四十五話 何事も手を出してはいけない領域がある
※色々と言われると思うので、先に言っておきます。
この、物語は、誰が、何と、言おうと、ラブコメであるっ!
楓と加奈の一件から数日後。
篤史は例の如く、校長室へとやってきていた。無論、その理由は一連の騒動を校長に伝えるためである。
いや、正確には報告させられている、というのが正しいが。
「―――そうか。報告ごくろう」
「いえ……」
篤史は自分の意思でここにいるわけではない。
井上加奈を警察に突き出した後、その件が校長である沢城の耳にも入ったようで、当事者から話を聞いているらしい。
「ウチの姪が、また迷惑をかけたようで、すまないな」
「いえ、迷惑だなんて……っていうか、自分、今回何もしてませんでしたし……」
それは謙遜ではなく、客観的な事実。
篤史が今回、いいや、楓の件においてやれたことなどほとんどない。自分たちにちょっかいを出してきたのが春奈だと判明したのも、柊のおかげ。そして、直接危害を加えようとした加奈を撃退したのは、楓自身だ。篤史はそれを傍で見ていただけにすぎない。
「何もしていない、ね……それはどうだろうか。少なくとも、広瀬楓は以前とは違っていると私は思っている。あの、何でも受け入れてしまう少女に大事なモノを与え、それを守ろうとする意志を与えたのは、他でもない君だと私は思うが」
「俺、ですか……?」
「正確には、君たち、というべきか。あれが本当の意味で、友人を持ったからこそ、彼女はあそこまでの行動をしたんだろう。まぁ、少々やりすぎなところはあったが……大切な人を守りたいという気持ちについては、理解できんこともないからな」
不敵な笑みを浮かべる沢城。
そんな彼女に対し、篤史は問いを投げかける。
「井上加奈は、どうなりますか?」
「彼女がやったことは立派な犯罪だ。何より、彼女自身がそれを認めている。相応の罰は受けることになる。そして、二度と君たちの前にも現れないだろう……彼女がどうかしたか?」
「いえその……広瀬が言うには、井上は誰かに唆されていた節があるらしいんです。で、そいつは『予知』だの『予測』だのって言ってましたが……それってもしかして……」
「ああ、君の思っている通りだ。私の調べでは、井上加奈の背後には、超能力者がいた。そして、その人物の能力は予知、または未来視のようなものだった。それを使って、どこの会社にいつ賄賂を渡せばいいのか、井上の両親は知ったのだろう。そして、恐らくは、二宮徹との婚約もまた同じ」
突拍子もない事実。しかし、それならば納得もいく。
加奈の会社の急激な成長、そして二宮徹との婚約。そして、楓をタイミングよく呼び寄せたこと。その全てが未来視によるものならば、説明ができる。
が、だからこそ、新たな疑問が浮上する。
「でも、未来が分かるなら、どうして井上の会社は経営が傾いたんですかね。二宮徹との婚約もなくなりましたし……」
「さてな。そこまでは知らん。だが、確実に言えることがあるとすれば、その未来視の者は、井上加奈と同じく、既に片を付けてある。君らには二度と危害を加えることはないだろう。それだけは、私が保証しよう」
などと。
自信をもって、沢城はそう言い放ったのだった。
*
とあるビル。
その一室において、男は地面に突っ伏していた。
「くっそ……こんな、こんなはずじゃ……」
そんな言葉を吐き捨てる男。それは負け犬の遠吠えでもあるのだが、しかしそれだけではない。彼には『未来視』という超能力が備わっている。それはいくらか制限があり、絶対ではない。だが、それでも、こんな状況にならないよう、あらゆる手段をとってきた。
だというのに、今、彼は目の前にいるたった一人の少女によって、倒れ伏せられている。
「てめぇ……一体、何者だ……どうして、俺の未来視が通用しねぇんだ……!!」
男の問いに、少女は淡々と答えていく。
「お生憎様。私には、超能力は効果がないので」
「それは、どういう……」
「さて。どういうことなんでしょうねぇ。ま、貴方がそれを知ることは一生ありませんけど」
少女は腰からナイフを取り出し、クルクルと回しながら、話をつづけた。
「貴方は手広くやりすぎたんですよ。いくら未来視が使えるからって、それを使って金儲けしようだなんて、浅ましすぎませんか? 別に小遣い稼ぎにするならいいですけど、貴方は大企業やら政治家にまで手を出そうとしていた。だから、絶対に手を出しちゃいけない人たちまで敵に回すハメになった。貴方の敗因は、情報不足と自信過剰だったというわけです」
たとえ未来が見えようとも、決して敵にしてはならない存在がいる。
知らなかった、そんなつもりではなかった……そういう言い訳が通用しない連中が、この世にはいるのだ。
「後、私が関わったことも原因ですかねぇ。私が井上加奈の会社を潰すことに裏から協力したからこそ、貴方の未来視は外れたようなものですし。まぁ、私個人としても、貴方のやったことは見過ごせませんし? 私の大事な大事な大事な『ご主人様』に手を出したわけですから……そういう意味では、貴方、本当に詰んでますね」
不敵な、そして不気味な笑みを浮かべる少女。そこから感じ取れる奇妙な雰囲気に、男は震えながら、問いを投げかけた。
「お、お前は誰だっ!!」
「別に、名乗る程の者じゃありませんよ。普段はメイド喫茶の仕事をしている、ただの女の子ですよ」
言いながら、少女はナイフを振り下ろす。
―――が、その刃は男の顔面には突き刺さらず、その隣スレスレのところで床に突き刺さっていた。
その光景を前に、どうやら男は我慢の限界がきたようで、白目をむいている。
「ありゃりゃ。気絶しちゃった。ま、後は回収の人たちに任せればいいか」
言いながら、ナイフを片付け、少女は時計を見た。
「さて、こっちのお仕事も終了したわけだし、さっさと帰って、夏イベントの準備しないと。きっと『ご主人様』もくるだろうし。最近、変な虫がついてるから、それを追っ払う意味も込めて、気合入れないとねっ」
先ほどまでとは打って変わり、その口調と表情はまるで、恋する乙女そのものであった。
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