老女は遊ぶ!
沐浴をして酒が抜け、元の艶々素敵青年に戻ったラーナにアンは、辻馬車で行きたいと希望を述べる。
「一度で良いからあの!辻馬車に乗りたい」
「辻馬車ぁ?そんな物に乗りたいのか?」
「明日にはぽっくりのいたいけな、ヨボヨボの哀れな年寄りの言う事を聞いて欲しい」
★★★★
街外れの広場に行こうか。街でこのまま過ごすのも良いけど、珍しい物が今、この街に来てるんだよ。知ってる?と人の姿を再び形とると、問いかけたラーナ。
「ああ、小さい移動式の遊園地?サーカスでしたかしら。乗り物や、お芝居もあったりお菓子の屋台があったと、子供達が話してくれましたよ。私がね、今日まで頑張ろうと思ったのは、今日の昼間に子供達がお芝居を見に行く予定にしてたからです」
私が死んでしまったら、それどころじゃ無いですからね。良かったわ、あの子達はそれはもう、楽しかったと教えてくれたから。路地裏から大通りへと向かう道中で話すアン。ほら、これ見て下さいなと、ポケットから小さな木彫りの人形を取り出す彼女。
「ほんの少しだけね。お小遣いを渡したら、皆で少しずつ出し合って、お土産を買ってきてくれたのですよ、病気を退治する神様なんですって、かわいいこと」
ニコニコとする彼女に、じゃあそこに飛ぼうと手を差し出すラーナ。それに対して彼女は、辻馬車に乗りたいと言い出した。
ガラガラ、ガラガラ、パカパカ、パカパカ。時々ブルル、小さくヒヒン。
「うふふ、楽しいですねぇ、あら神様は乗り物酔いするのです?お顔の色が緑です」
「いや。これ如き大丈夫だ」
「良かったですわね、この馬車がまだ有る時間で。ここからだと歩いて行っても、距離はしれてましたけどね、そう言えばラーナはこれ迄、どの様な願いを叶えて来たのです?」
無邪気な問いかけに、ラーナは黙っていたかったが、再び襲う喉元のイケナイ代物を、押え込む為に話に乗る。
「良い話ではない」
「そうなのです?」
「大昔も、極たまにだったな、先の幸せを願うとか、美味しい物を食べたい。花の中で踊りたい。空を飛びたい……、そんな子供みたいな事を願う人間は。大抵、やり直しやら復讐ごっこがしたいと言い出す」
「復讐ごっこ!して!どのような!」
見知らぬ世界に、ワクワクが生まれたアンはそれ迄とは違い、心の向くまま問いかける。何だ?嬉しそうだな。と思いつつも教えるラーナ。
「そうだな。最近多いのは、知らぬ内に悪役にさせられ、それ迄持っていた物を全て奪われた挙げ句に、追放され落ち目の人生となった過去を振り返り、その時の相手にギャフンと言わせたいという……」
「ギャフン!スッキリしそうなお話ですねぇ、ホホホホ、相手が覚えていたら良いでしょうけど、忘れているお人もいらっしゃるでしょうね。相手が、しまった!あの時のあの人かと気付かなければ、どうなるのかしら。あら。着きましたよ」
ガシャン。大きく揺れ、オオ!と喉元に来た危ないソレを堪えるラーナと、蓮っ葉な音楽が流れるそこに、これは楽しそうなと目をキラキラとさせたアン。
★★★★★
テカテカ、ペカペカ。赤に緑に、白に黄色に。小さい灯りが沢山、果物の様に連ねてあちらこちら。ホラホラ、見てご覧!鍛えられた筋肉美が素晴らしい半裸のピエロが、松明を持ちジャグリング。
「まあぁ!子供達が話していたのとは全然!違います!何という!主に背く世界なのでしょう!」
「夜はね、少しだけ大人なんだよ」
「あのご婦人も凄いのです!ロープを!ロープにくるくる!なんて柔らかくしなやかで、綺麗なのでしょう!」
太い縄で芸を披露する女は、扇情的な衣装に身を包み、技が決まるたび、喝采を浴びている。見る物全てが初めてなアンは、キョロキョロ視線を動かすのに忙しい。
「ほら、手を貸して、迷子になる」
彼女のシワの寄った手を握るラーナ。
「あら、ありがとう。アレは食べ物なのですか?」
通りすがりの婦人が手にしているのを、目ざとく見つけて問いかけるアン。
「ああ、流行りのコットンキャンディ、飴菓子だよ」
後で食べなくちゃ。続いて見つけたのは、少し離れた場所で、手にした仕込まれた棒に、火を着けて遊ぶ大人の姿。
「アレは何を?」
「ああ、見てたらわかる」
立ち止まる二人。
シュボ!…… シュパパパパパパ!パチパチパパパ!
