四十二話 透明ハンターを倒せるのはシュ〇ちゃんくらい
こんなことになるとは思わなかった。
「何よ……なんなのよ、これは……っ!!」
そんなことを言いながら、加奈は廃病院を逃げ回っていた。
今回、美少女を好き勝手に『ヤれる』と思った男たちを金で集め、ここへとやってきた。こちらの人数は多数。はっきり言って、楓一人でどうにかなるような相手ではなかったはずだ。
加えて、だ。
(わざと逃がして、追い詰めて、それから男どもに『ヤらせる』つもりだったのに……!!)
なんとも下種な考え。
しかし、だからこそなのだろうか、今、彼女は自分が追い詰められている状況にあった。
『ぎゃああああああああああああっ!!』
後ろから誰かの叫び声がする。きっと、集めた男の一人だろう。けれど、加奈は振り向くことなく、前へと進んでいく。
「くそっ、くそっ、なんなのよ、聞いてないわよ!! っていうか、何アレッ!! 姿が消えたと思ったら、突然男どもが、まるで何かに殴られたように吹っ飛んで……!! 意味わかんない!!」
楓の姿が消えた瞬間、一同は困惑した。しかし、次の瞬間、一人が何かで殴られたかのように、その場に倒れ伏せてしまった。
それが一人、また一人と続いていき、ほとんどの連中が、一分もたたない内に地面に倒れ伏せたのだった。
「一体何なのよ……っ!! 『あの人』の予言に、こんなことは一切なかったのに……!! そもそも、チラシをばら撒いて、早退してその時に呼び出した後は、こっちの思うようになるんじゃなかったの!?」
ここまでのことは全て『あの人』が予知したことのはず。楓のことを書いたチラシを学校にばら撒き、ここへ誘導すれば、彼女は必ず一人でくる。そして、そこから凌辱すれば、全てが解決する。『あの人』は確かにそういっていたはずだ。
けれど、なのに、だというのに。
現実は全く異なるものになってしまっている。
「どういうことよ……これもあの女のせいだっていうの……!?」
加奈が知る限り、『あの人』の予言は本物だ。だからこそ、加奈も両親も高い金を払い続けてきたのだ。だというのに、楓が関わると、その全てがことごとく覆されてしまう。
全くもって疫病神だ。
そんなことを思っていると、加奈はようやく廃病院の入り口にたどり着いた。
「よしっ、ここまでくれば……っ!!」
入口からの光。それに一瞬安堵した。
その刹那。
『―――助かった、とでも思ったか?』
声が聞こえる。
それと同時に、開きっぱなしだった入り口の扉が勢いよく、閉ざされた。
「ひぃっ!?」
扉が大きな音を立ててしまったことによって、思わずそんな声を上げてしまう。
『逃げられるとでも思ったか? 悪いけど、今日のアタシ、かなり機嫌悪いから、甘い期待とかしない方がいいぞ』
どこからか聞こえてくる楓の声に加奈は周りをきょろきょろと見渡した。
「ど、どこにいるのよ……!!」
『アンタのすぐ傍だよ。ほら』
「っ!?」
声が耳元から聞こえたことによって、勢いよく振り返る。
が、やはりそこには誰もいなかった。いいや、正しくは、加奈の目には誰にもいないようにしか見えない。
「どこよ……どこにいるのよ……姿を見せなさいよっ!!」
『そう言われて、はいそうですかってやると思うか?』
ド正論を突きつけられながら、顔を強張らせる加奈に対し、楓は続けて言う。
『アタシさぁ。最近、友達から色々とDVDを借りて、色んな映画を見たんだ。これも、その中の一つを参考にさせてもらったんだ。人間、理解不能で姿が見えない奴を相手にすると、困惑するってな。まぁ、油断してると筋肉マッチョな元グリーンベレーの隊員にやられちまうが、今のアタシにその慢心はない。アンタを徹底的に追い詰めることにだけ、専念してるわけだからな』
「くっ……他の連中は……」
『当然、全員地面で寝てるよ。あれだけの人数がいても、流石に姿が見えなきゃ、何にもできねぇからな。叩きやすい的だったよ』
集められた男たちは、それなりに体を鍛えている連中ではあった。だが、それでも透明な不意打ちという攻撃の前には全くの無力。事実、何も対応ができなかったからこそ、楓は全員を叩きのめし、ここにいるのだから。
『さてどうする? この状況、自分がもう詰みだってこと、理解してるだろ?』
「……そんな態度、とっていいのかしら? 私に何かあったら、貴方の大事な人たちがどうなっても知らないわよ?」
などと。
こんな状況においても、加奈は未だに脅しをかけてくる。
いいや、こんな状況だからこそ、か。自分の身を守るために彼女は楓の大事なものをカードとして賭けてきた。
けれど。
『……そうか。そうくるか。ここで、お前が謝罪した上でもう二度とやりませんって言ったら許してやるつもりだったが……まだそんなことを言うんだな』
刹那、加奈は後ろから蹴り飛ばされ、そのまま地面に顔面をぶつける。そして、そのまま見えない楓によって、その足を掴まれながら、引きずられていく。
「がっ……!?」
『だったら話は簡単だ……アタシの大事な家族や友達に手を出すことがないよう、しっかり「躾」してやるよ』
「い、嫌っ、離して!! 何を……何をするつもりなのっ!?」
『言っただろ? もう二度と、馬鹿な真似をしないよう、「躾」をするだけだ。奇遇にもここは廃病院だからな。道具も色々と揃ってるだろ。まぁでも安心しろ。死ぬことはない―――多分な』
顔は見えない。
だが、それでも加奈には分かった。分かってしまった。
今の楓が、不気味かつ不敵な笑みを浮かべていることを。
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