13 とある陰陽師の苦悩
私の名前は、阿部成名。
かの有名な陰陽師である安倍晴明とは縁もゆかりもないが、一応は同じ陰陽師だ。
武家の三男坊だった先祖が、江戸時代中期から陰陽道に加わったのは、本当に偶然らしい。
当時は【安倍晴明】の名が一部の者にしか伝わらず、今ほどメジャーではなかったのだから。
時は流れて私の親が、私に晴明殿に似た名前を付けたのは、彼の様な優れた陰陽師に成って欲しいとの願いなのだろうが、子供にとっては迷惑な話だ。
【成名】は読み方を変えれば【せいめい】と読める。
親の付けた【凝った名前】のせいで虐められる子供は、世間にごまんと居るのだ。
勿論、陰陽師でコノ名を持つ私も例外ではない。
だが、私は負けなかった。
仲間内では【せいな】と名前呼びさせてトラブルを避けた。
有る意味で先祖代々陰陽師をやっていたので、修行はやっているが、実際に行うのは御祓い程度だ。
霊障のある場所に特別に呼ばれる以外には、神社以外で陰陽師が活躍する場所はなかった。
十数年前までは。
現在は呪術を使う者や、鬼化する者を処分する為に、退魔師として警官隊と共同作業を行う。
【鬼化】とは、霊的に人間を越えてしまい、無意識に呪術などを使える状態だ。
ごく稀に肉体的豹変も起きる。
比喩的表現で『○○の鬼になる』と言うが、それが人間の器を越えたのが【鬼化】だ。
鬼化すると精神に異常をきたして凶暴化し、急激にスタミナを消耗する。
大量の食事を必要とし、無くなれば人間をも襲って食べようとする。
陰陽師の使う霊力や呪力は、力自体は同じだが、スポーツの訓練によって高いトップスピードを出す行為に似ている。
鬼化した者の様に、力を出し続ける事はできないので、ピンポイントで相手を抑えるか、術者の数を増やして鬼化した者の力に対抗する。
そして【処分】とは殺処分の事だ。
古来より、鬼は退治するか封じるしかない。
現代的に言えば死刑か終身刑。
【鬼化】が出始めた当初は、幽閉して治療も試まれた様だが、効果的な治療法が見つからず収容施設にも限りがある。
その為に、現在では『暴れて取り押さえられなかったので、やむ無く射殺した』と言う扱いで警官隊による射殺を行う様になっている。
実際に、一般に公開できない程に変容した肉体もあるらしい。
そんな現場に何回も出向いた私だが、今回は少し様子が違っていた。
「これは、いったい何なんだ?」
長野県の別荘地で失踪事件が相次ぎ、目撃証言から発見された貸別荘からは、行方不明者がゾロゾロと出てきた。
彼等は、夢遊病患者の様に虚ろな瞳で人間の壁を作り、棒や鍬などを持って警官隊の侵入を拒んでいる。
30人近く居る中には当地の巡査の姿も幾つかある。
声は聞こえている様だが返事はない。
銃を持った警官も居るので、無闇に突入する事もできず、例の無い状況に陰陽師/退魔師が呼ばれたのだ。
「これは、例の奇病の一種なのですか?」
「いや、これは少し違う様です」
陰陽師が使う【呪い】と言う言葉は、警官としては使いづらいので、一般的には【奇病】という扱いになっている。
だが、過去の鬼化の状況とは明らかに違う。
一度に一定地域で、これだけ大量の鬼化は例がなく、周りの人間に与える影響も麻痺や認識阻害程度だった。
十人掛りの祓いも真言も効果がなく、人の壁が警官隊を拒み続けている。
近寄れば武器を振るうが、近寄らなければ一切の行動はない。
「何かを守っている様にも見えますが?」
「宮内庁に報告したら、応援が向かっていると言われたが、これをどうするつもりなんだ?」
催涙弾の使用も考えられたが、屋外で風もあるので効果がないと判断された。
何より地形による風向きが悪かった。
マスコミは廃しての睨らみ合いは既に4時間を越えている。
そして、無線が宮内庁からの応援が来た事を告げた。
「おいおい、冗談だろ?」
車から降りてきたのは、陰陽師とは思えない者達。
背広姿の50代と20代の男性、自衛隊の装備に身を固めた小柄な人物、ワンピースを着た白髪の外国人少女。
「舐めているのか?ここは女子供の来る様な現場じゃあないぞ」
「気持ちは分かるが、邪魔をするな」
50代男性が、懐から銃を出して牽制してきた。
向けられた銃は警察で使っているリボルバータイプではなく、連射のきくマガジンタイプだ。
よく見ると、自衛隊装備の者は自動小銃まで持っている。
我々退魔師は、場所を渡さずには居られなかった。
どうやら20代男性が退魔師らしく、アタッシュケースから紙人形と竹櫛を出してきた。
他の三人にも紙人形を渡して唾液と息を染み込ませている。
「依り代にするつもりなのか?凄いな!」
案の定、紙人形を竹櫛に付けて地面に刺し、呪詛を掛けている。
中に居るであろう呪詛師の認識を紙人形に移し、本物の人間を認識できない様にする高等呪術だ。
印を結び終えると、四人は人の壁の間をすり抜けて、別荘内へと入っていった。
警官隊が続こうとしたが、人の壁が動き出して再び阻止された。
「彼等に任すしかないですよ」
「何者なんですか、彼等は?宮内庁の方々・・・なのでしょう?しかし、自衛官も居た様な?」
「我々にも分かりません。特殊部隊か何かなんだと思います」
そして、その特殊部隊が別荘に入ってから30分ほどで、外で人間の壁を作っていた者達が一斉に倒れて意識を失った。
『こちら現場。救護班を一組、別荘内二階へ寄越してくれ。妊婦を搬送する』
警察無線に、先程の50代男性の声が流れた。
外で倒れた人間の救助と共に、中へと向かう救助班が走っていく。
そして別荘内から先程の四人と共に、妊婦を乗せた担架が出てきた。
「状況は?」
「原因は、この妊婦だ。今は眠っているが処置は宮内庁の方で受け持つ」
「そんな身勝手な!」
後からやって来て、犯人を掻っ攫って行く様な真似は許せない。
「あなた達では手に余る。目覚めれば、また同じように周りが洗脳されます。事実、接近すら出来なかったでしょう!」
20代男性の言葉に、退魔師達と警官隊が言葉を失う。
「原因は、『地下水による低周波振動が引き起こした集団ヒステリー』としておきましょう。『井戸を埋めたので解決した』としておけば、問題ないでしょう」
白髪の少女が流暢な日本語で話すのに、なんとなく違和感を感じる。
この様な【鬼化事件】が、大抵が別の事件として隠蔽されているのは今更だが、容疑者の保護が有るのは大変珍しい。
救急車の後を車で追う彼等を見送りながら、残された退魔師と警官隊は、呆然として救護班の流れに飲まれていった。
警官隊と退魔師の総勢30人以上をかけて、四時間以上手も足も出なかった案件を、たった四人でアッという間に解決してしまったのだから。
「我々の4時間は、なんだったんだ?」




