四十話 事情が複雑だと、勘違いしてしまうことがある
春奈の反応は、あらゆる意味で、篤史にとって予想外すぎるものだった。
何故そのことを知っているのか、というか、それはそもそも楓の要望なのだが……などという篤史の心の声は無論、一切届かず、春奈は続ける。
「どうして、という顔ですね。それくらい、ちゃんと調べてます。っというか、女性を連れて、メイド喫茶に行くとか、どういうことですか? いえ、別にメイド喫茶の存在を否定しているわけじゃありません。ただ、デートをしているというのに、行先がメイド喫茶とか、色々と台無しじゃないですか!!」
「デ……ッ!?」
その単語に、篤史は動揺を隠せない。
いや、確かに内実を知らない者からすれば、一見デートのような形に見えるかもしれない。だが、行き先はメイド喫茶。メイド喫茶なのだ。そこに行った時点で、最早デートとか、そういうものではないのだと分からないのだろうか。
……まぁ、じゃあデートじゃないんだったら何なんだ、と言われれば、それもまた答えづらいものなのだが。
「まさかあれですか、楓さんにメイドのコプスレを着てもらうために、事前準備として本物のメイドさんを見せたかったとか、そういうものですかっ!? そして家では楓さんに『メイドさんプレイ』をしてもらおうとかいう、そういう魂胆ですか!?」
「はぁ!? いや、ちょ……」
「し、しかもその後、別の女の子も連れて、三人で遊園地に行くだなんて、何ですか、リアルハーレム野郎なんですか!! 巷で噂の『二股交際』というヤツですか!? 複数の女性と関係を持っている、そんな人と楓さんが一緒にいて、安心できるとでも!?」
「オーケー分かった。お前が物凄い誤解をしていることがよーく分かった。その『二股交際』とやらについて色々とツッコミを入れたいが、まぁそれは置いておこう。とりあえず、落ち着け」
恐らく、その『二股交際』は巷では噂になってないし、滅茶苦茶一部の人間にしか分からないだろう、と言いたかったが、しかし今はその時ではない。
「いや、まぁアレだ。確かに、勘違いされる状況だったというのは認めよう」
行先はどうであれ、楓とは二人っきりで遊びに出かけたし、その後も友里も加えて、三人で遊園地に遊びにいったのも本当のことだ。それらにはちゃんとした理由がそれぞれ存在するが、傍から見れば、そんなのは知りようがない。
故に、内情を知らなければ、勘違いも無理ないのかもしれないのだろう。
けれど。
「それでも、今朝のチラシはやりすぎだろ。あんなことすれば、広瀬が学校で孤立するってことくらい、分からなかったのか?」
春奈が楓のことを大切にしていたことは分かった。そして、篤史たちの行動で、彼女が誤解していたのも理解できた。
だが、だとしても、朝のチラシは一体どういうことなのか。
今までの彼女の行動は、一重に楓のためのもの。だが、あのチラシは楓に害があるだけであり、今までとは少し方向性が違うように思えてしまった。言ってしまえば、ある種の『ズレ』とでもいおうか。
だからこその問い。
それに対し、春奈は。
「あの、ずっと聞こうとしていたんですけど―――チラシって何のことですか?」
まるで初耳だと言わんばかりに首を傾げて、そんなことを口にする。
「……おい。ここまできて、とぼけるのはナシだろ」
「い、いえっ、そういうわけじゃありませんっ。確かに兄の名前を使って貴方がたに警告しました。それは貴方への牽制と『二宮徹はヤバイ奴だ』という事実も伝えるという二つの効果も狙ってのものです。そのために、初対面の時に、婚約のことをわざと口にしましたし。そこについては全面的に認めます」
でも。
「しかし、その、チラシ? というのには全く身に覚えがありません。そもそも、私としても本格的に兄を消し炭……もとい、追い出すための準備を進めていたので、そんな暇はありませんでしたし……」
一瞬、物騒な言葉が聞こえた気がするが、今はそんなことはどうでもいい。
問題なのは、彼女が本当にチラシの件について、知らないかどうか、ということである。
「もう一度聞くが、それは本当か? マジで何も知らないと?」
「はい。本当ですっ」
その言葉に、嘘は感じられなかった。
無論、芝居をしているという可能性は大いにある。だが、ここまで喋って、種明かしをしておいて、今更チラシの件についてだけ否定することに、何の意味があるのだろうか。
と、その時、篤史のスマフォが鳴った。
画面を見ると、どうやら柊からの連絡のようであり、篤史は即座に電話に出た。
「もしもし、委員長? どうした」
『すまん。悪い知らせだ』
悪い知らせ。
あの委員長の口から、そんな言葉が出たとなれば、それはタダごとではないのは明白。
そして。
『さっき、先生の話を聞いたんだが……早退したはずの広瀬が家に帰っていないらしい』
「……何だって?」
予感的中。そして理解する。
どうやらこの件は、まだ終わりではないのだ、と。
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