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短編集2

私の見えない愛する人

作者:

【私の見えないお父様】の母親マルベリーの話です。


 「マルベリー、遠くに行っては行けないよ?」

 「わかったわ、お父様!」

 

 あの日は今も思い出せる。出会った日はちょうどあの人が消えて、二年がたったよく晴れた日。

 

 父と二人で近くの森に遊びに来て、目に入る範囲のみ自由に動くことが許された。

 

 綺麗な花畑があって、当時十二歳だった私は、花冠を作っていた。私は自然が好きだった。本も好きだったけれど、屋敷よりも、自然の多い場所が好きで、良く父にねだり、連れて行ってもらっていた。

 

 

 ─────初めて会った時。あの人は一人花畑で横になり青い空に流れる雲を見ていた。

 

 美しい青い空と同じ色の髪と、まるで光を詰めたような輝く瞳はどうしてだか無気力に見えた。

 

 「…誰?」

 『え?』

 

 思わずその瞳を覗き込み、視界に無理やり私を入れさせた。だってあの人私がいることに気づいてるのに無視するんだもの。

 

 目を丸くして起き上がったあの人と覗き込んでた私の額がぶつかって思わず額を抑えた。

 

 『僕が…僕が見えるのか!?』

 「うぅ、見えるも何も普通にいるでしょう…むしろこんな何も無いところで横になっていたら目立って仕方な…」

 

 そこで初めて私は異常性に気づいたの。私を見守る父が、騎士たちが、私が男性と額をうちあったのに騒ぐことをしないはずはない。

 

 『僕はエヴァンス、君の名前は?』

 「…マルベリー」

 『可愛らしく、素敵な名前だね』

 

 びっくりするほど綺麗なあの人は美しすぎる笑みを浮かべ私に微笑んだ。

 

 あれがあの人との出会い。

 

 あの人と私に起きた一番最初の奇跡。

 

 

 

 …それから見えてないことをいいことに私はあの人を連れて帰った。父と二人きりのように見えて、私の隣には今にも消えそうなほど儚く綺麗なあの人が居た。

 


 まだ幼かった私は見えないという事実になんの感想も抱かず、淡く色付いた恋に胸を高鳴らせてはそれを抑えた。

 

 『…綺麗な土地だな、ここは』

 

 馬車の中、どこか遠くを見て、あの人は呟いた。どんな気持ちで言っていたかも考えず、その横顔すら美しいと私はただ見惚れていて。

 

 

 

 幼かったのでしょう。あの人が誰で、どんな人で、どんな理由で人の世界からずれてしまったのか、知ろうともせずにいた。

 

 私はこっそり空き部屋にあったベッドを綺麗に拭いて、自分の部屋にあった布団や、シーツをこっそり隠して、新しいものを準備させた。

 

 流石に私が使っていたものをあの人が寝るベッドに使うのが忍びなくて、新しく用意されたものを回収して、見よう見まねでまた、自分でベッドをメイキングした。

 

 「これでどう?」

 『…ありがとう、マルベリー』

 「お腹はすいてはいません? なにかとってきましょうか?」

 『取っていいなら、僕自身が行った方が見つからない、何せ見えないからね? ベッドの件は感謝しているけど、でも君がまた何かするとバレてしまいそうで怖い』

 

 あの人は物知りでいつもいろんなことを教えてくれた。ずっと傍で私はその話を聞いて。また、私が愚痴を吐くと、何も言わず頭を撫でて聞いてくれた。

 

 あっという間に時が流れ、私が十七歳近づくと、縁談の話が上がった。

 

 その頃にはもう、私はあの人に心底心奪われていて。何より、私が嫁いであの人がまた孤独になるのが恐ろしかった。あの人は自分について語らなかったけれど、お見合い相手の第三王子に会いに行った時、あの人を見つけた。

 

 「エヴァンス、今日私お見合いしたのその時貴方の絵を見たわ」

 『マルベリー…』

 「調べたの貴方のこと…貴方は王子だったんだね」

 

 消えてしまった第一王子。望まれた天才。夢を見させてくれる王太子。

 

 

 神に気に入られてしまったエヴァンス王子。

 