オレンジ色した火花が小さく散る。
「まあ!綺麗だこと」
「流行ってきた手持ちの花火さ、花火は知ってるだろ?」
「ええ、部屋から見えましたから……」
ドドーン!と音立て花開くソレを思い出しながら、あの手持ちもしよう!と決意をしたアン。
「アレに乗りたいのです」
ザワザワ、キャハハ。場を楽しみ酔い、ざわめく人々。その中を泳ぐ様に歩きながら、アンは大きな遊具を指差した。
「ああ!回転木馬ね。うん、乗ってきたら」
気軽に応えたラーナだったのだが、……。
「何という!明日にはぽっくりの、いたいけなヨボヨボの哀れな年寄りを、独りあの様な高い場所に?」
という訳で……。おとぎ話の王子様の如く、アンを支え共に馬に乗り込む羽目になったラーナ。当然ながら彼はグルグル回るこの手の乗り物は。
酔う。
「まあ……!酔うならそうと、断ってくれればよかったのに、あちらに座れるお店が有りますから、そこで何か飲みましょう」
三度、顔を緑にした彼は済まないと情けなく思いつつ、簡素なテーブルと椅子が置いてある場所へと向かう。丸太に板を載せただけの椅子に座ると、注文を取りに来た女に、軽い飲み物と美味しい酒をと頼むアン。
「え?飲むの」
「当たり前ですよ!ほら皆さん美味しそうなの、飲んでらっしゃいます!」
アンの言葉を受けた隣近所に座る客が、なんだい兄ちゃん!弱っちいなぁ!今日みたいな夜はここの『火酒』と串焼きがバッチリよぉ!と囃される声。
「何ですの?その火酒とは?」
「おお?奥様はイケる口かい?火酒は飲めばスゥ!と涼しく冷たく喉を焼き、そして腹がカッ!と熱くなる酒さあ!ここの名物だ!」
「まぁぁ!それは是非とも頂かなくては!ね、ラーナはどうします?」
「いい……」
二人でやり取りをしていると、目ざとく花売り娘がスッと寄ってくる。
「お婆ちゃん、お花はどですか?」
あら、かわいいこと。目を細める彼女。
「お店のお手伝いなの?」
「あい!このお花みんな売ったらお小遣い、遊べる」
「そう、じゃあ全部頂戴な」
「ええ?全部?どうやて持つの?」
少女のソレに、ああ……そうですわね。と考え込んでいると、そうだ!持ちきれないのは、と思いついた少女。
「帽子を貸してくださいな」
はいはい、どうぞと手渡すアン。幾つか売れたであろう隙間ある花籠から、ひとつは置いておき、残りの束から花を抜くと、帽子のリボンにぐるりと差していく。
「まあ……!綺麗に出来ました」
「うふふ、ありがと、お婆ちゃん」
じゃあ、お代ね。とアンが幾らか多めに手渡すと、
「うわぁぁぁ!嬉しい!うれしい!」
ありがと!ありがと!とぴょんぴょん飛び跳ねる様に頭を下げる少女。そこにジュウジュウ香ばしい串焼きと、酒器をふたつ運んで来た女。少女の母親らしく、お客さんに何してる?と娘の様子を伺う。
「あ!お母ちゃん見て、お花みいんな買ってくれたお婆ちゃん」
「ええ!奥様、うちのコレが押し売りしたんじゃ!」
ゴトンゴトン、二人の眼の前に皿と、飲み物が置かれた。あら、お酒は私ね。とラーナの前のそれと取り替えながら、私が欲しかったのですよ、と花が飾られた帽子を被る。
「それはそれは!ありがとうございます。良かったねぇ、サリィ」
うん!嬉しそうな親子を見ながら、クイッと火酒を煽ったアン。
「んまぁぁ!おいしぃぃ!」
そのままの勢いでごくごくと飲み干す彼女。おおー!凄いぜ婆さん!と喝采が上がる!
「ふぇぇ!奥様大丈夫で?このお酒強いので有名やけど」
目を丸くする母親に、トン、とテーブルに器を戻すとお代わりを、と涼しげな顔で頼む彼女。
「それと……、そうですねぇ、手持ちはもうこれだけなのですが、これでここにいる皆様にパァァァー!と振る舞って貰えません?」
銀貨一枚残して、巾着の中身を机の上に空けた彼女。周りの酔客からヤンヤヤンヤの囃子声。
「まあ!大金貨なんて初めて見たよ!こんなに沢山!貰いすぎだわね、隣の店や、そうだ、あちこち声かけなきゃ。いいですか奥様」
どうぞどうぞ。ジュウジュウ香ばしい串焼きに、かぶりつつ応えるアンは、ここにいる誰よりも嬉しそうな顔をしている。
「ラーナ、楽しいですわねえ、喜んでる人を見ると心がワクワクしてきますよ」
ほら、あなたも楽しんで、と笑顔を向けられる。はっとするラーナ。これ迄、末期の夜を共に楽しもう等と言われた事などなかったから。
……、こんな人初めてだな。私にも楽しめだなんて。
嫌だ!消えろ!夜が更けるにつれ、罵られる。
イキタクナイ、死にたくない。ただひたすら泣き喚く。
面白くもない事が終えたら、更に面白くもない言葉を投げられていた彼。
「どうしたの?ほら、皆さん歌って踊りはじめましたよ、貴方も楽しまなきゃね!」
運ばれてきた二杯目を、クイッとやりながら、色とりどりの花がゴテゴテと飾られた帽子の下で笑うアン。
その底抜けで無邪気な明るさに、ラーナは少しばかり心がソワソワとし始めた。




