四十六話 行きつけの店で知り合いが働きだすと気まずい
広瀬楓についての問題は、片付いた。
篤史たちを狙っていた連中は春奈が差し向けたものであったが、その誤解は解けた。加えて、妙なちょっかいを出してきた加奈も警察の厄介となり、もう二度と自分たちの前には現れないだろう。
ゆえに、楓は心置きなく、いつものようにメイド喫茶に赴いたのだが……。
「何で春奈ちゃんが、ここのメイド喫茶で働いてるの……?」
目の前にいる自分の知り合いに対し、思わず問いを投げかける。
それもそのはず。昔からの友人が、自分のいきつけの店でメイド姿として働いていれば、誰だって驚くものだろう。
「た、たまたまです。ちょうどこの近くに引っ越してきたので、それでここでアルバイトをすることに……」
などと言うものの、無論そんなものは嘘である。
本当は、全く別であり、もっと我儘な代物。
(い、言えない……楓さんがこういうのが好きだと知ったから、自分もメイドになって働こうと思ったなんて絶対に言えない……)
などと心の中で呟く春奈。
そんなこととは知らない楓は首を傾げながら、別の質問をする。
「引っ越してきたって……え? どういうこと?」
「ああ、言ってませんでしたか。私、色々あって前の学校から楓さんと同じ高校に転校することになったんです。それで、一人暮らしをすることになりまして……」
「えっ、マジで?」
「はい。マジです」
端的な答えを返す春奈。
そこに嘘は感じられず、どうやら本当らしい、というのが分かる。
(色々って部分が滅茶苦茶気になるけど……そこは敢えて触れないでおこう)
きっとそれは、重要な事だろう。しかし、それを今ここで聞くというのは野暮というもの。だから、楓は別の疑問を口にした。
「……あれ? でもウチの学校って隣町のはずじゃ……」
「っ!? そ、それはあれですっ。私の条件がそろった物件が、こちらにしかなかったので……!!」
「あっ、そうなんだ」
誤魔化す春奈にしかし、楓は気づかず、すんなりと信じた。
ふぅ、と小さく息を吐いた後、今度は春奈が楓に言葉を投げかける。
「あ、あの……楓さん。その……私のこと、怒ってますか?」
それはどういう意味なのか……楓はもう理解している。
加奈の件が一通り片付いた後、楓は春奈から全てを聞いた。楓がいなくなった後、自分が加奈や彼女を虐めていた連中の会社を追い詰めたこと。そして、篤史たちにちょっかいを出したこと。
それら全てを知った上で、楓は答える。
「前にも言ったでしょ。それはもう終わったことだって。まぁ、アタシの友達にちょっかい出したってのは、怒ってるかな。でも、それって春奈ちゃんがアタシのこと心配してくれたからだし。とはいえ、井上加奈とかアタシに色々としてた連中の会社を経営難に陥れたってのは、かなりびっくりしたけど」
知り合いが自分のために、報復として複数の会社や企業を陥れた……そんなことを聞いて、驚かない奴はいないだろう。逆に、そんなことが可能なのか、と疑問を抱くのが普通というもの。
そして、そんな常識外のことをやってのけた春奈に対し、楓は続けて言う。
「でも、不謹慎かもしれないけど、ちょっと嬉しいんだ。アタシのためにそこまでしてくれる人がいるんだなって。それに、あいつらももう気にしてないって言ってたし。あっ、でも同じことしたらダメだよ? その時は本当に怒るからね」
「楓さん……」
「っていうか、そんな暗い話はもうやめやめ。今は仕事中でしょ?」
そう。それはもう終わった話であり、解決したこと。そして、ここはメイド喫茶。そんな暗い話をする場所ではない。
言われ、春奈は何か吹っ切れたかのように笑みを浮かべ、上目遣いをしながら、接客モードに入った。
「はい。それじゃあ―――ご注文は何になさいますか、ご主人様?」
「ごほっ!?」
「か、楓さんっ!?」
唐突に吐血した……ような声を出した楓に春奈は驚き、傍に寄る。
「だ、大丈夫ですか……?」
「だ、大丈夫……何でもないから……」
言いながら、楓の体は小刻みに震えていた。
無論、その言葉も嘘。
内心はと言うと。
(な、なんだ今の衝撃は……めっちゃ尊いんですけど……!! お、おおお、落ち着けー、春奈ちゃんは昔からの友達で妹のような存在!! そんな子にメイド姿でご主人様呼びされて興奮するとか、それは女として、いや人間としてまずいだろう!! それにアタシにはメイちゃんという天使がいるんだ!! ……いや、でも春奈ちゃんが滅茶苦茶可愛いことには変わりないんだけどな!!)
などと、ちょっと、いいやかなり残念な方向に暴走している自分を抑えていた。
だが、しかし。そんな彼女の暴走を加速させるかのように、メイがやってくる。
「あー、来てくれたんですね、ご主人様……ってっ、ちょっとご主人様。ひどいですよー。新人のハルちゃんがかわいいからって、私から乗り換えようとするなんてー。ちょっとジェラシー感じちゃうなー」
「へぃっ!?」
思いもよらない言葉に、楓は素っ頓狂な声を出してしまった。
(じぇ、ジェラシー!? め、メイちゃんがアタシのためにジェラシーを感じてるだって……!? お、おおお、落ち着けー、心を静めろ。メイちゃんは、他の子にお客をとられたくないだけ。それだけ。決して、アタシのことが好きだからとかじゃない。そこをはき違えるな、アタシ……でも、嘘でもやっぱり嬉しいなぁ、えへへへへ……と、そうじゃなくて!!)
首を横に振りながら、楓はメイに対し、慌てて口を開く。
「ち、違うよメイちゃん、そんなつもりはないよっ!! っていうか、私、メイちゃん一筋だから!! あっ、いや、春奈ちゃんも他の子も滅茶苦茶可愛いけど、でもその中でも私はメイちゃんが一番だと思ってるから、いやマジで!!」
「ほんとですかー?」
「ほんとほんとっ!!」
「なら良かったー。じゃあ、私も一緒に混ざってもいいですよね? ご主人様っ」
「も、勿論……!!」
「やったーっ。じゃあ隣座りますねー」
「っ、な、なら、私は反対側の隣に座ります……!!」
そう言って、メイと春奈は楓の両隣に座り、腕を掴んだ状態となる。
美少女に対し、二人のメイドが寄り添う。これもある種のハーレムというのだろう。
……ただし、そのメイド二人が、何故か視線をバチバチと飛ばしあっているが、挟まれている楓は幸せの絶頂にいるため、そのことには全く気付かない。
「あっ、そういえばご主人様。以前一緒に来ていた虫……じゃなくて、男の人はどうしたんですか?」
「ん? ああ、今日はちょっと野暮用があるとか言ってたよ。何でも、やり残したケリをつけてくるとか」
やり残したケリ、と楓は言った。
しかし、それがまさか、自分に関係のあることだというのは、この時の彼女は知る由もなかったのだった。
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