 「エヴァンス…私、少しも考えていなかった」

 『…』

 「貴方が見えなくなった理由が、なんなのか…昔出会った頃にこの領地を眩しい様に見た理由も」

 

 何一つ考えず、美しい私だけのエヴァンスとただ話して、遊んで、子供のように無邪気に受け入れた。

 

 「何故私だけしか見えないの! あなたは沢山の人に望まれていたのにっ」

 『マルベリー、むしろ君が見えること自体が奇跡だったんだ』

 

 本来ならばあの人は誰にも見られることなくこの世界を自由に生きるはずだったのだと言う。好きに歩き好きな物を見て。

 

 「エヴァンスはそれを望んでいたの? 誰にも認識されない自由を望んだの?」

 『望んでやしないよ、ただ僕はそうなるべくしてなった、神が天罰を下したんだ』

 「その天罰は許されないものなの? あなたは…あなたは…いつまで」

 

 勝手に涙が溢れて、次々と溢れていく涙を止める術を私は知らず、ただ目の前で悲しく微笑むあの人が愛おしく、悲しかった。

 

 「誰にも認識されないなんて…貴方は何故そんな罰を…」

 『罰せられてるのは僕じゃないんだ』

 「…え?」

 

 悲しそうに、痛そうに。顔を顰めて私を抱きしめたあの人は、静かに吐き出した。

 

 『僕にとっての罰でもあるけど、僕は生きている、神によって力を与えられ、人よりも気楽に暮らせる…見えないことを除けばね』

 「…じゃあ、だれの」

 『この国のだよ』

 

 唖然とする私にあの人は困ったように眉を下げた。知らない方がいいと頭の奥で警告がなって。それでも、私は聞きたかった。

 

 『この国は…神の怒りをかったんだ、そして僕という唯一の救いを奪った』

 「救い?」

 『僕だけが神の力に干渉できる、厄災から守ることが出来る、この国はそんな僕を奪われた』

 「そんな…」

 『僕がまだこの国に留まっているから何も起きていない、けれどこの国の裏を僕は充分見てきた 』

 

 

 震えるのは私の手だったか、それともあの人の手だったか。


 『僕は、君がいたから、この国に留まっただけなんだ…君が幸せになれるようにとここにいる』

 「エヴァンス…」

 『でも君はいずれ結婚し、この土地を離れる、そうだね?』

 「………したくないの、本当は」

 

 大切な人は既にできていた。恋だってもう通り越して愛している。

 

 「もし、もしも…私もあなたを見ることができなくなったら…」

 『それでも僕は君のそばにいるよ、君が大切だから』

 

 落ちる涙を拭って撫でてくれる優しい人は、またそうして孤独を受け入れるんだろう。見てもらうことも出来ずただ、見守り、そして、絶望し続ける。

 

 「……る」

 『マルベリー?』

 「貴方を愛してる」

 

 面食らったように固まるのはその時が初めてだった。唖然と私をみて、そして、顔を少し赤らめて。よくできた人形にまるで命が宿ったかのように色付いて。

 

 「いずれ、私は貴方のことを見ることが出来なくなるかもしれない…でも貴方はちゃんと生きていた、国中に死んだと思われていても、それでも貴方はここに居て、そしてこの先もちゃんと生きている」

 『マルベリー』

 「私貴方の子が産みたいわ」

 『っ』

 「貴方は私に触れられる、なら子供だって出来るでしょう? エヴァンス、もう私は子供じゃない」

 

 証を残したかった。エヴァンスが生きていた証を。確かに私達は愛し合っていた証を。

 

 そして。

 

 「家族になりましょう」

 『マルベリーっ』

 「いずれ私が見えなくなっても私達の子がきっと貴方を見つけてくれる、そんな気がするの」

 

 ぼろぼろと泣いているあの人をぎゅっと抱きしめて、笑ったの。愛おしくて、仕方なかった。

 

 「独りになんて、ならないで」

 

 痛いくらいに私を抱きしめたあの人と私はそのまま愛し合った。未来が恐ろしかった。あの人を失うのが何よりも恐ろしかった。でもそれが避けられないなら、繋ぎ止めるものが必要だと思った。

 

 あの人が狂ってしまわないように。

 

