんなワケないでしょ!両方とも家の手伝いをさせられるから、愚痴を言い合ってるだけよ。檀家の話が長いとか、線香臭くなるとか。そう言う話をミサ達に話しても、ウザいだけでしょ?」
女性は年頃の男女が一緒にいると、すぐに恋バナにしたがる。
山根茜の女友達は、ちょっと顔を歪めるが、直ぐに納得顔になった。
「確かに共感は出来んわ!寺と神社でも嫌な所は似てるのね。そう言えば茜は年上好みだったっけ!なんで中学ん時に付き合ってた先輩と同じ高校に行かなかったの?」
「私に男子校に行けってか?」
「ヒデブ~」
クラス内で同じネタを重蔵に振ろうとした男子生徒が、この会話を耳にして項垂れ、重蔵は眉間を押さえた。