 「っなんてことをしたんだマルベリー!」

 父が怒鳴り、母が泣いた。大切に育てられた一人娘が第三王子との婚約を控えていたのに腹に子を宿したから。

 

 叩かれた頬の痛みは今も思い出せる。

 

 「相手は!?」

 「…エヴァンス様です」

 「っお前、なぜそんな嘘を」

 「産まれてくる子を確認してはいかがですか、この子はあの方の色を継いでいるはずです」

 「馬鹿な! あの方は七年前に亡くなられたのだぞ! 」

 「私はお父様に嘘をついたことはありません」

 

 ぐっと歯を食いしばり胸を張る。私は母になるのだから、あの人を守り、この子を守る、妻に、母になるのだから。

 

 「私はこの子を産みます、たとえ貴方方に許して貰えなくても──」

 「っもういい部屋に戻りなさい!」

 「お父様っ」

 「早く!」

 

 怒りにまた手を振りあげようとしたお父様は私がお腹を守る仕草をしたのを見て我に返り、顔色を悪くした。

 

 「どうして…こんなことに」

 私が部屋に帰る直前お母様が泣き崩れ、お父様がそれを支えていたのが見えた。そしてお父様が零した言葉も耳に届いていた。

 

 

 部屋に戻るとあの人が悲痛そうに私を抱きしめた。私は大丈夫なのに酷く心配して。

 

 神には私への干渉は何故か許されていて、他の人には干渉できないらしかった。手紙で伝えるなども出来ないと。

 

 『マルベリー、痛かったろう…すまない』

 「貴方が謝ることは何も無いのエヴァンス、笑って? 不思議とわかるの、きっとお腹の子は強い子よ」

 

 変に確信していた。たとえこの先どうなったとしても私はお腹の子を守っていくと。ちゃんと愛せると。

 

 「エヴァンス、私の望みを叶えてくれてありがとう、愛してる」

 

 あの頃はよく泣いていた。現実がつらくて、エヴァンスの運命が悲しくて。

 

 そして、あの子が産まれた時にも。

 

 生まれたのはあの人と同じ、青い髪に金の瞳の女の子。父達は唖然とした。それでも誰も私の生まれた子の父親があの人だと認めなかった。

 

 

 「本当にエヴァンス殿下の子だというならエヴァンス殿下はどこにいるっ」

 目の前にいるあの人に誰も気づかずそう言った。そして、あの子が生まれて七日がたった頃、私が辺境の地に送られることが決まった。 

 

 『マルベリーっ』

 「エヴァンス大丈夫よ、ね…ほら見てこの子笑ってる」

 

 きゃっきゃと腕の中で笑うわが子が愛おしかった。大切だった。名前はまだその時決まってなかった。私が決めて欲しいとあの人はいっていたから気に入るものにしようと必死に考えて…。

 

 屋敷を経つ日、私はとうとうエヴァンスを見つけられなくなった。

 

 

 「ほらエヴァンスもう…いくよ」

 いつも通り扉を開けて空き部屋に入る。エヴァンスがいつもいたのにその空間のどこにもいなくて。

 

 屋敷のどこを見てもいなくて。

 

 

 察した。

 

 とうとう私も見えなくなってしまったと。

 

 腕に抱くあの子が私の後ろに手を伸ばし笑っている。ああ、この子はあの人を見えているのかもしれない。

 

 ならきっとあの人も一緒に来てくれている。

 なら…なら、立たなければ。

 

 

 「頑張りましょう、エベリー」

 

 私の大切な大切なエベリー。

 愛おしくて仕方ないエヴァンス。

 

 もう見られなくても、もう会えなくても。

 

 私は変わらず愛している。

 きっと私が行ったことは褒められることでは無いのでしょう。それでも私は少しも後悔していない。可愛い娘と、見えなくても愛しい人が傍できっと見守ってくれている。

 

 そう信じていた。

 

 少しも揺らがず、信じ続けていれた。

 

 

 「愛してる、エベリー…エヴァンス…」

 「お母様!」

 

 たとえこの命を失ったとしても私は信じ続けられる。

 

 

 私の、見えない愛する人を。

 

 

 

 「マルベリー」

 

 

 いずれあの人が開放されるその日を…────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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